Don't cry


 黒縁眼鏡の女子は、鶏卵の隠し場所を華弥の発言から推理し、答えを出す。白い毛並の猫が近所に2匹しかいない。しかし、足を運び辛い場所だった。


 白い雑種猫達と同じ屋根の下で暮らす女子が、2ヶ月前まで知努と交際している。彼へ求愛し、拒絶された黒縁眼鏡の女子は積極的に関わりたくない相手だ。


 「祇園さんの家はカズの妹に譲るゾ。今から女装ジジイの家へ行きますよ、行きますよ、行く行く」


 彼女も更地を出て、知羽は取り残されてしまう。用事の無い櫻香が、晴未と一緒に住む華弥を妬みながら去った。公表していない情報なのか、2人は顔を見合わせる。


 知羽が晴美の素顔についての質問をするも、無視された。彼女は屈みながら華弥の背後へ隠れる。そして、腹部に両手を回し密着した。予想外の行動をされ、華弥が狼狽えている。


 徐々に頬を赤らめた彼女は無理やり引き剥がそうとせず、催しの鶏卵探しを促す。無表情の知羽は見て見ぬふりをして、ぬいぐるみを自転車のカゴへ入れた。


 有為子に喋らせる体で、華弥が鶏卵の色や模様は、様々な意味が込められていた話を伝える。見栄えの良い物を入手しなければ知羽は恥を掻く。常時、同性と競争する環境に身を置いていた。



 しばらくし、『祇園』の表札が塀に付けられている和風家屋の前へ着き、駐輪した彼女はぬいぐるみを抱いて、呼び鈴を押す。内側からこちらへ近付く足音が聞こえ、ゆっくりと玄関の引き戸は開く。

 

 長袖の黒いTシャツを着ている、茶色の前髪を切り揃えた女子、祇園京希ぎおんあずきが現れる。早速、仏頂面の知羽は華弥の来訪について質問した。


 「うん、昨日、華弥さんとお面被っている人が来て、おやつくれたよ」

 

 矢継ぎ早に、抱いているカンガルーのぬいぐるみの名前を訊く。母親カンガルーが『アルバリーニョ』、子カンガルーは『テンプラニーリョ』とそれぞれ紹介する。


 約1ヶ月半ぶりの再会を喜び、京希が家の中へ招き入れた。彼女と知努の破局をきっかけに、知羽もその余波を受けている。華弥の催しが無ければまだ訪問出来ていなかった。


 靴箱の上に、自動車の模型を見つける。橙色で塗装されており、側面へ躍動的な白猫と薄緑の煙らしきデカールシールを付けていた。埃を被らないようにガラスケースで保護されている。


 兄と違い、自動車の名称をほぼ知らない知羽は、模型の話題を出す。ある時期を境に、置かれているが、京希に模型作りの趣味は無い。もし、そのような事をしていれば、白い肉食動物達から妨害を受ける。

 

 「チーちゃんと一緒に作ったニャープシャだよ。映画で知ったけど、国産のスポーツカーらしいね」

 

 交際していた期間を思い出す事に、彼女は嫌悪感を抱いていない。未だ知努に白猫達の近況報告をしている。カナコが直立し、窓から外を眺めたり、ヨリコに頭突きされたりと京希は翻弄されてばかりだ。


 洋菓子専門店以外で、久しぶりに模型を見た記念として、知羽がぬいぐるみを並べて撮影する。戦車の模型ばかり作っていた知努は、数年前のぬいぐるみ失踪事件から、作品を人目に付かない場所へ移動させてしまう。


 塗装とデカールシールの制作を元交際相手が行った事を伝え、京希は部屋に行く。彼女の目をかいくぐり、鶏卵を隠せる場所が限られていた。靴箱の引き戸へ視線を移し、隙間の存在に気付く。


 屈んで、知羽は戸を開けた。3段目右端に薄青の鶏卵を2個見つける。ぬいぐるみの後ろへ2個を移動させ、急いで閉めた。そして、何事も無かったかのように、京希の後を付いて行く。


 暖房の付いた部屋で、カナコとヨリコは京希のベッドの上に横たわり、睡眠中だ。小刻みな腹部の膨張収縮が、猫達の生命活動を主張する。


 すぐ傍で、蜻蛉とんぼの玩具を糸に付けた猫じゃらしを置いており、先程まで遊んでいたようだ。ゴキブリをよく虫の息へ追いやるカナコは、親の仇のように、激しく前足で叩いたり、噛み付いたりして遊ぶ。


 ヨリコも目立つ緑色の羽に狩猟本能を掻き立てられ、毛で作られた胴体へ噛み付く。昆虫嫌いの知努は、この玩具を使う時、『とんぼ』を歌って気を紛らわせる。


 「カナコったら真剣な表情で蜻蛉を叩くから、何だか練習中のボクサーみたいだったよ」


 京希がベッドに腰掛け、白猫達の寝顔を眺めた。キャットタワーや回し車も設置し、運動しやすい環境を作っている。回し車で遊ぶ時の姿は、デカールシールの白猫と同じだ。


 知羽は学習机に近付き、写真立てを取る。地面で座っていたシャーマンと、リードを持つ半袖の青いシャツを着ている色白の青年が映っていた。この男は知羽の兄、三中知努だ。


 兄妹の写真が年々減少していた中、動物と一緒に映る写真は増えていた。鶴飛姉弟の代理として、よくシャーマンの散歩を行っている。


 写真立てを戻し、知羽は故人を偲ぶように合掌した。意図していない扱いを見て、京希が苦笑しながら兄妹関係の悪さを確認する。彼女は兄弟や姉妹がいない。


 「カナコとヨリコも仲良いけど、たまに喧嘩するね」


 間食の鶏ささみを巡って、両者が顔を前足で叩き合う喧嘩は知羽も1度だけ見た。カナコが京希に引き剥がされてしまい、強制終了する。幸い、ヨリコの顔は腫れ上がっていなかった。


 学習机前の椅子に座り雑談していると、華弥からLIFEのメッセージが届く。どうやら鶏卵を入手して、現地解散の進行で無かったようだ。


 『イースターエッグ見つけたら早く空き地に戻って来なさい』


 日頃の不満を吐き出している知羽がメッセージを確認してからも、最近の出来事を話す。従弟と京都へ旅行していた知努は、不仲の妹にも土産の生八つ橋を用意する。


 しかし、彼が高級なつげ櫛を旅の思い出に購入していた。何度も知努の就寝中、部屋へ忍び込んで盗みを試みる。その結果、骨折り損のくたびれ儲けとなった。


 「妹に優しいお兄ちゃんはもういないわ。パツキンのケツを追いかけるゲスサイコ野郎と成り果てた」


 「チーちゃんは守ってあげたくなるおっとりした娘が好きなんだよ」


 知羽は彼女が語るようなユーディットの印象を抱いていない。軽く聞き流し、カナコの顎を撫でながら帰る旨を伝えた。


 玄関まで見送って貰い、ぬいぐるみと2個の鶏卵を回収する。白猫達の運動に付き合うのは大変なのか、京希が定期的な訪問を頼んだ。ストレスを発散させないと、体の不調や喧嘩に繋がってしまう。


 癒しを求めている知羽は了承し、玄関から出た。その直後、スマートフォンの通知音が鳴る。荷物を自転車のカゴへ片付け、確認した。


 メッセージの送り主はユーディットだ。知努に木製の櫛で髪を梳いて貰った報告を受ける。画像も添付されており、半円型の櫛を持っている手が映っていた。


 「妹に貸さず、あのパツキンの髪をこれで梳くなんて、最低」


 金髪の従姉が三中家に入り浸っている限り、知羽の不当な扱いは改善されない。つげ櫛が思春期女子の自尊心を傷付ける。

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