少女と猩々
知羽がスマートフォンのメモ帳機能で、盗まれた物と設置場所と大まかな時間を記入する。資産的価値の無いぬいぐるみを盗む動機は、この情報から見つからない。
過去の事例を思い出し、彼女が仮説を立てる。去年、同級生の女子は、数枚のクッキーをスカートのポケットに入れ盗み出そうとした。しかし、夏鈴がそれを見つけて阻止される。
動機は適度な緊張感を求めていたからだ。母親を呼び出され、店主の説教が待っていた。警察沙汰にせず、それで解決する。過去数十年間、この店は様々な動機を持つ未成年者の被害に遭う。
知羽の同級生達がスーパーマーケットやコンビニで、商品を窃盗してそれを武勇伝のように語っていた。彼らは精神病の一種、『クレプトマニア』が該当する。盗むという行為を目的としていた。
ぬいぐるみ2体は要求を満たせる格好の標的だ。当然、蜜三郎がどのような存在かを把握せず盗んでいる。昨日、実物を見た巡に中身を訊く。知羽は不幸か幸運か、第六感を持ち合わせていない。
「詳しくは分かりませんが、確かにあのぬいぐるみは
霊視の専門家より素質を持っておらず、巡の答えは最低限の事が分かっただけだ。持ち主との思い出に耽っているのか、彼女はオランウータンのぬいぐるみを未練がましく手放さない。
三中家次男同然のぬいぐるみ、アパアパが良からぬ存在を宿していないか気になり、知羽は年齢を尋ねる。巡が霊魂の不在を教えて、杞憂に済む事をどこか期待していた。
「私もこの子のように愛されたい、抱かれたい、兄様と私は前世から強く繋がっているはず。許せない、憎い、外面だけ良い畜生の癖に」
彼女は現世で無い虚構の場所を見ており、知羽を認識していない。巡の嫉妬と憎悪を引き出させる何かの器となっていたようだ。一般人に危害を加えない事が分かり、彼女はアパアパの頬を指で弾く。
前世で婚姻関係を築いていたと吹聴し、巡が知努に心酔する。しかし、彼から会う事を拒絶されてしまい、1度は殺害を目論んだ。それが失敗した現在は、膠着状態が続く。
情緒不安定な彼女の元へ来て、物腰柔らかな女子はアパアパとの記念撮影を頼んだ。背丈が知羽より低く、髪は肩まで伸びていた彼女の声で巡は正常に戻る。
2人がアパアパとスマートフォンを交換して、撮影会を行う。目撃証言を得る為、知羽はぬいぐるみ2体の話を尋ねた。客の女子がチョコレートケーキを購入する時点までは、まだ定位置に置かれていたと話す。
彼女が喫茶スペースで食事している間、新たに来店した客の存在を巡は訊く。アパアパをカゴの隣へ戻しながら中学生らしき男女数人の来店を教えた。ちょうど店主が駐車場まで商品の箱を運びに行っており、不用心な状況だ。
彼の戻りを待たず、軽く商品とぬいぐるみを眺めて彼らは退店した。ウサギのぬいぐるみとの記念撮影が出来ない事を彼女は悔やむ。巡が宥めている隣で、無言の知羽は情報を記入していた。
スマートフォンを受け取り、客の女子がアパアパの所有者について質問する。先程の態度と一変し、知羽は目を見開きながら彼女の顔を凝視した。
切れ長の瞳が、2人と違う穏やかな性格を表している。それを快く思わない人間達の迫害対象になりやすい。御伽話の登場人物のようだ。
同性の反感を買い、異性に幻想を抱かせてしまう女子を知努は好む。彼女が兄の関心を奪う知羽の新たな敵となり得た。
「それの持ち主、鶴飛庄次郎って名前の私より背が低いボケカスイ〇ポホモ野郎よ」
「
巡が代わりに知努の紹介をする。女子中学生を歯牙にも掛けない、暴力的で寂しがり屋の男子と印象操作していた。背丈のせいで勝手に年齢も低く見られている客の女子は、高校1年生の身分と名前を明かす。
「知羽、このぺんぺん草、嫌い。お兄ちゃんに近付かないで」
知努の母親と京希しか使っていない愛称で彼を呼び、薺はわらび餅の餌付けを思い付く。未成年者誘拐を目論む変質者が、彼女と同じく菓子や玩具で児童を誘惑する。
胸を大きなわらび餅だと惚けて、知羽は薺の胸を乱暴に揉んだ。すぐ巡が彼女の手を引き剥がし、悪戯を咎める。猫の防御的威嚇の声を真似て、知羽は反抗した。
「見た? 見た? ネコたん! やっぱい! やっぱい! 見たネコたん!」
薺が彼女を指差し、舌足らずな黄色の雛を真似返すが、通じない。巡の手から解放された直後、今度はスカートを捲り上げようとする。そして、知羽がオランウータンの祟りを警告した。
手癖の悪さに、薺は彼女と鶴飛染子を同一視する。何者かが面識を持たないうちから三中兄妹の情報を教えており、薺は知羽の急所を的確に攻めていた。
スカートの位置を戻し、不機嫌な彼女がアパアパの腹部を殴って憂さ晴らしする。猥褻な行為の報復とばかりに、薺は知努と下着売り場へ行く事を仄めかす。
見え透いた色仕掛けに彼が乗らないと理解していながらも、知羽はその光景を想像してしまう。調査の再開を独り言のように伝え、アパアパを持ち上げて、喫茶スペースへ向かった。
談話中の高校生らしき女子2人に、ぬいぐるみと重要参考人達の目撃情報を訊く。後ろ盾が無いと軽くあしらわれる事を見越し、緊急通報の可能性を出した。
面倒な事態を避けたい彼女達は、知羽の予想通り、重要参考人達の情報を話した。女子と男子が冷蔵ショーケースの前でぬいぐるみを触っており、もう1人の男子はクッキー売り場の前で立ち止まる。
同級生の色恋話に花を咲かせ、彼らの退店した姿を見ていない。彼女達も神隠しより窃盗を疑っていた。アパアパにさせる体で感謝の言葉を伝え、知羽が内容を書き加えていく。
窃盗中学生達に近付く情報を求めて、他の客達からも聞き込みを行う。高校生や大人の女性客しかいないせいか、誰も彼らと面識を持っていなかった。
ぬいぐるみ捜索に協力すると意気込んでいた巡は、薺と突飛押しも無い話をしている。資産家の莫大な遺産の相続に、蜜三郎と有為子が必要だったり、中に数十億の銀行債を隠しているなどだ。
「幸せになる為にお金は必要ですが、幸せはお金で買えません」
「こういう女が裏で
知羽の偏見を無視し、薺は巡とLIFEの連絡先交換をした。会話へ参加出来ない彼女がクッキー売り場を詳しく観察し、手掛かりを探す。何か落としていたら糸口となる。
開店してすぐ、茶会を催す予定の客ばかり訪れたのか、在庫はあまり無い。素人の知羽すら違和感を抱く異様な光景だ。カゴの縁が高く、覗き込まなければ気付かない。
その隣でアパアパと写真立ては置かれており、注意がそちらへ向きやすくなる。彼女はスマートフォンのメモ帳に疑問点を書く。些細な事が手掛かりとなる可能性もあった。
『どうして窃盗犯達は手間な方を選んだか?』
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