空離州二羽の巡り合った日


 朝、小さなアラームの音と同時に体を起こす。


 充電コードからスマホを指し抜いて時間を見る。そして、すぐそばに置いた机の花と写真へと自然と目が行く。

 花は造花だから水やりも必要がない。

 写真立ては、意味なく倒されている。


 元に戻すでもなくただ見つめるだけで終わるのかこの時間だった。


 そして昨夜のことを不意に思い出す。お陰で近所とは言えど、眠るのが遅くなってしまった。結局あれから友人に連絡はつかず諦めて睡眠についた。


 鏡は、とりあえずは置いている。


 友人は何処からでもひょいと顔を出すようなやつなので、二羽は忘れないように鞄へと布に包んで入れておいた。

 それよりも、なにか夢を見てたような…………


「……………?」


 夢なんてすぐに忘れるもの。

 忘れるくらいならきっとどうでもいいことだったのだろう。

 でも、この頭の脳に響くような鈍い痛みは何なのだろう。


「…………っ!……学校休もっかな………」


 口ではそう言いつつも体は自然といつもの身支度を始めていた。


 トースターに冷蔵庫から取り出した食パンをセットし、食器類とバターも纏めて横着し、机に持っていく。焼き上がる間に洗面所へ向かう。洗顔をしたら素早く丁寧にメイクをし、姿鏡で前髪をチェックする。


 大好きな童話の大きなリボンのカチューシャ。

 昔からの癖で自分で切った山吹の髪を見栄え良くサイドに結びあげた。

 翡翠の瞳を何度も瞬きして目脂もチェックする。

 頬をグリグリと握った片手でほぐし使わない笑顔を確認。


 すると、見計らったようにトースターの焼き上がる音と香ばしい香りが鼻孔に届いた。バターを塗り牛乳をコップに次ぐ。

 これが二羽の安定に最高のモーニングだ。

 遠慮なく齧り付き、頬張って美味しさを噛みしめる。足をバタバタとさせて噛み締めて頬張った。


 ーーーーー君、幸福になりたくない?


 そんなところで昨夜の友人の不快な発言が反芻されて、眉を顰めるものの耐えた。そして唱えるのだ。


 二羽の幸せは二羽のもので、

 他人に決められるものではないのだと。

 あたしは不幸なんかじゃないと。


 そうして朝食を食べ終わる頃程よい時間帯になっていた。電車通学、最寄りの駅からかなり近場に立つこのマンションだからこそこうしてゆったりと身支度ができるというものだ。歯磨きとメイク諸々の最終確認をし、ようやく外へ扉に手をかける。


「いってきます」


 声は帰ってこない。

 一人暮らしだからこんな光景にいつしか慣れるときが来るのだろう。それでも不快感ばかりのあの声でも聞こえなくなれば、妙な寂しさが残るもので複雑になった。

 寂しさも、部屋と一緒に鍵をかけた。





 雑音が鳴り止まない賑やかな電車のホーム。


 学生やサラリーマン、私服の高齢者、幅広い年齢層が利用する二羽の自宅の最寄駅は集合住宅も勿論、近隣に学生寮も建設されているため非常に人混みが発生しやすい。特に通勤ラッシュのこの朝の時間はより一層、人という人で溢れかえっている。


 迷子なんて必然的に出る上、人探しなんてなれば不可能に親しいだろう。


 二羽はその有象無象から一人の友達を探さなければならない。


 別にその義務はないのだが、その友達の両親から頼まれているのだ。友だちは嫋やかでおっとりとしたマイペースな幼馴染だからだろう。


 方向音痴ではなく、単なく総合的に全動作に遅延があるせいで一人で登校させた暁には昼過ぎ学校着、最悪夕方なんてこともあった。両親も絶句、それから欠かさず付き合っているのだ。


 探すのは困難とは言ったかその幼馴染に関してはそんな懸念はなかった。大衆の多くはその容姿に視線を奪われる。大抵はそれを追った先に居るのだ。そうして、数秒も経たないうちに辿り着く。


 二羽の視線の先、一風高級感のある雰囲気を帯びる愛らしい少女が立っていた。


 一般的な高校生にしては一回り小さな背丈。

 胸は幼児体形というもの。

 長く真っ白な髪と瞳は雪のようで日本人離れした異彩を放つ。


 外見のみならば美人薄命という言葉が似合う。

 ただ中身は案外図太く、長命すると勝手に思っている。


「あーふぅちゃん。おはよぉー」

「相変わらず見つけやすくて助かるよ、白」


 白詰真白しろつめましろーーーそれが少女の名だ。


 絵になる人形のような顔は柔らかく崩れ、ふにゃりと笑みを浮かべる。その笑顔は見ているこちらの気すら解してしまうのだ。かくゆう二羽もその一人で、つられて目を細めてしまうのだ。


「ふぅちゃんこそだよぉ。そんなはしたなーい格好でねぇ」


 近寄るなりじろりと真白の視線が集中するのは開けた胸元。他にもスカート丈や派手髪(地毛である)等も含まれているんだろうけど、それとこれとは別。ラフで苦しくない為の服装なのだから。

 校則破りはいけないだなんて堅苦しいことは真白は勿論言わない。


 真白は校則は守っているし、性格ゆえなど言うつもりはない。


二羽が思うには、きっとその発育の違いに毎度のごとく見せつけられたと遠回しに言っているのだ。だが最近では悟りを開いたのか枕が何かと勘違いしているようで、電車が混んだとき背中を二羽に預け、仮眠を取っている始末。


 どっちなんだか、長い付き合いだがそこが真白の読めない部分であった。


「おしゃれって言いなさい」


 それでも二羽は気にしないので、いつものように厳しく面倒を見てあげるのだ。


「確かにそのリボンは可愛ぃと思うよぉ。ふぅちゃんらしくてあーんしん」

「はいはい、抱きつく暇あったらさっさと行くよ。電車、乗り遅れるよ」

「まってよぉー、ひっぱらないでぇ」


 駆け込み乗車になる前に早足で二羽や真白と同じ制服を着た女子生徒の後ろへと並んだ。乗車線に沿って安全には十分に配慮して、混雑はしていたものの波に飲まれず無事に席に座ることができた。


 とはいっても人の波は留まることは知らず、二羽と真白が座ってからも濁流のごとく埋め尽くされていき、微かな余白のみが残されて駅を去っていった。


「白、忘れ物チェックタイム」

「うん、いいよぉ」


 そして、毎度恒例の確認時間。

 鞄を膝に抱えるようする真白を横目にスマホ片手に常備した二羽は慣れた言葉を投げてゆく。


「お弁当と水筒」「あるぅ」

「体操服」「…あるぅ」

「教科書、筆箱」「あるねぇ」

「メイク道具」

「それはふぅちゃんが必要なやつでしょぉ」

「あんたが自分でやんないからでしょ」

「いたぁ」


 その頭にチョップを軽く入れてやって、スマホをポケットからとりだす。今言った最低限のものがあれば真白の執事の箸付に報告する。スマホ片手に番号を打ち込み真白に渡す。

 真白の声でちゃんと報告をするのだ。


 そして閑話。


 真白はスマホを持っていない。


 以前その理由を箸付に聞けば過度の機械音痴だかららしい。実際、そう問題はなさそうに見えるが追求するにも、この件だけでない様々な面で他言無用を貫く真白だった。


 ただ、自分を語らない二羽と妙に頑なな真白は、他言無用に通じる仲。それが二羽と真白の関係だった。


 真白が隣で電話をしている間に何をするわけでもなくぼーっと窓を眺めた。流れる景色は相変わらずつまらない、そう言いたげに目を細めて眠気に誘われていた。


「白、………」


 駅に着いたら起こして欲しい、そう伝えようとしたら真白はすでに夢の中だった。少しでも、ものを頼もうとした二羽も二羽だった。

 呆れながら眠気と戦うことにした。

 そうして一駅二駅超えた当たりで真白が肩に寄りかかってきた。


 が、何故か二羽はそっと背もたれへと誘導させて立ち上がった。


 真白は勿論寝ている為気づかない。

 二羽は一人、まだ六駅前のところで電車を降りてしまった。


 ーーー入れ替わるように老人一人と座り変わって。


 そして真白は一人、寝過ごしに寝過ごし二周ほど回った当たりで目を覚ました。


「………………あれぇ、まだついてなかったのふうちゃん?………ふぅちゃん?」


 隣にいるはずの目覚まし時計であり友達の二羽は居ない。

 何故か見知らぬ老人と入れ違っていた。

 無言で真白は老人を見つめた。その視線に気づいた老人も真白も互いに首を傾げるばかりだった。


「…………………年取った?それともわたしたいむすりっぷしたのかなぁ…」


 すでに時間は正午に近い。

 スマホを見なくとも、太陽の位置でおおよそは分かった。

 真白は首を傾げながら焦ることなく、マイペースに学校へと行くのだった。




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