第4話 父兄弟の会話
琥珀は現在一人暮らしをしている。実家には、両親と兄夫婦とその子供がいる。そんな琥珀であるが、久しぶりに実家に戻ってきたのだった。
「ただいま」
「おお、琥珀おかえり」
出迎えてくれたのは、琥珀の父親の彩斗。職業は鉱物学者。フィールドワークを主にしていて、海外出張に行くことも多い。研究職でありながら外仕事も多く運動量も多いので、賀藤家の男性陣の中では、最も体つきが良い。そうした体力勝負な気質が兄弟姉妹の中で末っ子の真珠に引き継がれたのだ。
「初さんはいないの?」
「今は母さんと買い物に出かけているよ」
「そっか」
リビングには琥珀の兄である大亜がいた。職業はシステムエンジニア。31歳にして課長職に就いている社内でも有望視されているエリートである。
「琥珀。どうしたんだ? 急に実家に帰ってくるなんて。真鈴じゃあるまいし」
賀藤家の姉である真鈴。現在は、妹である真珠と二人で暮らしている。真珠が大学に入学して実家を出るまでは、真鈴は一人暮らしをしていた。その時にちょくちょく、実家に帰ってくるムーブをかましていたのだ。……と言っても、今でも兄夫婦がいる実家に無遠慮でやってくるのは変わらない。
「丁度良かった。この場に父さんと兄さんしかいないなら、2人に相談できる」
「相談ってなんだ?」
大亜が琥珀に問いただす。その間に彩斗が久しぶりに帰ってきた息子のために茶を沸かしている。
「2人が結婚を決意したのは何がきっかけ?」
琥珀は操との将来のことを考えている。だからこそ、身近で結婚している同性を参考にしようとしたのだ。なにせ、琥珀はまだ21歳。同年代で結婚している人は少ない。
「特に父さんの結婚のきっかけが気になるんだよ」
「俺か?」
「うん。だって、父さんって学者なんでしょ? だったら、学生時代はがっつり勉強しないといけない人種じゃん? 普通なら女子と遊んでいる余裕なんてないと思うけど」
「まあ、そうだな」
「それなのに、母さんが兄さんを生んだのって俺と同じくらいの歳だったよね? 普通に大学生じゃん」
琥珀の尤もな指摘に彩斗は黙ってしまう。そしてバツが悪そうに口を開く。
「まあ、なんだ。琥珀。学者なのに科学的じゃないことを言うけど、なんか予感がしたんだ」
「予感ってどんな?」
「このまま千鶴を放っておいたら、こいつはどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかってな。そんな予感だよ」
琥珀にはその話に思い当たる節がある。琥珀の母親の千鶴。彼女が琥珀にだけ明かした自分の過去。かつて、自殺未遂をした千鶴は寸前のところで彩斗からの連絡によって救われた。彩斗本人は千鶴を救った自覚などない。しかし、それでも千鶴にとっては、彩斗は紛れもないヒーローなのだ。
どこか遠くへ行ってしまう予感。それが的中するとしたら……琥珀たちはこの世に存在しなかった。
「そっか。そんな予感で結婚したんだ」
「いや、結婚したのは別の理由だ」
「別の?」
「まあ、一言で言えば……千鶴の妊娠発覚だ」
彩斗が大亜の方をチラリと見た。賀藤家の長兄。つまり、その妊娠した子というのは必然的に大亜になる。
「俺かー」
「お前だー」
ハハハと和やかな空気が流れる。しかし、発覚したのは自分たちの両親が授かり婚をした事実である。
「学生の立場でやっちゃったの? 父さん。それって、母さんの家族になんて説明したの?」
「あんまり思い出したくないな。大学やめて働いて養えって言われた記憶がある」
確かにと大亜が頷いた。彼も人の親になったので、千鶴の両親の気持ちがわかってしまう。
「でも、父さんってきちんと大学は卒業したんでしょ?」
「まあ……な。そこはもう色々と上手い具合にやりくりしたというか。死にかけたけどなんとかなったというか……」
彩斗が遠い目をする。これ以上深く訊いてはいけないと流石の琥珀も察してしまった。誰にだって隠したい過去の1つや2つあるものだ。それを無理に暴いてはいけない。
彩斗のケースだと色々あったけど、結局ヤることヤった末での結婚だったので、琥珀のケースでは全く参考にならない。
「兄さんはどうして結婚したの?」
琥珀の質問に大亜は数秒考える。
「……なんでだろうなあ」
「なんでそこで疑問を覚えるんだよ。自分のことじゃないの?」
琥珀は悪い予感がした。結婚して10年以上経つ夫婦なら結婚を決めた当初のことをよく覚えていなくても仕方ないかもしれない。しかし、大亜は世間一般ではまだ新婚なのだ。忘れている方がどうかしているレベルである。
父親が全く参考にならなかった。つまり、兄も参考にならない可能性が浮上してきて焦る琥珀。もうここで話を終わらせた方が色んな意味で平和になるかもしれないと思い始めたところに大亜が話を切り出す。
「琥珀、多分。お前が思うような答えは返ってこないと思う。けれど、それでも俺の話を聞きたいか?」
「ああ、じゃあいいです」
「おい、そこは聞きたいって言うところだろ。聞きたいって言え」
「ああ、じゃあ……一応聞きたいです」
自分から質問した手前、聞かざるを得ない状況に持ち込まれてしまった。隙あらば自分語り。これは隙を見せた琥珀が悪い。
「ある雨の日だった。その日は6月だったかな。俺は助手席に初を乗せて運転していたんだ」
ドライブデートの時点で既に琥珀にとって参考にならない領域に来ている。
「初が『雨だねー』って言うから、俺は『6月だから雨くらい続くだろ』って言ったんだよ。んで、初が『私たちの関係もいつまで続くのかな?』って言うもんだからさ、俺は言ってやったわけだよ」
なぜかドヤ顔をする大亜。そこで数刻溜めて期待感を煽る。
「『俺は終わらせるつもりはない』ってな。そしたら初が『私は……この恋人関係を終わらせたい』って言った来たんだよ。そうなったら、俺も『え?』ってなるわけじゃん。そして次の瞬間、初が『今度は終わらない夫婦の関係にしたい』だってさ」
「逆にプロポーズされてんじゃねえか」
琥珀は2人にどうやって結婚を決意したのか、その参考を聞きたかったのに、帰ってきた答えは、「授かったから結婚した」とか「相手からプロポーズしてきた」とか当人の覚悟より先に外堀が埋まってしまったパターンである。既婚男性が揃いも揃ってこれだと参考になりようがない。
「琥珀。父さんから1つアドバイスをする。お前も今の彼女と結婚を考えているんだろう? だったら、言えることは1つだ。結婚は勢いだ!」
「勢い余ったやらかした大人がなんか言ってらー」
「う……琥珀。人生には事故はつきものだ。人生の先輩として言えることは1つだ。女性が避妊薬飲んだから大丈夫は信用してはならない。千鶴のやつ、飲む薬を間違えたんだ」
彩斗の真剣な眼差しは、彼が割とシャレにならない人生を送って来たことの証左となっている。結局のところ、女性の大丈夫はアテにしてはいけない。自分も避妊具を付けて自己防衛しないと。
「琥珀。兄さんからも1つ言っておく。プロポーズは自分からした方が良い。ことあるごとに言われるぞ。『あなたは私にプロポーズをしてくれなかった』ってな。多分それは一生続く」
兄の言葉を受けて、琥珀はようやく真珠の気持ちがわかった。上の兄と姉を反面教師にしてまともにすくすくと育った真珠。親や兄姉を反面教師にするのはこんな感覚なんだろうと。
「ありがとう、父さん、兄さん。ある意味参考になった。ある意味」
含みを持たせる言い方をする琥珀。この父兄のようにはならない。自分はきちんとプロポーズを成功させて、操と普通の家庭を築くんだと。
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