ネズミ捕り

 クッキーとぬいぐるみを盗み出し、舞い上がっている窃盗実行犯の1人は、不特定多数の目があったSNSで武勇伝のように語っているようだ。


 彼女は同級生から窃盗実行犯の住所を訊き出そうとする。別段、その人物と友好関係の無い相手がすぐ住所を教えた。兄の知努と違い、学級内では知羽の交流関係はそれなりにある。


 布団の中へ潜って行くカナコの後ろ姿を見送り、知羽は廊下に出た。窃盗犯の抵抗を見越し、猛獣を呼びに行く。武道を修めており、並の男子よりは腕が立つ。


 京希か絹穂から彼の写真がLIFEで送られてきたのか、巡は女装している知努と一緒に動物園へ行きたいと所望する。昨日、彼が女装姿で遊園地に行っていた。


後日、兄と特別な休日を過ごす予定の知羽が、聞き流す。窃盗犯の1人の家へ向かう事を話し、廊下に戻る。彼女達を呼ぶ鳴き声は聞こえず、白猫達は昼寝に興味を向けていたようだ。


 

 数分後、少し離れたアパートの駐輪場に到着し、2人が自転車を停めた。正面の階段を上がり、知羽は中央に位置する部屋の呼び鈴を鳴らす。海外映画の悪役のように、ベランダから飛び降りて逃げる可能性は、ほとんど考慮していない。

 

 20秒程で明らかに不機嫌な男子が扉を開け、開口一番2人の名前を訊いた。知羽はぬいぐるみ泥棒の名前を名乗り、巡が嫉妬対象の名前を騙る。


 扉の間に足を入れ、知羽は情報提供からここへ辿り着いた事を明かす。更に、店主が被害届を提出していると警察介入まで仄めかした。


 彼女の嘘を信じ込み、窃盗犯の男子はぬいぐるみを盗んだ人間が『モリタ』だと話す。その直後、中の部屋から2人の女子は出て、玄関の騒ぎを見に来る。


 片方の女子が蜜三郎を逆さに持っており、言い逃れの余地は無かった。巡が蜜三郎に眼帯を着けられていない事を指摘する。そこに目の部品が着けられておらず、穴を開けられていた。


 中の綿は黒ずんでいる。特に理由を持っていなかったのか、誰も答えない。無理やり納得し、巡がぬいぐるみ2体の返却を求める。しかし、刺激的な遊戯に必要な為、3人は拒否した。


 「そんなにしたいならお小遣いでぬいぐるみを買いなさい」


 知羽が往生際の悪い彼らの浅はかな思考に呆れる。もう片方の女子は、蜜三郎を儀式に誂え向きの可燃ゴミと侮辱した。それに残りの2人も同調する。


 その直後、ぬいぐるみの穴に眼球が出現して、知羽は驚く。その眼球が彼女の方へ向くと、すぐ落ち着きを取り戻す。巡が蜜三郎の異変を前の3人に教えるも、穴から消えてしまう。


 彼女の正気を疑い、男女2人は指を差して嘲笑する。横の女子が蜜三郎を床へ落として、友人らしき女子に掴み掛かった。何度も後頭部を扉へ叩き付け、鈍い音を響かせる。


 「モリタ! お前、〇イジかよ!」


 窃盗犯の男子はモリタの肩を掴もうとした。しかし、女子を床へ落として、彼女は彼の股間に膝蹴りを入れる。唐突な内輪揉めが始まり、巡は困惑してしまう。


 一方、知羽がその光景を無言で眺めていた。急所を攻撃され、彼は蹲る。男子の顔面を蹴り、モリタは部屋の中へ戻った。後頭部から流血し、片方の女子は痙攣を起こす。


 蜜三郎を拾い上げ、巡は彼女の表情を確認する。眼前の争いを楽しむかのように、知羽の口元が緩んでいた。巡はその表情で、彼女が憑依されている事に気付く。


 人ならざる存在の対処方法を持たない巡は、部屋の中へ駆け込んだ。近くの扉を手当たり次第開けて、何かを探す。洗面所の床に有為子が転がっていた。


 それを拾い、部屋の外に向かう。背後の居間からモリタは包丁を持ち、こちらへ来ていた。巡が知羽の横を走り抜ける。窃盗犯の男子は怯えながら未だ蹲っていた。


 正気を失っているモリタが痙攣していた女子に近付き、顔を切り刻む。返り血を浴びて尚、知羽は表情を崩さない。顔の原形が留めていない、女子の顔を見た窃盗犯の男子は嘔吐する。


 駐輪場に戻った巡が自転車のカゴへぬいぐるみ2体を入れて、溜息を零す。彼女の想定より蜜三郎は危険な呪物だった。肉体を得て、これから何かしらの願望を果たそうとする。


 こちらへ近付く足音を聞き、巡は振り向いた。軍人らしき格好の女子が銃器を携帯している。掲げ手キャリングハンドルの形は、糸鋸を彷彿とさせた。


 黒いTシャツの上から薄茶色のアーマーキャリアを着けており、装備が本格的だ。サバイバルゲームを嗜む人間も似た格好で、模擬銃撃戦を楽しんでいる。


 「私、その、詳しくありませんが、私有地のサバイバルゲームは周りに迷惑だと思います」


 銃口を地面へ向けており、基本的な動作が会得されているようだ。その女子は仕事で来ていたと話し、足を止める。黒いサングラスが表情を読み取り辛くさせていた。


 「奴を野放しにすれば、周辺の秩序は崩壊するだろう。そこで、私がここを閉鎖しに来た」


 謎の女子は蜜三郎の正体を把握している。必要と判断した場合、迷わず発砲するだろう。最早、巡の手からこの問題は離れていた。


 先程の男子が次の玩具にされているのか、彼の悲鳴を聞く。謎の女子は助けようとせず、ただ発砲しない問題解決を願う。何かを待っているような口ぶりだ。


 軽く頷いた後、巡は洋菓子専門店へぬいぐるみを返却しに行く。知羽が夕方まで生存している見込みはほぼ無かった。



 入店し、巡が冷蔵ショーケースの上にぬいぐるみ2体を置く。小学生らしき背丈の女子は、彼女の元へ寄り、ぬいぐるみを盗んだ人間について訊く。


 暇を持て余していた中学生達と答え、巡が踵を返そうとする。しかし、店主に、窃盗犯と知羽の所在を尋ねられた。信じられない事を覚悟して、彼女は祟りの発生だけ伝える。


 「イースターエッグで幸運じゃ無くて、悪運を呼び寄せたみたいだな」


 小柄な女子が軽口を叩くも、2人は全く笑っていない。店主が望ましくない状況を悟り、巡を労う。そして、作業場で誰かと通話する。彼女は俯きながら喫茶スペースに移動した。


 着席して、机へ顔を伏せる。知羽の状態を知努に知られ、失望されてしまう事を恐れていた。無気力となっている中、唐突に、数年前の出来事が思い浮かぶ。


 カーアクション映画を観終わった帰り、知努と青年の3人でここに立ち寄る。実の家族と折り合いの悪い彼らは、主人公の台詞を反芻していた。


 『知努と知羽の繋がりはどんな大金より価値がある物だよ』


 青年の言葉は彼女の罪悪感を増長させる。静かに机を涙で濡らし、周りから客が徐々に減っていく。慰めのつもりなのか、小柄な女子は対面の席へアパアパを置いた。


 夕暮れ時となり、1人の青年が巡の元に来て、彼女の名前を呼んだ。その声で巡は素早く立ち上がり、抱き締める。彼が背中をさすりながら謝罪した。


 腹を括って、彼女は三中知努に非現実的な事情を明かす。蜜三郎が耳を貸す人間は、彼しかいない。


 「知羽を助けられなかったら、俺が一緒に死んでやる。として死ぬんだ」


 知努の選択を止める事が出来ない彼女は泣き崩れた。更に、彼の両手首を掴んで首元へ運び、絞殺を頼んだ。

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愛している人は近くて、遠い番外編 ギリゼ @girize

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