1.幻夢/兼務

英雄になれなかった男となりたかった少女


夢想主義者ゆめみがち?」

「笑いなさい。現実主義者りありすとよ」





「ヒーローになりたいんだよね」



 友人の突拍子無い物言いに彼女、空離州二羽ありすふたばは動じなかった。 


 二羽は一瞥すらせず、空を見ていた。

 空の大半は夜闇。夜闇は満開の桃色に染められ、満天の星空と夜闇、そして桜から除く月が見えていた。どんなに綺麗な景色であろうと二羽は眩しいものを嫌う。

 だから二羽が見えいるのは星星や月では抜く、その虚空の暗闇を見ているのだ。


 友人は思う。

 ーーーーーー相変わらず彼女は美しい、と。


 風に靡く桃の花弁が乱雑に、切り整えられた山吹色の髪に混じり、月光と共にほのかに光る。

 何より大きな黒のリボンは端をふしどるように光を写し、溶け込み最中を演出する様子が純粋に気持ちを呼び起こさせた。


 不意に先導し歩いていた二羽が足を止めた。


「ジロジロ見んなし。それと夢なんて下らないから興味ない」


 研摩された刃を喉元に突き立てられる、そんな威圧感で二羽は零した。


 友人は二羽に嫌われていない、そういうことだけここでは代弁しておこう。何しろ言われる当の本人も二羽も、何でも無いように続けるのだから。


「最近のJKは夢がないねぇ。若者なんだから夢追っかけないと輝けないよ?」

「輝くも何も、どうせ大人になればそんな輝きもなくしちゃうっ知ってて言ってる?持つだけ無意味よ」


 唾を吐くようにつらつらと言葉を並べる二羽は苦悶の顔を滲ませていた。


 月夜、桜、苦渋の彼女。


 なんて絵になるんだろうと友人は何度でも思う。

 その視線に友人が何を込めるかは知ったことはないが、二羽はかなり嫌っているらしい。

 後の言葉と視線、両方に更に眉をひそめた。


「あーあ、幼い頃の君はもっと可愛らしかったのに。僕にもお父さんにも大好きー!とか言っちゃって今は」

「うるさい」


 ピシャリと熱弁を止められるものの、友人は不満げにも躍起にもなったりしなかった。不機嫌になる一方の二羽とは逆に、調子を上げ饒舌になっていくばかりの友人だった。


「いいから黙って」「いいや黙らない」


 と、ここでようやく二羽の余裕が崩れ始める。

間髪入れない友人の言葉が酷く圧を発し、低く脳まで響くような声が二羽を懐古させるのだ。より感情を引き出される。


 三つ子の魂百まで。


 二羽は友人のこういう逆らえない、抗えない。

 幼い頃の従属がいまだ遺っていた。

 とっくに捨てたと思っていたのに、何でなんだと思うばかりなのだ。長い付き合いだけある、唯それだけでなく恩人なのだ。


 幼子が両親が絶対であるように、恩師には従順な二羽は確かにあったのだ。


 今日だって夜中になんの余興もなしに、突拍子も無くきた電話に数度無視したものの、一時間なり続けた愛のコールに負け、待ち合わせを指定され、大人しく来たのだってそういうことなのだ。


 二羽は友人に弱かった。


 だがやられっぱなしというわけではない。既に時を隔てて思春期でもある。

 だから尻込みながらも必死に抵抗をした。


「君は言ったよね、夢は持つだけ無駄だって」

「………だって夢は持つだけでも重いじゃない」

「でもそれは叶わなかった側の言い分だ。成功した人に説いても、それこそ無駄さ」


 不思議そうに首を傾げ、薄ら笑みを浮かべる友人が言いたいことはよく分かった。友人は成功した《そっち》側なのだと。


 だったら冒頭の一言は嘘だった?


 それとも、単なる糸口の可能性が高い。

 ならば友人はあたしに何へと誘導しようとしているのだろう、と一瞬思考する。だが友人はそんな隙すら与えず、軽やかに続けた。


「失敗だって糧になる。失敗談が次に未来に繋げるんだよ」

「綺麗事よ。結局それは失敗して後悔しての大人の情けない言い訳よ」


 このとき二羽の脳裏に浮かんたのは憎くても憎みきれない両親のことだった。何度も何度も耳にタコができるほど聞き続けるそれらの声は二羽を蝕んでいくのだ。

 謝罪ばかりで嫌気が差して、不意に二羽は思ってしまうのだ。


 ーーーーーーあたしが☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓。


 淀み濁る頭をかいて、焦燥が声にも態度にも出た。


「兎も角嫌なの。というかさっきからくどい。早く本題をいって。あたしだって暇じゃないの」


 ああ、嫌だ。


 この友人のこの笑みは災厄の道化と同じだ。

 二羽はここで漸く初めて友人の顔を見た。


 一〇年前から変わらない背丈に肩幅、髪型、声。


 風が吹き荒れ、桜吹雪となる。

 顔は隠れて見えなかった。

 それでも笑っている、そう自然と思ってしまう。錯覚でなく確信を持って、そう思えてしまう。


『はじめまして、じゃないのは分かるかな二羽』


 最初から今も、胡散臭そうな顔をしていた。


『そう怪訝そうな顔をしないでくれよ。興奮するじゃないか』


 そして変態だった。

 その視線が好意でなく興味でなく、愛というものだと自称した時は背筋が凍った。


『君の父親の友人だ。幼い君の面倒も見たことがあるんだ。覚えてるかな』


 腹の見えない+仮面を被った要警戒人物となったのは言わずもがな。

 その上言動に好意以上の何かを汲み取れるのが妙だった。


『ともかく困っていると聞いた。君の父親に頼まれてね。一人暮らし、するんだろう?だったら僕の所有するアパート貸してあげるよ。むしろあげるから連絡先交換しない?』


 変態は変態でも良い人ではあった。

 金銭面。

 生活面も学校面、二羽の気持ちの持ちようで出してはいるものの、結果大半負担してくれているのはこの友人と父親だった。


『どうしてそこまでしてくれるって?んー、まあ君はいずれ知るだろうし言っちゃおっかなー!』


 友人は言った。


『僕は少女が好きなんだよ』


 自称変態だと。


『少女というのは純粋で未完成なんだよ。わかるかい?』


 恍惚に顔を歪める友人の顔は今でも忘れられない。

 というか子供に何いってんだよって今ならツッコみたい。


『あ、誤解しないでほしい。僕は不幸な少女が好きなんだ。全般とうわけでもないからね、うん。そうだね……僕は不幸を嘆かず直向きに幸せへと手をのばす、そういう不幸な子が好きなんだ』


 あの頃幼い二羽は断片的に単語で言葉を理解しようとした。

 全部は分からなかったけど、単に変な人とだけ思っただけだった。


 だからというわけでもなく。

 二羽は『なんで』と聞いた。


 だって不幸よりも幸福がいいのは当然ということは、幼い頃二羽でも分かることだったから。


『ーーー簡単な話だよ君。』 


 そうだ。

 そうだった。

 あの日のこの瞬間から、きっとこの瞬間を示唆していたのだ。


『誰かの幸福が誰かの不幸。


 これは僕の持論なんだけど結構理に叶っているも思うんだ。

 例えば、同じぬいぐるみを売っているお店AとB。Aでぬいぐるみを買えば、Bは損をする。ほら、片方がモノが売れて幸せ!で、片方は売れなくて不幸になる。


 逆に言えばね。

 不幸な人間は誰かを幸福にしているということだろう。


 この理屈ならば、

 幸福になるには誰かを不幸にする覚悟がいるってことだと思わないかい?


 幸福は誰かの幸福をを犠牲にする。


 誰を蹴落とさないと幸福になれやしないんだ。

 犠牲の伴わない利益なんて恐ろしい。


 いかに利己的であるかが肝なんだよ。

 利己こそ真の人間性と考える僕ならば、

 不幸な人間こそ真の人間性を持っていると言えるわけだ。


 不幸な人間は幸福という夢を求める。 


 要約すればね、二羽。



 夢を追う少女が好きなんだよ。



 夢とは曲がりからずとも幸福や理想と同義の場合が多い。人間らしい人間が好きなんだ。

 だから。

 不幸を嘆かない幸福を願う少女が好きなんだよ、僕は。』


 ならば少女である意味は、と二度も同じ問いを繰り返しそうになった。

 だがそんな暇も与えられずして、言葉を脳に響かせた。

 重なって、反芻した。




「ーーーーーー君、幸福になりたくない?」


 

 友人のその一言は二羽を彷彿とさせる。


 だって、それは二羽にとって最大限の侮辱なのだ。


「あたしは自分を一度だって不幸だなんて思ったことがないわ。だから」

「必要ない?訳が無いよ。君のその諦めは逃亡ではない。停滞だ。君はまだ諦めきれていない夢があるだろう?」


 強気に返したはずの言葉は意図も容易く遮られる。

 相変わらず大人は子供の意志を削ぐのが得意なことだと二羽は思う。二羽の意志は心は、いつだって遮られてばかりで尻込みばかりさせられる。


 だけど友人は違う。

 友人は強制の言葉でなく誘惑の言葉。


 蜜のように甘く、針のようにチクチクと蝕み繋げる。


「そろそろラストチャンスだと思ってね。君は少女なんだから我儘なくらいが丁度いいよ。僕もそうだと嬉しいからね」


 今日はその手伝いをしに来たんだと友人は言った。笑みを浮かべているどろう表情と声音は、背を向けていたから見えなかった。

 それでも何かゴソゴソと地面に置いたスーツケースから何かを探していた。


 立ち上がったと思ったら何もその手には持っていなかった。


 ただ静かに友人は笑い続けた。


 そして次の瞬間、桜吹雪が渦を巻いた。


 花弁が友人を、二羽の視界を埋め尽くさんとし、スカートを抑えながらうすらと瞳を開いても桃色しか映さなかった。ただ最後の一言だけは脳の髄まで響いた気がした。



「プレゼントだよ。あとは君が選ぶだけだ」



 そうして桜も桃色も塵残さずしていつもの公園の脇道に戻った。

 そして二羽のポケットには猫や蔦が描かれた手鏡が入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る