23話 雫とユナ

「やっ!」


 そう、気軽に手を挙げて声をかけられました。

 知らない人です。まあ知っている人がほとんど居ないのですが。


「はじめましてだね。雫だっけ、話にきいてた通り綺麗な人だね」

 その人は続けます。

 初対面なのに口説かれていたりするのでしょうか。中性的な、不思議な雰囲気を持つその人に、自然と意識が集中します。


「僕はユナ、ウィスタリアの勇者。リゼ……ウィスタリア王女から頼まれて会いに来たんだけど、聞いてる?」

 その人は、話に聞いていた隣国の勇者でした。


「はい。魔物討伐に行っているから何時になるか分からないと聞いていました」

「あれ、連絡行き違ってたかな。まあいいか。同じ勇者として仲良くしようね」

「はいっ!」

 口調は軽く、親しみやすい。そんな第一印象でした。



「それで、ここに来る前の記憶がないんだっけ。名前以外のことを覚えてないって聞いてるけども」

 ユナさんはそう本題に入りました。

「はい。あ、それから多分日本というところに住んでいたことです、思い出せたのは」

 それを聞いたユナさんは少し驚いて見えました。

「へえ、僕もここ来る前は日本に住んでたよ」

 まさかの同郷でした。


「……それでも記憶喪失か。召喚事故で記憶が飛ぶのはあまり聞いた事のない事例だね。

役に立てるかは分からないけれど、ちょっと魔力流してみてもいいかな?」

 魔力を流すのはよく分からなかったけれど、頷きました。


 わたしが合意したのを確認すると、ユナさんは私の額に手を伸ばします。



 ふっ、と。目の前が真っ暗になりました。




 気がつくと、わたしはユナさんの腕の中にいました。


「大丈夫?意識ははっきりしてる?」

 わたしが目を覚ましたことに気がつくと、そう声をかけてくれました。声音から心配しているのが伝わってきます。

「あ……なにが……」

 まだ少しぼんやりします。頭の中に靄がかかっているような、記憶を探っている時にも感じた何かが張り付いたように留まっています。


「ちょっと記憶を探れないかってやってみたんだけど、ダメだったみたい。ごめんね、ちょっと強めに流しちゃった。後遺症とかはないはずだから、そこは安心してほしい」

 それでもユナさんの腕の中はどこか懐かしさを感じる暖かさがありました。



 後から訊いた話、この時に使ったのは闇魔法の一種で、記憶改竄の第一段階の記憶を覗き見るものだった、お互いの召喚時の加護が反発したせいで弾かれてしまったから深い所が見れなかったということでした。



「もう、大丈夫です」

 頭の中がすっきりするまで、身体を預けていましたが、そう言って離れました。触れていた部分がすっと冷たく感じました。


「見た感じ、魔力量も多いみたいだし、勇者活動としては問題ないと思う。ただの日本人だったなら戦闘も魔法も使い慣れていないだろうからフィオ様に頼るといいんじゃないかな。かなりの腕前だってきいているから」

 やっぱりフィオさんって強いんじゃん、他国の人がその腕前を認めるくらいには。

「ユナさんは……」


「僕は先に進んでる」

 ダメ元でしたが、一緒に、という前にバッサリ切られました。

「元の世界に大事なひとを残しているから、一刻も早く帰りたい」

 その目はここではないどこかを見ていました。

「え、帰れるんですか?勝手に帰れないものだと思っていました」

「きいてない?」

「きいてませんでした」

「多分だけどね。目的のある召喚なら、目的を達成すれば繋がりが弱くなるから、召喚陣の逆転か元の世界との糸を辿れば帰れるはずだよ。

 雫の場合、元の世界との繋がりが薄くなってるって考えられるからやるなら召喚陣の逆転かな。それだと失敗した時のリスクが高いし、記憶が戻ってからかひとりで知らない場所に放り出されても何とかできる実力を身に付けてから試した方がいいと思う」

「詳しいんですね」

「初めてじゃないからね、召喚されるの」


 ユナさんはそう言って、前に召喚されたいくつかの世界について話してくれました。その中でもやはり勇者としての召喚は王道でよくあるパターンが多いとか。日本にあふれている娯楽小説にもそういうパターンが多いことから、作者は実は経験者じゃないかと思っているとか、そんな話も。




「っと、もうこんな時間か」

 日も傾いて来た頃、ユナさんがそんな事を言いました。途中から話すのが楽しくて時間が経つのがあっという間でした。

「また時間がゆっくりある時に話そうね。僕もいい息抜きになった」

「わたしも話せて楽しかったです。ありがとう、ユナさん」



 わたしは去っていくユナさんの後ろ姿を見送りました。

 ユナさんに会う前、なにも分からなくて不安だった気持ちが少しだけ和らいでいるのを感じました。

 同じ立場の人との他愛のないおしゃべりがこんなにもリラックスさせてくれるものだったなんで知りませんでした。


 それとも……。

 わたしはユナさんの腕の感覚を思い出し、その感覚を忘れないよう自らを抱きしめました。

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