第13話 なぜプロジェクトは炎上してしまうのだろうか

「来ない……」


 琥珀は今日もメールを確認する。取引先に完成品を納品したのにも関わらずに全く連絡が来ないのである。その返事……具体的に言うとリテイク要求次第では、琥珀のプライベートが充実するかどうかにも関わってくるのではあるが……一向に返信が来ない。


 こうしたスケジュールがぶらぶらしている状態は非常に危険である。なにか他に予定を入れようとしても先方がいきなり返信してきてスケジュールがバッティングする可能性もある。


 そんな時、琥珀のスマホが鳴った。操から電話が来ている。


「もしもし、操さん?」


「ああ、琥珀君か。私は来週の水曜日あたりに仕事の空きができたからな。良かったら会わないか?」


「あー……ごめん。こっちはまだ来週の予定が決まってないんだ。まあ、色々あってね」


「あー……色々か」


 操も色々と察してしまった。先方の担当者が連絡をよこさないなんてことは、社会に出れば特に珍しいものではない。むしろ、社会人を全員きっちりとした大人だと思っている方が社会人エアプである。


 世界は誰かの仕事で成り立っている。それは間違いないが、その中にいい加減な仕事というものは必ず介在する。なぜならば、人間の本質は怠け者で愚かなのだから。


「というわけで、また予定が決まったら連絡するよ。できるかぎり予定は開けるつもりでいる。プロジェクトが炎上しなければね」


「炎上……ずいぶんと不吉な単語を使ってくれるな」


 バーチャルサキュバス爆弾魔お得意の炎上芸。その中の人の琥珀が炎上と言う単語を口にしてしまうと本当にシャレにならないことが起こる。そういう爆発炎上の神の加護を与えられた存在なのだから。


 操との電話を切った後に、パソコンのディスプレイのメールボックスに目をやる。そこには新着メールが1件。連絡が滞っていたところから丁度メールが来た。


 琥珀はそのメールを開封して読み始める。内容を要約すると以下の通りである。


【先日、弊社所属のイラストレーターがネット上に投稿してあるイラストのトレースをしてイラストを描いた。それがSNSで拡散してイラストレーターが炎上してしまう。

 問い詰めたところ、弊社で使用していた原画にもトレースがあったことを認めた。

 琥珀に送ったキャラデザも該当していて、そのキャラデザを使用することができなくなった。

 そういった経緯で琥珀が制作した3Dモデルは使用不可となり、ボツになった。

 新しいキャラデザを明日には送るから、それまで待っててね! ちなみにスケジュールの締め日と報酬は据え置きで】


「よし、殺そう」


 事情があって制作物がボツになる。これはまあまあ良くあることで、採用されなかったものの墓場だけでスカイツリーを超えるほどの残骸がある。そういう世界であることは琥珀も承知している。


 しかし、他人の瑕疵でボツになった挙句、その仕事をした分の報酬の上乗せはなし。しかもスケジュールも据え置きというのは怒りの炎で爆発炎上しても仕方ない。


「デスノート売ってないかなー」


 琥珀はメールに返事をする前にネット通販でデスノートを探した。漫画のタイトルではなく本物の方。しかし、そんな死神界にあるものが人間界に存在するはずがなく、我に返ったところで琥珀はブチギレた気持ちを抑えながらメールを返信した。


「締め切りは……うん。どう見ても操さんとデートしている暇はないね。ははは」


 ラブコメジャンルとはなんだったのか。そう言いたくなるようなこの展開。やはり、ジャンルを変えても爆発炎上の神にラブコメの神は勝てなかった。結果、琥珀が関わっていたプロジェクトは炎上してしまい、無事死亡と言ったところだ。


 琥珀はスマホを手にして操の番号に電話をかけた。


「ん? どうした琥珀君。もう来週のスケジュールわかったのか?」


「そうだね。見事に燃えてます。見事なものです」


「むー。そうか。それなら仕方ないな」


 操は同業者だけに琥珀の仕事を理解している。こうした炎上はよくあることとして特段琥珀を責めるつもりはない。残念な気持ちはあるものの、操の方も自分が急遽仕事で約束を断ることもあるので、お互い様なのである。


「仕事中はずっと家にいるのか?」


「そうだね。銃を使って開けるタイプの缶詰並みに外に出るのは困難だね」


「そうか。なら、私が琥珀君の家に行こうか?」


「え? 来てもいいけど、俺は作業場にこもりっきりだよ? 作業場には入れられないよ? 秘密保持契約があるし」


「まあ、琥珀君の身の周りの世話くらいできるさ」


「うーん……まあ、操さんがいいなら別に止めないけど」


 こうして、操は琥珀の家に来ることになった。ほぼほぼ琥珀が1人で部屋にこもって作業するだけではあるが、食事休憩等では一緒に過ごすことができる。



 ピンポーンとインターホンが鳴り、琥珀が操を迎え入れる。


「まあ、リビングは好きに使ってもいいよ」


「ああ、そうさせてもらう」


 操は慣れた様子でソファに座った。ソファの前にあるテーブルの上にノートパソコンを置いてカタカタと作業を始める。


「操さんも作業あったの?」


「まあ、大した作業ではない。ちょっとした事務作業だ。すぐに終わる」


「そっか。それじゃあ、俺は作業部屋に戻るね。作業中は入ってこないでね」


「ああ、わかってる」


 こうして琥珀は炎上の尻ぬぐいをしようと作業を開始した。例え、クソみたいな納期を設定されたとしても、琥珀はきっちりと仕事はこなす。クオリティを下げることはできない職人気質な性格なのだ。


 作業を続けること2時間。時刻は昼時である。本来ならば、琥珀は昼食のことを考えなければならない時だった。琥珀が昼食休憩のために作業部屋を出ると、操が昼食を作って待っていてくれた。


「おお、琥珀君。丁度、今昼食ができたと報告をするところだった」


「ありがとう操さん。丁度、作業が一段落ついたところだったからタイミングが良かったよ」


 琥珀と操はテーブルについて食事を始める。


「なんかこうしていると……夫婦みたいだなって思うんだよね」


「ふ、夫婦!? けほけほ」


 琥珀の口から突然出たセリフに操は咳き込んでしまった。成人しても不意打ちで斬りかかるのは相変わらずである。


「夫婦っていうか、同棲したらこんな感じなのかなって」


「ま、まあ。そうだな。お互いが家にいるんだったら、仕事が空いている方が、そうでない方を支える。なんら不思議なことではないな」


 操は身構えた。この流れは来る。あの言葉。プロポーズ! ここで来ないわけがない激熱演出である……が、


「まあ、そんなこと言ってないで、今は仕事を終わらせないとなあ」


 正論。琥珀は今、仕事中。デートしているわけではない。仕事の休憩中にプロポーズをする方が頭がどうかしている。


「わ、私は……同棲してたら、スケジュールが空いている日に琥珀君を支える覚悟はあるぞ」


「うん? 俺もあるけど……恋人なら支え合うのは当たり前じゃない?」


 遠回しなプロポーズ。しかし、琥珀には通じない。ストレートに結婚を申し込まないと伝わらないのは不変。創業百年以上の老舗の味レベルである。


「まあ、とにかくありがとう操さん。お陰で仕事に集中できそうだよ。昼食のメニューを考えるだけでも労力使うからねえ」


「あ、ああ。それなら良かった」


 終わり。これで結婚がどうとかの話は終わり。普通のカップルならこの勢いを利用するが、琥珀はそうしない。なぜならば、普通の感性をしていないから。高校生の時からプロと堂々と対等に渡り合える時点で普通の感性で耐えられるわけがない。だから、普通じゃないのが普通。それが琥珀。

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