53話 戦闘訓練

「ねえ、ユーナちゃん。私に戦い方教えてくれる?」

 朝食を食べている時に、サリーが唐突にそんなことを言った。

「戦い方?」


「そう。今まで、元の世界では戦いとは無縁だったじゃない?でもこの世界には魔獣とかいるし、今のままじゃいけないと思うの。確かに魔法の基礎は学んだけど実践レベルじゃないってことくらいは理解してる」

 この理由は本心だが全てではなく、ユーナちゃんが本調子じゃないのなら私も守られてるだけじゃダメだということもあった。

 それに今のままでは足を引っ張っているだけだということも。


「……教えるとか、そういうのはちょっと苦手なんだ」

 元々ユナは実戦メインで力を磨いてきたこともあって理論立てて説明したりするのには慣れていない。師匠と慕っているルーには隠密系魔法の基礎は教えたけれど、その後は見て学べというスタイルだった。

 武術に関しては一応道場に通ってたけれど基礎のあとは立ち会いメインだったし、魔法に至っては完全にイメージ力任せだった。

「でも、実戦の中でフォローとかアドバイスなら、出来ると思う」


 断られた、と思い表情に影が差しかけたが次の言葉に笑顔を取り戻した。

「実戦というと、魔獣相手にとか?」


「そうだね。冒険者活動するとなったら魔獣討伐もあるし、多分対人戦も必要になると思う」

「対人戦……」

「進んで対人戦を挑むとかだったら別だけど、絡まれただけとかだったら逃走を視野に入れた戦い方になるかな。ああいうのは生き残れば勝ちみたいなところがあるから。

 無理して勝っても安全だとは限らないって状況もよくあるし」

 強い相手と相打ち同然で勝利したが、その直後に来た雑魚に負けるなんてことは戦場においてざらにあることだった。


「とりあえず、この辺にいる魔獣とか魔物とかを狩ってみる?」

 ユナがそう提案する。

 霊力補給のために出歩いた時に付近の生息状況は軽く探っていて、特に強いものが居ないことが分かっていての提案だった。

「やる」

 サリーは即答した。食い気味だった。


ーーーーーーーーーー


 外に出てくる旨を書き残して、結界の外へ。

 少し歩くと早速敵対生物の気配を察知した。

 数は1体、緑色の肌をした人型の魔物、いわゆるゴブリン的なやつだ。


「いきなり人型だけど大丈夫?」

 ユナは小声で訊いた。

「多分、大丈夫」

 サリーも小声で答える。


「まだこっちに気付いていないみたいよね。遠距離の魔法で奇襲してみていい?」

 そう訊いた。

「やってみて」



 サリーは魔法の射程圏内まで音を立てないようにそっと移動を開始した。さっき見ていた位置だと遠すぎて当てる自信がなかった。

 ゴブリンの背後に位置する木の影まで来ると、魔法発動のために動きを止める。まだ、集中しないと魔法は使えない。


 魔法発動の瞬間、ゴブリンがこちらに気付いた動きを見せ、サリーに向かって走り出した。

「っ!ウィンドアロー!」

 一瞬動揺したけれどすぐに立て直し、発動させた魔法はゴブリンの胴体へ直撃した。

「ガアアアアア!!」

 ゴブリンは体液を撒き散らしながらもそれだけでは倒れずに、更に勢いを増して向かってくる。

「きゃぁっ!!キモっ!」

 サリーが怯んで後退り、接触の直前。ユナの黒鎖がゴブリンを捉えた。


「あっ」

 それを見たサリーはすぐに呼吸を整え、もう一度魔法を構えた。

「ウィンドカッター!」

 ウィンドアローより射程は短いが威力は上のウィンドカッターはしっかり直撃し、ゴブリンを絶命させた。

 そして黒鎖が解かれ、地面に落ちた。



「…………今の戦闘での問題点、わかる?」

「奇襲に失敗したことと、攻撃を中断しちゃったこと?」

 ユナの質問にサリーが答える。

「奇襲失敗の方はちょっとブレはあったけどちゃんと対応出来てたから大丈夫。

 キモくて怯むのはちょっと分かるけど、それで行動を止めちゃうのは良くなかったかな。完全に隙になっちゃってたから。

 戦闘中は、落ち着いて常に冷静に。恐れるのは後で。

 でも、威力重視の魔法に変えたのは良かったと思うよ」


『落ち着きなさい、常に冷静に。恐れるのも怖がるのも後で』

 どこかで聞いたことのある言葉だった。

 サリーがそのことについて考えていると、ユナがふっと小さく息を吐いた。


「この言葉、師匠の受け売りなんだ」

「そうなんだ。いい言葉、だと思う。今の私には特に。

 それにしてもあれ、生理的に無理すぎた……」

「体液撒き散らしながら迫られるのは嫌だよね、わかる……。

 見た目はアレだったけど、生き物を殺した感覚とかは大丈夫だった?」

 スライム討伐や動物の解体はやっていたけど、生きている生物、特に人型のものを殺すとなると忌避感が前に出る場合もある。

「今のところは、大丈夫だと思う」


「あとは魔石取って残りは廃棄するけど、やる?魔石取るの」

 魔物解体用のナイフを取り出しながら訊く。

「心臓の位置だっけ、魔石あるのって」

「そう」

「やってみる」


 ナイフを受け取り、死体と向き合う。

 それを刺そうとした時、サリーは背筋がゾワッとするのを感じた。

 魔法で倒すのと、刃物で刺すのでは感覚が全く違った。


「変わる?」

 硬直してしまったサリーに訊く。

「……うん」


 ナイフを受け取ったユナはサクッと魔石を取り出してそれを水魔法で洗浄しながら、残りを火魔法で焼いた。


「この程度だったらそんなに問題になることはないけど、魔石と反応して魔法や火が暴走することもあるから廃棄前には魔石を抜いていた方がいい。焼かずに埋める場合もあるけど、魔力の問題で生態系に影響が出ることもあるから同様。

 だったはず。最近は丸ごとギルドに押し付けるか仲間が処理してくれてたから細かいところはうろ覚えなんだけど」

「解体はともかく、魔石取るのはできるようになってた方がいい?」

「収納袋もあるし、さっき言ったみたいに丸ごと渡せばいいから、無理にやらなくても大丈夫だよ」


 基本ユナはサリーが嫌がることはさせたくないというスタンスなので、気を抜くと甘やかそうとしてしまうのである。

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