蛇足



 兄の部屋から必ず見つけ出し、白猫のブラッシングに使う事を決意し更地の敷地へ入った。先に戻っている女子達は、回収した鶏卵を持って騒いでいる。


 すぐ傍のベンチで華弥が膝の上に忠清を座らせていた。隣の晴未は面を上へずらし、駄菓子の瓶ラムネをストローで吸引している。専門店でしか買えない菓子だ。


 自転車を停め、知羽は2つの鶏卵を持って女子達と合流する。絹穂から白猫達の様子を訊かれ、競馬の生中継を見ていたと答えて、真面目に取り合わない。


 黒縁眼鏡の女子は、波乗りしている蛙が描かれた橙色の物を披露し、小柄な女子に嘲笑される。知羽も仏頂面で2つの鶏卵を見せた。


 両方にウサギの耳カチューシャを着用している直立中の白猫と、緑色の2本脚を生やした蛇が描かれており、催しらしい絵柄だ。周りの女子達は次々に彼女の鶏卵を撮影した。


 横の華弥が入手出来ていない人間へ1個渡す事を命じる。不公平を生まない配慮は、彼女なりに考えていたようだ。


 競争率の激しい洋菓子専門店で絹穂は入手出来ず、その経緯を伝えた。唐突に小柄な女子が鶏卵の交換を申し出る。間髪入れず絹穂は首を激しく横へ振った。


 「あてのと交換で良いよ」


 「あ? お前のバカエルは要らないぞ」


 好意を無碍にされ、黒縁眼鏡の女子が態度の悪さを指摘する。2つ目の鶏卵は絹穂の手に渡り、彼女が頬を綻ばせた。


 一方、市松人形のような表情の夏織は、華弥に質問しながら威圧する。彼女の声音が平常時より低く、鋭い。催しを楽しむ無邪気な笑みは消え失せていた。


 「ケーキ屋に置くイースターエッグ制作をに任せたら、その有様よ」


 右の口角を吊り上げ、彼女が相槌を打つ。ようやく、小柄の女子は鶏卵の絵柄を知羽と、黒縁眼鏡の女子に見せた。他の作品と一線を画している


 褐色女性の上半身が描かれていた。耳は細長く尖っており、銀色の短髪だ。半袖の赤い着物らしき服装、無数の小麦らしき植物を挟んだ深緑の鉢巻が和風を象徴していた。


 その上に『大切』や『喧嘩両成敗』の文字もある。予想を遥かに超えた珍作のあまり、黒縁眼鏡の女子は近所迷惑な大きさの笑い声を出した。


 「ぶわっはっはっはっはっ! あてを馬鹿に出来ぇーじゃん!」


 知羽も顔を逸らしながら懸命に笑いを堪える。場違いな単語が全てを台無しにしていた。小柄な女子は黒縁眼鏡の女子の足を軽く蹴る。その後、夏織が知羽に交換を頼んだ。


 然程執着を持っていない彼女は要望通り換えた。水を得た魚のように、小柄な女子が蛙の絵柄を指し、罵倒する。彼女の失恋話も出して、畳み掛けた。


 「あて、チョー怒ったモンねーっだ。カスチビとを斬らねばならぬ」


 「いやっいやいや! かおりんを巻き添えにするの止めて貰います?」


 絹穂は説得するも、黒縁眼鏡の女子、ヨシエが2人に袈裟斬りの素振りを行う。斬る度、血飛沫の効果音も入れた。夏織は野太い悲鳴を上げながら左手で腹を押さえる。


 合掌して、知羽がベンチの方へ行く。忠清の膝に緑色の鶏卵を見つける。絵柄は太陽と赤虎の秋田犬だ。彼の叔父宅で飼育している子犬、通称『クーちゃん』が基となっていた。


 彼女はクーちゃんの様子を訊く。白猫達が京希のベッドを占拠していた姿から凡そ目星を付けている。しかし、忠清の答えは想定より活動的だ。


 1日の大半を室内で過ごすクーちゃんが、世話係に抱かれながら日光浴をしていた。監視下の元、半ば強制的に行う様子が、刑務所の運動場へ出る受刑者と変わりない。

 

 「日光を浴びせて、良質な毛を育てているみたいね。今年の冬を想像したら怖いわ」


 「こっち見ないで」


 知羽はコートの首回りや袖口の装飾品として、クーちゃんの毛皮を使いそうな女を見た。更に忠清が華弥の膝から降り、彼女を指差して『〇チガイカスベタ』と罵る。すっかり誤解していた。


 似非剣士、ヨシエは華弥の前へ出てから先程と同じく、素振りする。次に、忠清の首へ刺突の素振りをして、彼女が終わりを悟った。知羽にはヨシエの奇行を理解出来ない。


 夏織の背後へ隠れていた忠清に睨まれながら華弥が、催しの終了を宣言する。軽い挨拶をして、知羽は自転車の元に行く。他の女子達とこれ以上親睦を深めるつもりが無かった。



 数時間後の夜、彼女は誠意の無い謝罪を繰り返しながら居間を出る。催しの後、存在しない悪意と戦う忠清が誘拐事件を起こし、その結果、知羽は母親から40分程の説教を受けた。


 「あのクソチビエテ公、シバき回したる」


 彼女の無責任な冗談を信じ、忠清がクーちゃんと逃避行を行う。戦時中、動物を資源として、政府が国民に供出させた事を終戦ドラマで知る。それによって、強い憎悪と不安を抱いていた。


 発言を不謹慎な頓智の認識を持つ知羽は納得していない。テレビ番組に出演する落語家が、似たような回答をして、大衆に受け入れられていた。


 大きな足音を立てながら2階へ向かう。手前の部屋を合図無しに入り、膨らんだ布団を捲った。本日の営業終了を伝えながら中の男は布団をまた被る。


 「バカワウソ、つげ櫛を貸さないと、靴を隠すからよろしく!」


 灰色のスウェットを着た彼が不機嫌そうな表情でベッドから降り、収納棚へ行く。下部の扉を開いて、手を入れる。そして、ティッシュに包んだ何かを取り出した。


 そこは以前、知羽も探したが、文庫本の背後にある隙間を把握していない。兄からそれを受け取り、ようやく彼女の祈願が果たせる。スカートのポケットへ片付けた。


 部屋を出ようとして、彼にイースターエッグの絵柄を訊かれる。知羽は夏織と鶏卵を交換していた事を伝え、兄が驚く。それを知っていたような態度だ。


 「は夏織と交換して、かかさまの卵を貰ったんだな」


 絵柄の意図について、彼女が問い詰めるも、急激な知能低下を迎えた彼は『ぱんつー』としか喋らなくなった。舌打ちし、知羽が扉を乱暴に開ける。


 1階の居間から母親の呼び声を聞く。そして、帰宅後、イースターエッグの一時保存場所として、冷蔵庫の卵入れを使っていた事を思い出す。


 小走りで居間に戻り、三中兄妹の母親は知羽を待ち構えていた。小言が始まり、奇妙な宗教を信奉している偏見まで持たれてしまう。世界三大宗教以外、警戒されやすい。


 「確かに食べ物以外を入れたのは悪いけど、確たる根拠無しにカルト信者呼ばわりしたら、名誉棄損だよ」


 「ナンボ〇尾して、腹を煮たか炒めて産んだか知らんけど、イチビっとらアカンで!」


 彼女に煽られ、母親は子供の養育にどれだけの大金が必要か話す。全く両親へ敬意を持っていない知羽は横の机を叩いて威圧する。演技掛かった掠れている声になっていた。


 「それがオノレらの義務じゃ! 儂の身内は眠たいクソボケと、ダークサイドに堕ちた〇チガイしかおらんのか!」


 無関係な『スターウォーズ』シリーズの要素に、母親が素っ頓狂な声を上げる。口論を切り上げ、知羽は机のイースターエッグを回収し、帰巣した。


 翌朝、彼女が居間に入ると、知羽の朝食だけバナナと瓶牛乳しか置かれていない。着席している長髪の父親と容疑者のような服装の兄は、黙々と食事していた。


 「ぱんつー!」


 バナナの皮を剥き、行儀の悪い単語を吐く。しかし、母親を含め、誰1人として彼女の存在を認識していない。立ったまま、短い食事を終えると、皮を兄の頭へ載せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る