第2話 サキュバスシャーク日本上陸

 サメ映画。それは愛好家がいるほど人気のジャンルの映画である。そのサメ映画に魅入られて、脱サラをしてからクリエイターの道を志して、成功した猛者がいる。そして、その猛者は奇妙な運命からか、琥珀と同じ高校出身のOBであった。卒業した年も15年以上離れているものの、なぜか面識がある2人。忙しい中でも連絡を取りあう中である。


「やあ、賀藤君。久しぶり。元気してたかな?」


「はい。八倉先輩も相変わらずの活躍のようで」


「あはは。まあ、今のところはなんとか順調にやらせてもらっているよ。ところで、この前僕がCGディレクターを務めた海外映画の話したよね?」


「ああ……あの映画ですね」


 琥珀は苦い顔をする。なにせ、その映画のタイトルは【SUCCUBUS SHARK】。サキュバスのように人間の夢の中にふらりと現れては、色んな意味で人間を襲うという内容のものだ。一見するとサメ映画の派生作品の1つに見えるが、このアイディアを出したのはCGディレクターの八倉である。そして、その八倉がなぜこのサキュバスという発想に至ったのか。それは、彼と色々と縁があるサキュバスメイドのVtuberがいたからである。そのVtuberと最も深い縁がある人物、それこそが琥珀なのである。


 そんな制作秘話を知っている琥珀は、この映画の話を聞く度になんとも言えない気持ちになってしまうのだ。


「今まで海外でしか配信されてなかったんだけどね。なんとサキュバスシャークが日本に上陸することになったんだ」


「おお、それはおめでとうございます!」


 作品自体には色々と思うところがある琥珀だが、八倉のことは素直に慕っている琥珀。やはり、彼の成功は嬉しいのである。海外で先行配信されてはいたものの、日本向けにローカライズされていなかったので琥珀も手を出せなかったのだ。


 そんな電話があったのがつい先日のこと。琥珀はついに日本に上陸したサキャバスシャークのDVDを持って操の家にあがりこんでいた。


「琥珀君。それが、八倉さんが作ったという映画?」


「うん。折角なので操さんと一緒に見ようかなと思って」


 恋人同士が自宅で一緒に映画を見る。普通に良くあることである。しかし、その内容が手に汗にぎるサスペンスアクションでもなければ、ドキドキするようなラブロマンスでもない。サメ映画なのだ。


「まあ、知り合いが作った映画とならば見ないわけにはいかないな」


 含みを持たせる操。内心、自宅デートでの映画鑑賞でサメ映画を持ってくるのはどうかと思うけれど、それも琥珀らしいと惚れた弱みで受け入れてしまう。それに、操も八倉とは知らない仲ではないし実際のところ興味がないと言えば嘘になる。


「それでは再生するよ」


 操の家の大画面のテレビに映し出される迫力ある映像。制作会社のロゴを表示させるアニメーションが出たところで本編が始まる。


 薄暗い一室にいる脂ぎっていて横幅が長い丸メガネの青年。アメリカ映画に出てくる典型的なナードの青年が、パソコン画面を真剣な表情で見ていてカチカチとマウスを動かしている。


「クソ! なんだよ! また無能な味方が脚引っ張ったせいで負けたじゃねえか! なんで僕ばっかりが、2対1で戦わないといけないんだ! てめえの銃か頭のどっちが詰まってんのか知らねえけど、責任取って指詰めやがれってんだ!」


 なにやらゲームをしている青年。パソコンに繋がっているコードを引っ張って電源を落としてから、彼はそのまま乱雑にベッドにダイブしてから眠りこけた。


 数刻後、彼の夢の中にセクシーな美女が現れた。美女は横になっている青年の体に絡みついて……家族と一緒に見ていると気まずくなるような際どい行為を始める。


 ノッてきた青年が調子に乗って美女に覆いかぶさり、キスをしようとしたところ、美女の背中からはコウモリのような羽が生えて口元がサメのように避けて大口を開けて青年の頭をがぶりと噛みついてしまった。


「いきなりホラーシーンか」


 操がまじまじと画面を見ている。内容はともかくとして、CGの出来は低予算で作られがちなサメ映画とは思えないほどのクオリティである。


「そうだね。大体B級ホラーだとカップルが犠牲者になることが多いけれど……題材がサキュバスだけに如何にもモテなさそうな独り身の男性が単独の犠牲者になったのかな」


 と、やたらとサキュバスのことに詳しそうな琥珀が分析をする。やはり、この2人は純粋に視聴者として映画を楽しむというよりかはクリエイターとして、制作側の意図を分析しながら見てしまう。これはもう一瞬の職業病である。


「ここの演出とか八倉先輩の仕事っぽいよね」


「ああ、それは私も思った。顎の骨格の動かし方にちょっとしたクセがあるし……ただ、彼は今はディレクターだ。下の人間にそういう演出的な指導をしたのかもしれないな」


「あー……なるほど。その線があったかー。確かに他人の作風の模倣が上手いタイプとかいますし」


 完全に映画の感想というよりも出来を評価し始めた2人。純粋に映画の感想を語りたいタイプだったら、嫌がられる可能性がある行為である。そういうところでは、ある意味では最高の相性とも言える。


 映画のストーリーも佳境に入り、多くの犠牲者を出しながらもなんとかサキュバスシャークを追いつめる主人公。主人公がサキュバスシャークの封印に成功して、平穏な日常を取り戻した。


 そこで終われば普通の映画ではあるのだが、ホラー映画がここで終わるわけがない。日常を取り戻した主人公は成功を収めて、あるお屋敷の当主となった。そして、廊下でメイドとすれ違う。そのメイドが主人公とすれ違いざまにニヤリと笑う。その口元は人間のものとは思えずに避けていて、歯もギザギザとしていてまるでサメのようだった。


「ふむ。平穏な日常を取り戻しても、怪異はまだ潜んでいる。ホラーにありがちな終わりだな」


「そうだけど……なんで、サキュバスシャークがメイドになってるんだよ」


「それは、サキュバスと言えばメイドだろう。キミが1番良く知っているんじゃないのか?」


 操は琥珀にイタズラっぽく微笑む。サキュバスメイドのVtuber、それは琥珀の娘であり、もう1人の分身とも言える存在。そのVtuberを参考にしただけあってか、最後のオチにメイドを持ってきたのだ。


「ほら、スタッフロール始まったよ。八倉先輩の名前が出るかも」


 クリエイターに知り合いがいれば、スタッフロールに知り合いの名前を探してしまうのもあるあるである。ましてや、知り合いが制作に関わっていることが確定しているのならば、猶更。


「ほら、八倉先輩の名前あったよ!」


「本当だ」


 名前を見つけた瞬間、なぜか妙にテンションが上がってしまうのも、一般の人には中々できない楽しみ方である。


 スタッフロールも終わって完全にDVDの再生が停止した。1時間少し程度の映画でも映画を見終わった後は清々しい気持ちになれる。


「ふふ、たまにはこういう映画もいいもんだな」


「それじゃあ、次のデートにもサメ映画を……」


「琥珀君。たまにって言葉の意味を知っているか?」


「う、わかったよ。じゃあ、次の映画は操さんが選んでよ」


「ああ、任せてくれ」


 こうして、さり気なく次のデートの約束を取り付けた。操は、琥珀と良いムードになれるようにラブロマンスを選ぼうとする。


「うーん……どの映画が良いんだろう。琥珀君が興味あるやつか。そもそもラブロマンスに琥珀君の気を引くようなCGってないよな」


 大抵のカップルが良い雰囲気になるようなラブロマンスでも、琥珀には通用しないだろうなということを嫌というほど理解している操。諦めて琥珀が喜ぶような凄いCGがあるような作品を選ぶのであった。

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