悪い子?いい子?


「そういえばさっき何か言いかけてたけど続きは?」


 不意に振り向かれ、靡いた山吹の髪と勝ち誇った満足げな顔に真白は首を振った。

 いつもの調子を出してくれているのなら詮索する必要もないのだ。


 その気遣いだけで真白は満たされるのだ。


 真白は二羽と並ぶように小走りに、そして二羽は小柄な真白に歩幅を揃えて歩いた。


 すでに人だかりができている掲示板前。


 二羽は既に顔を顰め、目に見てわかるほどにその群れに入ることを拒絶したいた。それでも杵先生は態度と口にはしたが、やはり自分の目で見なければという義務感は二羽にはそれなりにはあった。 


「…………よし行くよ白」

「殴り込みじゃないだよぉ。物騒だよぉ」


 二羽は拳を叩きながら一歩進めた。

 真白はそれをうなだれながら止めようとするもののズルズルとひこずられるばかり。真白は視線をアチラコチラにしてとある人物を探した。


 そして小さく声を漏らし、二羽には「ふぅちゃん!あっち」と視線を促した。


 真白の目線の先には二羽もよく見知った人物がいた。

 厳密には真白の幼馴染らしい。


 朱殷のウルフカットには時折鮮烈な赤が混じっており、校則のギリギリを攻めた髪色を揺らし、柘榴色の瞳で真白を捉えていた。


 真白とは真反対の尖ったナイフのような鋭い目つきをかっこいいという校内のファンも多い知名度の高い生徒の一人なのだ。


 赤詰赤音あかつめあかね。1ーAクラスのエリート。


 赤音の周囲はそのオーラのせいか人がいなくスペースがあった。そこへと誘導してくれているようだった。

 それに従いついた場所はよく掲示板が見えた。真白と赤音がやり取りをしている間に二羽は掲示板の写真を撮っておいた。


 赤音の、真白と対象的に警戒するような獣の目線を無視して。


「どーぉ?」

「見ての通り、まあ賭けはあたしの勝ちだったわ」


 遅刻常習犯の二羽はそろそろ反省文だけじゃ済まされなくなってきていた。


 次は居残りの課題だと言われたときは心底面倒くさいと思ったものだ。別に楽勝なのは楽勝なのだが、時は金なりというように、時間は有限。

 二羽は誰にも縛られないで生きたいのだ。


 そこで杵先生に掛け合ったところ、とある条件を出された。


『今度の中間テストでベスト一〇に入ったら遅刻は無効にしてやるよ。ま、授業中外ばかり見て集中できない、その上Dクラスの生徒じゃ無理があるとは思うがな』


 と煽られた結果の今。


 少しは悔しそうな顔をすればいいものの、二羽個人解釈では嬉しそうな声音をしていた。少しは認められた、ということにしておこうと思った。


 兎も角スマホで撮った写真を真白に見せる。学年ごとにはられた順位は以下の通りだった。


 一位 朱鷺雅在好ときみやありす

 二位 犬納秀いなやしゅう

 三位 檻青乱うなやせいらん

 四位 空離州二羽

 五位 赤詰赤音

 ︙


 我が御伽高校では全校生徒の順位が張り出される周知制度。


 ある意味では恥でもあるし誇りでもある。

 そして一学年は計一〇三名。


 まあこんなものだろうと平然としている二羽だが周囲は何故か騒がしかった。赤音は小さく舌打ちをした。


「行くよ」


 そんなことを気に留めないスマホを顔を近づけて覗く真白ら二人を引き剥がし背中を無理やり押した。玄関から離れ、二階へと上がる階段の左手前の物置場へと移動した。


「いきなりなによ赤」

「何急いてるのぉあかちゃん」

「あかちゃん………っふふ」

「笑うな!空離州二羽」


 赤音は背後を一瞥し、注目が集まっていなかったことを確認し一息ついた。一息というよりは呆れの溜息に近かった。


「なんであかちゃんなの…ふふっ、あはは」

「だってぇ、かぁちゃんじゃおかしいしぃ、ねぇちゃんも可笑しいから、消去ほー」


 涙を出し大笑いする二羽に若干引きながらも怒りゲージを貯める赤音を他所に二羽は坩堝に入りだす。

 赤音はそれをとりあえずは食い止めることにする。


「せめてあーちゃんと呼べ。分かった?真白」

「はぁーい。りょぉーかい」


 気の抜けた返事の真白と未だに大笑いを続ける二羽。


 とうとう赤音はに頭を抱えた。

 そしてピシャリと言い渡す。

 いかれる修羅の最後の堤防、理性が守りきった厳粛な言葉を。


「黙りな空離州二羽」


 流石に二羽もこれには大人しく従った。業に従うは業なのだ。


 余裕そうには態度では振る舞ってはいても、実際二羽の内心は穏やかではなかった。冷や汗を垂らし焦ってはいたものの毅然を振る舞ってはいた。

 そんな少し張り詰めた空間に柔和をもたらすのが真白だ。


「そういえばあーちゃんは五位だったよねぇ。すごいよぉ、わたしなんて五二位だよぉ」

「あんたの場合は大半寝てたからでしょうが」

「へへー」

「照れんじゃない」


 二羽は再度スマホの写真を見た。目に見て当然結果、ある意味の確認事項として復唱した。


「やっぱりあたしを除いた他のDクラスは最下位のほうね。白が丁度半分………………やばっ頭悪すぎでしょ」

「Dクラスだからねぇ」

「そのDクラスのお前に負けた俺はなんだって話なんだけど」

「えーほら、山をはってたところがあたったのよ偶々。やっぱ運ってあるのよ。ねー赤」


 赤音は脳裏に軽く刻んだ順位を思い返す。


 Aクラスが四位を除いた二一位を独占していたのはいいのだけれど、その四位。それがあのちょっとした騒ぎなんだろう。


 ただでさえこんなにも目立つ格好をしている二羽が更に格好の的となるのだから、頃くは話題となる未来を想像した。


「……………本当、俺はお前達なんでDクラスなのかが不思議だよ」


 ボソリと溢した言葉は二人に届くことなく赤音の闘志を燃やさせた。


 右手首の時計を見たところで赤音は真白を柘榴に写して声をかけた。

「移動教室だから先行く。さっきはいきなり引っ張ってすまん。そんでもって」

と、続けられた言葉には二羽が柘榴にまっすぐと見据えられた。


「負けないから。全部」


 体力テストも次の期末テストも、ということでいいのだろう。二羽は厄介に思いながらも赤音のそういうところを気に入ってはいた。


 すでに背を向けた赤音。


 歯を見せ「おうよ!掛かってこいよ赤」と親指を立てる二羽。


 真白は二人の背中を交互に見つめ、にへらと笑いを零すのだった。

 そしてすぐ、流れるようにスマホで時間を見た二羽が歩き出した。


「少しだけ時間あるから見切れてたから写真取り直していい?」

「うんいいよぉ」


 何をそんなに見るんだろうと思った真白だが、何も問わずついていった。粗野で派手な見た目の割には字も綺麗だったり整理整頓をしていたりと、意外と細かいのが二羽だと知っていたからだったりもする。


 すっかり人も少なくなって玄関前。


 ぱしゃり。


 シャッター音の後ぼーっとしている二羽に真白は話しかけた。今日はなんとなく、二羽は地に足がついていないみたいだったから、気をそむけてあげようという真白なりの気遣いだった。


「ねえ、ふうちゃん」

「ん、なに?」


 だがそれは余計なことだったとは、真白は気づかない。


「ふうちゃんとりーちゃん真反対だなぁと思っただけぇ」


 真白の視線は玄関のすぐ隣、職員室の中へと向いていた。扉が空いていたからよく見えた。


 りーちゃん。


 真白がそう呼ぶのは生徒委員会の会長、今回の中間テスト学年一位ーーー朱鷺雅在好だった。


 彼女は仏、もしくは天使みたいにいつもニコニコしていて誰からも好かれる優等生だ。


 勿論Aクラス。

 二羽だって何度も目にしている。

 廊下でクラスメイトに頭を下げられお礼を言われ、先輩に奢られていたり、先生によく頼まれごとをしている。彼女の顔を一度だって見たことがある、全生徒がそうだろう。


 真白自身も親切にしてもらっている。


 真白は風紀委員なのだ。縁あってというか、お金持ちだからか、大変そうではあるが深い事情は知らないけれど。


 委員会繋がりであれ、あの真白の世話まで焼いているのをちらりと何度も見たことがある。


 恩だって沢山ある。感謝を、している。

 割と話すし仲がいいと真白供述。


 でもここでその話題を出したのに特に理由はなかった。ただなんとなく視界に入ったから、思ったことを口にしてみただけだった。真白は変なところで無神経だ。だからのそ今まで二羽と共に在れたののもある。


「ふぅちゃん、苦手そうだなぁと思っただけだよ。一生縁の無さそうなタイプだなぁって思っただけ。なんでだろぉ」


 悪意はない。

 ただ的確だった。それだけだった。


「…………………そうね」


 二羽の脳裏に浮かんだのは幼い頃の記憶。

 ずきりずきりと煩いあの声は、二羽自身の声。


ーーーーー見て!頑張って書いたお母さんだよ!うまくかけたと思うの。だから………かあさん、……見て……ほし、いな?


ーーーーーえ、と……とうさん?おとう、さんはね、あんまりしっかり見たことなくて……


ーーーーーおかあさんはおとうさんもかいてほしい?


ーーーうん、あたし。お母さんもおとうさんも好きだよ?


ーーーーーーーーーーだいじょうぶ。だいじょうぶだから。

  




ちゃんと、かくから。わらってほしい、な?





「ちょっ、とまってよぉ。いきなり歩き出さないで。おいてかないでよぉふうちゃん」


 捨てた、はずなのに。


 何処までもついてくるのが腹立たしかった。それ以上に無性にバツに腹が立って振り切らないと、逃げ切らないといけない気がしてしまった。


 真白にも、誰にも届かない。

 きっと二羽自身が言い聞かせた言葉だった。






「あんないい子ちゃん、大嫌いよ」






 ポケットの中を一瞥。密かに忍ばせた鏡にスカートの上から手を添えて、なにもない虚空を睨みつけることしか出来なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る