GIRLS RETURN



 鶴飛家の住人用門付近に、知羽と寡黙な女性が到着し、駐車する。集合を確認して、華弥は、忠清の腕を掴んで対面からやって来た。既に面を被っており、改めて作戦内容を話す。


 「忠清は中の人間に玄関を開けさせる担当、私達は侵入担当。Savvy?”お分かり”?


半ば強制的に参加させられた女子小学生と男子小学生が返事する。どちらも必ず英語の授業で習わない言い回しだ。知羽も身元を探られないように面を装着した。


 「Copy"了解" that」


 「Ranger"了解"


 以前、鶴飛の人間に盗まれている猿のぬいぐるみの奪還を忠清は、依頼したが華弥に断られる。あまり期待していなかったのか、彼の反応は年不相応な淡泊だ。彼の腕から彼女の手が離れる。


 まだ11個残っている火薬の包装をスカートの後ろへ隠し、知羽は拳銃を持つ。他の2人が拳銃を所持していた右手を袖の中に隠し、敷地内へ侵入する。彼女も後ろから付いて行く。


 身を潜められそうな都合の良い遮蔽物は見つからず、家の側面に回る。正面のコンクリートが敷かれているカーポートの様子を確認した。長女の自転車しか置かれておらず、彼女の母親と弟は不在だ。


 忠清が門の横にある呼び鈴を押し、すぐ玄関の引き戸は解錠された。一家の大黒柱が出て来て、用件を訊く。珍妙な面の女子を取り逃したせいか、表情は険しい。


 小屋から出た犬を彼は訪問の理由に使う。忠清が犬の元へ寄ってしゃがむと、ロットワイラーのシャーマンは彼のスカートの匂いを嗅ぐ。古い価値観を持つ一家の大黒柱が、彼の格好を窘めながらそちらへ向かう。


 「この服、お兄ちゃんが可愛いって言ってくれるもん。僕はいつもお兄ちゃんに可愛いと思われたいよ」


 「可愛けりゃ何でも許される程、世の中甘かねぇよ」


 忠清は不貞腐れながらシャーマンに様々な話題を話し掛ける。忍び足で3人が玄関の方へ行き、室内に入った。そして、引き戸を施錠する。室内は長女しか残っていない。


 華弥が長女の部屋の扉を開けると、布団の上で横たわっている裸足の女子を見つけた。両親と勘違いしており、彼女は合図無しの入室を咎める。


 「悪いのう、ワテはせっかちよってに。そないな事より、はよぉぬいぐるみの服、出さんかい」


 華弥が濁り声の関西人擬きを演じながら右の袖を捲る。残りの2人も銃口を向け、引き金に指を掛けた。怪鳥のような奇声を上げ、その女子は毛布の中へ潜り込む。しかし、すぐ華弥が剥ぎ取る。


 敷布団の上に散乱していた使用済み靴下をいくつも見つけ、彼女は咳払いをして仕切り直す。越冬の為、巣へ餌を溜め込むアナウサギのように、その女子は脱いだ靴下を溜め込む悪癖がある。


 彼女の茶番に痺れを切らし、知羽は学習机の上部引き出しを開けた。複数の写真、ぬいぐるみ用の黒い修道服、ゴキブリの玩具が入っている。横から寡黙な女性は覗き込み、修道服を取った。


 どの写真も知努と女子が映っており、女子の顔の部分だけ切り刻まれている。強い恨みを抱かれた動機のある人間は、知羽が知っていた。約2ヶ月前、破局している彼の元交際相手だ。


 夫婦喧嘩で皿を投げる、恋愛テレビドラマを幾度と観てきた知羽は、この写真から鶴飛染子つるとばしそめこの恋心を読み取る。知努が寵愛していた忠清を虐げる理由と繋がっていた。


 写真を引き出しへ戻し、知羽が服の回収を華弥に伝える。写真の件は彼女の逆上を避ける為、伏せていた。素行の悪さが目立つ人間だ。


 「もう帰って! ダークナイトの銀行強盗ごっこしたいなら他所でやりなさい!」


 周囲に隠していた心情を明かされてしまい、染子は毛布を奪い返し、そのまま身を隠す。3人が廊下へ戻り、玄関へ向かう。外側から引き戸は乱暴に揺らされ、強行突破する必要が出た。


 寡黙の女性は解錠し、勢い良く引き戸を開けられる瞬間、跳び膝蹴りを繰り出す。鳩尾へ命中し、一家の大黒柱が両膝を曲げ地面に付ける。その横を3人は駆け抜け、門を目指す。忠清はうつ伏せのシャーマンをしゃがんで見守っていた。


 敷地外へ出て、3人は乗り物に跨り、その場を離れる。次の行き先を指定されていない知羽が寡黙の女性と別れ、帰宅を試みた。休日の午後は平穏に過ごす予定だ。


 彼女の家が目前の場所で、着信音を聞く。上着からスマートフォンを出し、確認すると斎方華弥の名前を見る。渋々、知羽は画面の着信ボタンを押す。


 『猫の手も借りたい状態なのに、帰ったらダメ。ケーキ屋で待っているわ』


 「私の代わりに、カナコとヨリコが参加するから安心して」

 

 他家の顎が細い白猫と、豊かな頬の白猫を代理に指名した。そして、華弥は親子カンガルーのぬいぐるみを櫻香から没収する脅迫を行う。すっかり、ぬいぐるみの存在を忘れていた。


 「このお勤め品クソ〇ンコ野郎がっ」

 

 通話を終え、知羽は家の呼び鈴をわざと鳴らし、洋菓子専門店に行く。その道中、従姉の死亡を何度も願う。年上に気を遣うつもりなど、毛頭無かった。

 

 

 数分後、知羽が洋菓子専門店『クレール・ド・リュンヌ』へ入る。店内は休日の昼時らしい客入りとなっていた。不運な事に、顔ぶれのほとんどが彼女の知人だ。


 交際相手と、大衆の面前で愛を確かめ合っていた夏鈴は、客の応対をしている。前身頃が二重の白い制服も彼女の性別を判別し辛くさせていた。


 「あの、よく忠文パイセンの髪をムシャムシャしていた赤ちゃんが、もうすぐ結婚って考えると感慨深いわ」


 黒いフレームの眼鏡を掛けている女性客は、染子の母親だ。後ろ髪をヘアゴムで纏めており、落ち着いて印象がある。まだ彼女は、2度の鶴飛邸襲撃事件を知らないようだ。


 「今度余計な事を言うと口を縫い合わすぞ」


 冷蔵ショーケースから1ピースのチョコレートケーキとショートケーキを取り、夏鈴が白い箱へ入れる。女性客に渡し、彼女は知羽を見つけて挨拶した。女性客も声を掛ける。


 「邪魔すんでぇ」


 「邪魔すんやったら帰ってぇ」


 夏鈴に退店を命じられ、頷いた知羽は踵を返す。そのまま再度、帰宅を試みるも寡黙な女性に左手首を掴まれ、連れ戻されてしまう。喜劇の様式を使う考えが見抜かれた。


 入れ違いに女性客が白い箱を持ち、退店する。白い椅子へ座らされ、前の華弥は顎をしゃくらせた。予め1ピースのチーズケーキが机に用意されている。


 隣のチョコケーキを食べていた忠清も逃亡を試みて、捕まったようだ。頻りに慕っている知努と会いたい旨を訴える。便乗し、知羽は兄の参加を提案した。


 「貴方、知っているでしょ? 私がチー坊と喧嘩して、ジジイから無期限接近禁止令出されているの」


 独占欲が強い華弥は、かつて従弟の健全な交際を妨害し、制裁を受ける。知羽の父親より長く、自由を制限されていた。彼女は後ろを振り向き、女子の集団に催しの参加を命じる。


 「イベントですか? 一体、どんな事をするんです?」


 白いカチューシャを着けた女子が満面の笑みを浮かべながら訊く。残りの3人が席を立ち、手洗い場へ駆け込もうとした。しかし、主催者に名前を呼ばれ、黒い眼鏡を掛けている小柄な女子と、長い髪の女子は落胆しながら戻る。


 華弥は『Easter』を行うと説明した。しかし、ほとんどの人間がその存在を知っておらず、知羽に至っては『East』の聞き間違いをしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る