52話 聴いていた
(秘密にしてて欲しい、ね)
サリーはその話を扉越しに聴いてしまっていた。
もちろん初めから盗み聞きしようと思っていた訳ではなく、少し起きてしまったから水でも飲もうと部屋を出ようとした時に話し声が聞こえて来たのだ。
ちょうどサリーの記憶の一部を失ってしまったと言っている辺りからで、つい気になってしまった。
(確かに半年間丸々と、それ以前もあちこち欠けてるってことは自分でも気付いていたけど。その手掛かりがこんなところで聴けるなんて思ってもみなかった。
半年間の記憶が無くなっているのは私だけじゃなかったのもあって、その後にその子たちと気にしないことにしようと決めて別れたけど……。やっぱり気にならないわけがないよ、自分のことだもん)
ちょうど中3で進路が別れることもあって結構バラバラになった。
地元とはいえ同じ高校に進んだのはほんの数人だけで、現在も親密な親交がある人はほとんどいない。
良くも悪くも蒸し返す相手がいなかったのだ。
ユナもそのうちのひとりではあったが、ユナが自分からはできるだけ話しかけないようにしていたこともあって特に話すこともなかった。
そもそも記憶から抜け落ちてしまっていたこともあって、同じ中学だったけれど特に接点のなかった同級生としての認識しかしていなかったから沙理波から話しかけることもなかった。
沙理波の記憶喪失の理由は他の人とは違っていたのだが、それは知る由もなかった。
(それに、私のこともだけど。ユーナちゃんがそんな状態だなんて全く知らなかったし気が付かなかった。当たり前のように動いたり魔法使ったりしていたのに、全力が出せない状態だったなんて。それに、その原因が私にあるなんて)
ユナがそれを聞いていたら即座に否定しただろう。勝手にやったことだから気にするな、と。
(……もしかしたら以前は『ユナ』って呼んでいたのかな。あの話し方だと、向こうは私のことを『サリ』って呼んでたみたいだし。
ここに来たばかりの頃に『ユナちゃん』って呼んだ時に拒否されたのも、この事に関係があるのかもしれない)
実際、サリーのその考えは当たっていた。
その時のユナの心情としては、呪いの発動の危惧が建前、前のように呼ばれると寂しくなるからが本音だった。
ドアのそばの壁に背をもたれながら聞き耳を立てるが、それからサリーの話やユナの現状についての話には戻らなかった。
音を立てないよう、そこを離れベッドへと戻る。
(色々、考えることが出来ちゃった。今の私としては魔法使ったり記憶を取り戻したいとは思うけど、それはユーナちゃんに心配かけるんだろうな。
それに水晶眼で見えたあのキラキラは好意だって言ってたけど、大切なひとっていう程に想われてたなんて、ちょっと恥ずかしいかも)
サリーは布団を口元まで引き上げた。
その顔は少し赤くなっている。
(そういえばあの時……。『ユナちゃん』って読んだ時、なんだかしっくりきたんだよね。それよりも『ユナ』って呼んだ方が呼び慣れてる感じがする。
だからといって今そう呼んだらまた困らせちゃうのかな。
なら。もし、ちゃんとユーナちゃんの事を思い出せたら。その時は『ユナ』って呼べるといいな)
サリーはそんなことを思いながら再び眠りについた。
ーーーーーーーーーー
音を立てないようにドアを開けて、ユナが寝室へと戻ってきた。あの話しを聴かれていたことには気付いていない。
後ろ手にドアを閉め、サリーが眠っているベッドにそっと潜り込む。
ちなみにこの小屋にはベッドがひとつしかないので必然的にユナとサリーは同じベッドで寝ている。
アリアドネは住み込みで潜入していることもあり、今は王宮へ戻っていた。
ちょうどユナがベッドの上で落ち着いた時、サリーが寝返りをうってユナの方を向いた。
(サリは僕に、ひとりにしないでと言ったけれど)
「僕をひとりにしたのはサリじゃない……」
ユナはそう呟いて、すうすうと寝息をたてているサリーの頬を撫でた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます