51話 2年前のこと
「さて、話してもらいましょうか?」
落ち着いたサリーが寝た後、まだ起きていたユナのところにアリアドネが来た。
「話って?」
ユナは表情を変えずにそう返す。
「あなたとサリーさんの関係について」
「どうして?」
「サリーさんはユナの大切なひと、なんでしょう?それにしては……」
「場所、変えていい?」
アリアドネの言葉を遮って、ユナはベッドから立ち上がった。
その後ろには当の本人であるサリーが眠っている。
ーーーーーーーーーー
「それで?どうしてそれが訊きたい?」
「話す気あるの?」
「場合による」
その言葉にアリアドネは少し考えるように手を顔に当てた。
「そうね、単純に気になったっていうのが理由かしら。ユナがあれだけ大切なひとって言っててそういう態度を見せているけれど、なんというか……。そうね、他人行儀なのよ。
ユナの言い方を聴いていたぶんだと恋人同士っぽかったのに、実際に見ると片思い中って感じで。中途半端な距離があるような、そんな気がするの」
「他人行儀、片思い、中途半端な距離、ね」
ユナはそう返し、口を閉ざした。
しばらくの沈黙の後、言葉を選ぶように話し始める。
「随分と的を得た認識してて驚いた。
そう、今はそんな感じ」
そう言うと俯いて目を伏せた。
「リアたちに話していたのは前の、2年前までの関係性の話。あれがあってから、変わっちゃったから」
「2年前、というと……」
「僕がこんな身体になっちゃった時の事だよ」
その話は前の時、今回と同じように倒れてしまった時に無理矢理聞き出された事だった。
そしてそれは、ユナが中3の時にクラスごと集団召喚された時。
こことは別の世界で、魔王を倒せというよくあるお話だった。
「無理した代償って言ってたわよね」
「あの魔王倒した時でも4割くらい持っていかれたし、問題はその後だったんだけどね。その時同じ状態……というかそれより重症だったのがサリだったんだ」
ユナは大きく息を吐いて顔を上げた。
「あの世界、蘇生が出来たから身体の傷だったら多分問題なかったんだけどね。一緒に行った人達も何度も蘇生してたし。
あの時、魔王が死に際に放った攻撃は霊体にダメージを与えるものだったんだ。それも回復できないような呪い付きで、かなりのダメージを受けていた」
その時のことを思い出し、ギリっと音がするほど歯をかみ締めた。
「僕はサリの、ダメージを受けた部分を削り取った。呪いごとね」
そのおかげで治らないはずだった損傷は無事に回復した。
「その削り取る荒療治をしたことで、サリは記憶の一部を失ってしまった。
……それが、ちょうど僕の部分」
「霊体は霊体でしか干渉出来ないからね、僕も万全の状態じゃなかったから消耗が大きくて。自分じゃあ覚えてないけど、結構長期間昏睡状態だったし、たまに起きても朦朧としてたんだってさ」
その起きた隙に帰還が実行され、日本に居る家族や専門家の治療によってなんとか普通の生活ができる程度には回復した。
それでも全盛期から比べると力は半減してしまったし、発作的に意識を失ってしまう身体になってしまった。発作が起きるトリガーもタイミングも不明なままだ。
「僕の方の呪いはその治療して貰った時に一緒に解呪してもらったけど、無理した分の霊体へのダメージは残ったままで。少しずつ回復はしてるっぽいけど、全盛期と比べると……6割くらいかな」
つまり、回復速度的には2年で1割程度。それも時間を歪める魔法具を使っていたり、この世界と元の世界の時間差の事を考えるともっと遅い。
「そう考えると、あの後呼ばれた世界がここだけで良かったのかもしれない」
「6割程度の力でも倒せる相手しかいないってことかしら」
自虐気味にアリアドネはそんなことを言う。
「間違ってはいないかな」
ユナも似たような表情でそう返した。
「あー、ちょっと油断して話しすぎた。
ここまで話しておいてあれなんだけど、この話は秘密にしてて欲しい。特にサリーには」
「話す予定はないから安心していいわよ。ところでそれはどうして?」
「ないとは思うけど、記憶がきっかけで呪いが再発動する可能性があるから。
……正直に言うと、魔法使うのとかも遠慮して欲しいんだけどね。トリガーになってしまうかもしれないから」
本来なら水晶眼を戻すのも、この件に関して言えばあまり良い選択ではなかった。
それでも、あるかもしれない危険より間近に迫った危険を回避するためには必要な事だったと、そう自分に言い聞かせていた。
「直接的な悪意から身を守る手段としては、魔法は手っ取り早いものね」
「そうなんだよね」
ユナはため息をついて答えた。
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