第16話 違うそうじゃない

 琥珀の家にて、のんびりと過ごしている操。琥珀がトイレに行っている最中に、ふとテーブルの上に目をやってみた。雑誌の下になにやら光るものが見えて、操はなんとなくそれに手を伸ばしてみた。


 それは……イヤリングだった。しかも見るからに女物のイヤリング。


「こ、これは……」


 操は手にしたそのイヤリングをマジマジと見つめる。


「まさかとは思うが……まさか……そっちに目覚めたか?」


 違う。そうじゃない。彼女ならそこは浮気を疑ってもろて。でも、仕方ない。琥珀はネットの世界でサキュバスメイドの美少女なのである。ずっとそういう活動をしていると、そういう誤解をされるのも無理はない。


 そんな琥珀の浮気を1ミリも疑ってない操。イヤリングをそっとテーブルの上に戻そうとした時、足音が聞こえた。琥珀が戻ってきたのだ。


 そして、琥珀がリビングのドアを開けた瞬間、慌てた操はそのイヤリングを思わずポケットの中に入れてしまった。なにせ、操のしている行為は家主に黙って部屋の中のものを物色する好意。冷静に考えたら無礼極まりない行為である。


 「いくら、恋人だからと言ってやっていいことではないのでは?」そんな考えが過った操は取ったものをポケットに入れる重罪をしてしまう。


「ん? どうしたの? 操さん」


「あ、いや、その。なんでもないんだ琥珀君」


 なんでもない。そう言ってしまったが最後。素直に自白することも許されない。琥珀の性格ならば、操が粗相をしたところで責めることはしないし、嫌うこともない。事情を話せば琥珀は笑って許すタイプである。


 だから、ここで自白した方が楽だった。操はそう思わざるを得なかった。


 琥珀はなんとはなしに雑誌を持ち上げた。そして、テーブルの上をきょろきょろと見回した。


「あれ? おかしいな。ないぞ」


「な、なにを探しているんだ? 琥珀君」


「あー。いや、なんでもない」


 なんでもないわけあるか! そうツッコミたかった操だが、明らかに自分に非があるからこそツッコめない。恐らく、琥珀が探しているのは操が取ってしまったイヤリング。


「ちょっとごめんね、操さん」


 琥珀はスマホを手にして、ある人物に電話をかけた。


「もしもし、姉さん? テーブルの上を探したけどなかったよ。うん」


 電話の相手は明らかに琥珀の姉の真鈴である。操はある1つの結論に達した。このイヤリングの持ち主は真鈴。琥珀の部屋に押し入った時に、忘れていったものだろうと。


「え? あ? 見つかった? どこ? トイレの中にあった? うん、まあ見つかったんなら良かったけどさ」


 見つかった……? いや、そうはならんやろ。と操は思った。真鈴がなくしたものはこのイヤリングではなかった。では、このイヤリングは一体……


「あ、ごめんごめん。さっきトイレに行ってる時に姉さんが財布をこの家に忘れたーって言ってきたもんだからさ。テーブルの上にあるっぽい的なこと言ってたけど、自分の家のトイレに置きっぱなしにしてたとかアホだよねー」


「あ、あはは。そうだな」


 イヤリングが関係ない。つまり、これは真鈴のものではない。だとしたら、やはり、琥珀にそういう趣味が芽生えたのかと操は再び猜疑心さいぎしんに苛まれる。


 その時、琥珀のスマホがまた鳴った。


「もしもし、姉さん。今度はなに? はぁ? イヤリングをなくした? なんで?」


 違うと思ったらやっぱりそうだった。そんなオチが操に降りかかる。同時期に2つも物を失くすというアレな行動も奴ならば可能だと操は思ってしまった。


「テーブルの上? いや、ないよ。さっき探したよ」


 確定演出。絶対、これは真鈴のイヤリングだ。そう思った、操は素直に琥珀にイヤリングを見せた。


「ん? あ、ああ。姉さん。もしかして、銀色のイヤリング? ん。あった。見つかったよ。うん、んじゃ、また今度取りにきな……いや、自分で来いよ」


 琥珀は電話を切って、操からイヤリングを受け取った。


「操さん見つけてくれてありがとう」


「あ、いや……その見つけたというよりかは、勝手に手に取っちゃったって言うか」


「勝手に? どうして?」


「その……不安だったんだ。琥珀君の家に女物のイヤリングが合って、もしかしたら……琥珀君は私に隠れてなにかをしているんじゃないかって」


 琥珀。ここで、操が自分の浮気を疑ったと判断。この男、鈍感ではあるが、彼氏の浮気を心配する女心がわからない程、成長していないわけではない。


「そっか。まあ、ごめん。心配かけて。俺はそういうことしないから安心して」


「うん。あ、でも、別に今はそういう多様性の時代だし、私もうるさく言うつもりはない。ただ、やるんだったら私に言って欲しいというか。カミングアウトして欲しいというか」


 もし、琥珀に女装趣味があったとしても、それは理解すると操は言った。しかし、琥珀は……


「え? 怖っ……引くわー」


「な、なんでだよ!」


 彼氏の浮気を容認する代わりにカミングアウトしろ。そんなこと彼女に言われて引かない彼氏はほとんどいない。この2人は相変わらずすれ違っているのであった。



「あ、もしもし。琥珀ー。この前イヤリング取りにアンタの家に言ったじゃない? その時に、私、ヘアピン忘れっちゃったみたいなの……え? 見つかった? うん、じゃあ取りに行くね……え? こっちに届けに来てくれるの? ありがとー」

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