1年D組の必然の日常
「おはよぉふぅちゃん」
「もう昼よ白。おはようじゃなくてこんにちはよ」
「はろーえぶりわんー」
「残念英語はもう終わったわ」
真白は昼休憩の真っ只中に登校した。
教室を開けると真白のお気に入りの席、一番後ろの窓際に二羽がポッキーを加えて手を軽く上げていた。机に振りまかれたお菓子の数々を見る限り長いことくつろいでいたようだった。そしてお菓子の山に敷かれた紙へと真白は視線をやった。
「えへへ~、仲間だねぇふぅちゃん」
「一緒にすんなし。あたしは一〇分の遅刻よ」
遅刻届けの紙を乱雑に肩にかけた鞄に突っ込んでいる真白は二羽の両手を無理矢理握り上下に揺らした。どこまでも暢気な真白に二羽は呆れながら、座るように促した。
「昼休憩まだヨユーであるから食べな」
「やったぁ、ありがとぉ」
「昼ご飯なんか食べた?」
「お弁当食べたよぉ公園で」
「だからちょっと遅かったのね」
「ふぅちゃんは?」
「パンとお菓子と牛乳よ、見てのとおりね」
と二人は向かい合うように机をはさみ椅子に座った。真白は遅刻届けを片手に書きながらポテチを食べ、二羽はスマホを片手にチロルチョコを口に入れた。
二羽達の通う御伽高校には食堂が存在せず購買のみとなっている。
その為大半が屋上やら廊下やらで食べるのだが、二羽のクラスは大半が教室で昼食をとっている。喧騒と賑やかさが花のこの空間だが、それに紛れて妙な話が出回ったりするのだ。二羽はそういうことに敏感ではあった。
「どうせうちらなんか」
「でも入学できて授業受けれてるだけでも幸せだもん」
「文句行ってらんないよ、ほらっ食べよーよ!」
「またあの二人………なんでこのクラスなんかに」「きねっちのオキニだもんねー空離州さん」
「大金持ちの白詰さんも私たちと同類だなんて惨めに思えちゃうもんね」
このクラスは偽物の花で彩られた形だけのクラス。
与えられる水に浸ることしかできない出来損ないの種。
整った環境で試作するように多少実験で作られた一種の箱とも言える。
ここを窮屈に感じるのは二羽や真白を除いたクラスメイト全員なのだ。
二羽としては、これさえなければもっと楽になるのになんて思う。紙パックの牛乳のストローを吸いながら校庭をなんとなく見ていた。つられて真白も覗き込んだ。
「中間テストのあとは体力テストだねぇ」
そう。校庭は体育教師や体育委員の一〇数名の人数で練習の準備が着々とされていた。
「先に上位クラスからでしょ?あたしら最後の方だし………そういえば体操服ある?」
「んーないかなぁ」
「じゃああたしの予備貸したげる。今から電話してもいいけど面倒だし」
「わぁ、ありがとぉー」
登校中、脇に映える桜並木は服を脱がされ、落ちる花弁も枯れと掃除で数を減らしてしまった。桃色のカーペットを踏む感触を好む真白としては少しだけ残念だった。
外をひとりでに半目で眺める真白はそれだけ思って、引き続きお菓子を口に入れた。
「わたしずっと電車通学だからもっと悪くなってるかもなぁ」
「………そうね」
「でもふぅちゃんは今日だって途中下車からのらんにんぐトーコーでしょぉ?足速いの羨ましぃ」
「………」
「めんどくさいねぇ体力テスト」
「ええ……」
適当な返事、というよりはどこか物事が見に入っていないような、心此処あらずといった様子の二羽に真白は伺うように目を細めた。
「ねぇふぅちゃんーーー」
「空離州二羽いるかー?」
教室の扉から顔を覗かせたのはこの1−Dのクラス担任の杵先生だった。
杵先生の顔は表情筋がなく無表情なうえ言葉も淡々としている。その鉄面皮から怖がる生徒も多いものの、二羽を気にかけてくれる数少ない信頼できる先生でもあった。ちゃんと実力で評価してくれるのだ。
「なにぃー?センセー………………あ、もしかしてあたしの勝ち?」
無表情だが二羽は事前と分かった。
親指でクイッと指した先は生徒玄関前の大きな掲示板だ。
昨日実施された中間テストの結果発表が出されたのだ。そしてどこか誇らしげな杵先生は行って来いとは言わないものの、示唆はしていた。
「別に勝ち負けのゲームじゃなくて賭けな。まあ約束は約束だから、今まで分の遅刻はチャラにしてやるさ」
「ついでに成績は」
「授業態度も込みだからそこは譲れねぇよ」
「全く美味しくないセンセーね………………まっ、いいけどさー」
ぴょんっとは寝るように席を立った二羽はいたずらっぽく笑いながら杵先生の横を通り過ぎていった。
その背後をひょこひょこと真白はポッキーを片手について行った。
「約束、守ってよね。嘘ついたら学校辞めるからさ」
と、念を押すように背中を向けながら二羽は掲示板へと足を早めた。
そう言わんばかりに。
杵先生は苦笑をし長ったらしい前髪を片手でかきあげ、その背を見送った。
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