復活祭

 

 冷蔵ショーケースの上に、灰色の垂れ耳ウサギのぬいぐるみと黒塗りの鶏卵を設置し、夏鈴が説明した。キリストの復活を祝うキリスト教の重要な行事であり、世界的に有名だ。


 鶏卵とウサギはその行事において、人々から崇められる。それぞれ『生命の誕生』や『繁栄』を象徴した。彼女が幼少期の頃、『イースターエッグ・ハント』と呼ぶ催しへ参加する。装飾されていた鶏卵を探し出す内容だ。


 期間中の料理は鶏卵をよく使われる。その風習にあやかり、ぬいぐるみと鶏卵は客の購買意欲を促す置物になっていた。ぬいぐるみの右耳へ赤いリボン、右前脚に白い糸を結んでいる。


 白いフリルが付いた、緑色の丸い付け襟を着用しており、体格のせいか、乳児の涎掛けにしか見えない。


 手洗い場付近の棚に様々な車の模型が置かれていた。全て店主の趣味だ。壁へ飾っている飛行帽を被ったゴールデンレトリバーの子犬の絵は、客の評判が良い。


 「グロいエロゲにあった卵で草生える」


 黒塗りの鶏卵を指差し、黒縁眼鏡の女子は不謹慎な感想を伝えた。夏鈴が箱根の黒い温泉卵と誤魔化すように紹介する。食べた際、7年の延命を施す伝説は長く言い伝えられており、縁起の良い食材だ。


 白いカチューシャを着けた女子が、ぬいぐるみの持ち主について質問する。夏鈴は恥じらい無く交際相手の愛称を出す。到底、威圧感ある巨漢と結び付かない。


 「リン、その呼び方、ちょっとは自重しなさい。人相悪いサクラに合わないわ」


 華弥が呆れた表情で苦言を呈し、寡黙な女性も頷く。長い黒髪の女子は椅子へ座り、友人に櫻香との関係性を明かす。彼が父方の従兄だった。スマートフォンを出し、LIFEを起動する。


 2時間前に、夏鈴から彼の写真を送られていた。竹皮へ載せられている五目飯らしき料理を持っており、昼食風景のようだ。その写真を見せると、彼女の友人は料理の名前を訊く。


 「チマキだね。今、読んでいるフットボールの小説で登場したよ。もちろん、ニンニク抜きさ」


 製造者が代わりに答え、白い箱を冷蔵ショーケースの上へ置いた。知羽に差し入れのケーキとクッキーの配達を頼む。赤いシャツの成人男性は更地で放置されていた。その彼の身を案じている。


 手洗い場から小学生らしき背丈の女子が出て、夏鈴に寡黙な女性の素性を尋ねた。しかし、彼女も初対面の為、他の人間同様、得体の知れない女性の認識だ。

 

 「名前は雨崎晴未あまさきはるみ。人見知りだから、ほとんどお面外さないし喋らないわ。くれぐれも虐めないように」


 華弥の話を聞き、そのまま小学生らしき背丈の女子は出入り口へ向かう。晴未が立ち上がり、彼女の両肩を掴む。それに対抗し、幼い声を出しながら喚き、同情を引こうとした。


 夏鈴が苦笑交じりで彼女の年齢を暴露する。知努と同じ4月から高校生の15歳だった。知羽は忠清に指示し、彼女の隣に立たせる。2人の背丈がほぼ変わらず、周りの女子達は笑いを堪えた。


 商品を食べ終えて、知羽達は更地へ移動する。道中、長い黒髪の女子が従姉の横暴な態度を謝罪し、黒縁眼鏡の女子は支配欲の強い人間と呼び、華弥を蔑む。



 更地に設置されたベンチへ腰掛けている櫻香はスケッチブックを持ち、鉛筆デッサンしていた。集中しているせいか、新しく訪問した女子達に気付いていない。


 後ろからスケッチブックを覗き込む華弥は、作業の終了まで待っていた。前方を眺める有為子がデッサンの対象だ。通常時より彼は威圧感を帯びており、妹すら中断させられない。


 長い黒髪の女子、大友絹穂おおともきぬほが、駐車している普通二輪自動車の話題を話す。華弥の父親の所有物を無断で名義変更し、使っていた。その事に対し、彼女は全く罪悪感を抱いていない。


 白いカチューシャを着けた女子、倉持夏織くらもちかおりが華弥へ憧憬を覚える。横の小柄な女子に同意を求めるも、同性愛者と疑われた。


 白い箱の配達を任されている知羽が好奇心のあまり、自転車のカゴに入れていた箱を開ける。中身は1ピースのチョコレートケーキとモンブラン、3つのクッキーだった。クッキーの形がウサギの顔を模っている。


 「ちょっと位、食べてもバレへんか。チョコレートケーキ君も美味そうやな、ホンマ」


 背後に視線を感じ、彼女は振り向くと、無言で忠清と晴美が監視していた。ケーキの状態確認を理由に出しながら閉じる。


 数分後、櫻香のデッサンは終わり、華弥が有為子を持って、晴美の元へ行く。黒い修道服を受け取り、着替えさせる。並のぬいぐるみより格式の高さが目立つ。


 有為子は女子達の注目を集め、何度も撮影された。白い箱をベンチに運んで、知羽がチョコレートケーキをせがんだ。すると、櫻香はある女子の名前を挙げた。


 「段々と染子みたいにがめつくなってきたな」


 彼の頭を小突き、彼女がチョコレートケーキを食べる。プラスチック製フォークは1つしか入っておらず、櫻香は同じ物を使わなければならない。しかし、知羽はフォークを持ったまま、踵を返す。


 「お前、いつフォーク返すんだよ。王子、夏鈴ねえに言うぞ、お前」


 夏鈴の小言を聞かされたくない彼女が、睨み付けながらフォークを箱の中へ戻す。ベンチの端で黄昏ているような親子カンガルーのぬいぐるみを抱きかかえ、櫻香の頬へ後ろ足をぶつけた。


 知羽は女子達と合流し、沈黙する。ぬいぐるみを見つけ、長い付き合いの長い絹穂が名前を訊く。答えようとした途端、華弥は説明を始めてしまう。


 『シスター・ウイコ』が様々な模様の鶏卵を複数の場所へ隠しており、今からそれを探さなければならない。用意している鶏卵は紙粘土で作った模造品だ。


 「ヒントはよ」


 彼女の助言を聞いて、絹穂が該当する場所を思い付いたらしく、自転車に跨り、漕ぎ始める。忠清も急に小走りで公園を出た。すぐ華弥は三中の家へ向かえば、昼の間食を与えないと忠告する。


 彼女の管理体制を非難した知羽が、頭を叩かれてしまう。知努の管理を彼の祖父に禁止された結果、今度は忠清が次の標的となっている。幸い、以前より態度は軟化していた。


 「私達の養母がアレみたいな毒親で無くて、良かったな。そう思わないか? 夏織」


 「そうだけど、私にとっては実母だよ」


 小柄な女子と夏織が小声で話していると、華弥は右拳を握り、震わせた。気付かれている事を悟り、2人が素早く自転車へ乗り、鶏卵探しに向かう。


 洋菓子を食べ終えた櫻香は立ち、知羽に洋菓子専門店臨時従業員の接客態度を訊く。愛玩動物が衣類を着せられたくない話を出し、彼女は誤魔化す。


 遠回しに虐待していると指摘され、彼が落胆した。付け襟と修道服の製作者は、知羽の考えを否定し、製作の苦労や熱い想いを語る。晴未が同調し、赤べこのように何度も頷く。

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