44話 その名は

「リョウ様。ふたりきりになったところで、という訳ではありませんが少しお話をしてもよろしいでしょうか?」

 レナはそう言いながら護衛に目線で席を外すように指示をする。

「へっ?俺に?」

「ええ」


 護衛はしぶしぶといった様子だったが、指示通りに話が聴こえない位置まで下がった。

 それを確認したセレナータは1歩距離を詰める。

「あまり人に聴かれたくない話ですの。お部屋に案内していただいてよろしいかしら?」

 そう囁いた。




「それで、人に聴かれたくない話って?」

 宿の個室、そのベッドの上に並んで座る。ほかにも座る場所はあるだろうに、セレナータはあえて隣を選び、出来るだけ物理的な距離を詰めた。

 そんな状態にリョウは落ち着かない様子だった。


「少々お待ちくださいませ」

 セレナータはそう言って魔法具を取り出した。

「それは?」

「盗聴防止用の、防音の魔法具ですわ」

 そう言って起動させる。


「実は、目的である魔王討伐についてなのです」

 セレナータの話というのは召喚の主目的である真面目な話だった。


「それって、俺を呼んだ目的の?」

「はい。お父様……国王の話には少々抜けが、というか齟齬がありまして。

 あの時、新しい魔王が現れたので倒して欲しいとの意向を伝えたのですが、あれは正確ではないのです」

「うん、それで?」

 言いにくそうにするセレナータをリョウが続きを促す。


「倒して欲しいのは、寝返った元勇者なのです」


 促され、そう告げた。



「寝返った、元勇者……?」

 リョウがその単語を上手く噛み砕けずに訊き返す。

 勇者ときいて思い当たるのは、雫のこと。あの優しくて美しい人を手にかけろと言うのかと。


「ここからの話は、極秘情報……というよりも情報秘匿されていたものになりますの。他国の事なので、なかなか情報が入らなくて」

 セレナータはそう前置きして話し出す。


 その内容というのは、

・公式に倒されたという魔王は先代であり、当代の魔王は生存している。

・当代の魔王は勇者と懇意にしている。

・懇意にしている勇者は魔王討伐の功績として爵位と領地を得て、その管理は王族が関わっている。

・その領地にて、当代魔王が匿われている。

・その国ごと魔王側に寝返った可能性がある。その場合は一国を敵に回すことになる。

 ということだった。


「そうなると、国とその国の勇者と戦うことになる……?」

「それが、元凶の勇者は不在という話なのです」

「不在というと」

「勇者は召喚されてここに来ていたわけでしょう?送還されたときいています。それが、一時的なものなのか永久的なものなのかはわかっていませんが」

「え?帰れるのか?」

「あ……。ええと、召喚された目的を達成すると帰還の道が開かれるそうなのです」

 セレナータはリョウに帰還方法の存在を伝える気は全くなかったので、つい口を滑らせてしまったのだろう。声に焦りが出てしまっていた。


「そうか、帰れるのか。勝手に帰れないと思い込んでいた」

 リョウはセレナータに聞こえるか聞こえないかの声量で呟いた。


 そして、訊き忘れていたことを思い出したリョウがセレナータに訊く。

「それで、その敵に回る国と勇者っていうのは?」

「そうでした。それを言い忘れていましたわね。

 相手は、ウィスタリアの勇者。ユナ・フォレストですわ」

「ユナ・フォレスト……」


(聞き覚えのある名前だ。……そうだ、手記にあった名前。確か、どうしてもどうにでもならなくなってしまった時はその方に頼むといい、って。面倒そうな顔はされるだろうけど、根は優しいし、困っている存在を放っておけない質だから他に優先事項がない限りきっとなんとかしてくれる。だから絶対に敵に回るな、会えたら出来るだけ縁を結べって。

 それなのに、敵対しろと?

 いや、そもそもあの手記やこの話の信憑性って?)


「リョウ様?」

 黙り込んでしまったリョウにセレナータが声をかける。

「少し、考えさせてもらっていいか?急に色々聞いたから頭の中を整理したい」

「わかりましたわ。とりあえずこの話はここまでにしましょう」

 セレナータはまだ何か言いたそうにしていたが、それを飲み込みそう言って魔法具を停止させ立ち上がった。

「また後で、お話しましょう」

 そう微笑んで部屋を出て行った。

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