第3話 奴隷救出

「え……っ!?」


 俺がいた場所はどうやら冒険者登録をする場所……冒険者ギルドのようだったけど、そこから外に出た俺は驚く。街を行く人は俺くらいの年齢……つまり、子どもが圧倒的に多かった。


(この世界、子どもが多いのか? だから、十歳でも大人扱いされるのか……?)


 そしてその子どもたちは皆、当たり前のように街で働いている。そして道を行く冒険者らしき者も、その多くは子どもだった。


「ちょっと、そこのあなた!」


 先程の受付にいた委員長が、俺を呼びながら冒険者ギルドの扉から出てくる。

「な、何だよ。後ろの列の人は放っておいていいのか?」

「受付は代わってもらったわ。あなた、なんだか何もわかってなさそうで不安だったし、そんなお客さんに色々と説明するのもギルドの受付の仕事だからね」


 そんな委員長……とそっくりなギルドの受付嬢に対し、俺は今までずっと疑問に思っていたことを口に出す。

「ちなみに、一応、名前聞いても……?」

「私? アヤノよ」

(アヤノ……確か委員長の下の名前も彩乃アヤノだったよな……)

「あなたの名前はユーマね。冒険者登録の用紙に書いてあったから知ってるわ」

 俺は委員長から下の名前で呼ばれたことがなかったから、なんとなくドキッとしてしまったけど、そこから得た情報を整理してみる。


(書いてあったから……ってことは、それまで俺の名前や顔は知らなかったんだよな。てことは委員長……じゃなくて、このアヤノってヤツは、前の世界の……学校で、隣の席だった俺のことを知らないのか? それならこのアヤノは、元いた世界から来たわけじゃないのか? でも名前だけじゃなく、見た目とか性格もあの委員長と全く一緒の感じだし。一体なんなんだよ、この世界……)


「それはさておき、あなた、これから冒険者が何をすればいいのかわかる?」

「へ? それは……知らないけど」

 委員長……もといアヤノは呆れたようにため息をつく。

「そんなことだろうと思った。とりあえず冒険者はまず武器を手に入れて、ギルドの掲示板から仕事を探すか、国王が今募集してる魔王討伐クエストに志願して……って感じね。あ、でもその前に、一人じゃできることが限られるから、まずは仲間を集めるといいわ。それかどこかのパーティーに入れてもらうとか。それもギルドの掲示板に募集があるから……」

 アヤノはそこまでいって、ふと何かを思いついた様子で付け加える。

「そういえば、Aランクの勇者、タケルの一行が今、ちょうど魔王討伐の仲間を募集してるのよね。あなたも勇者でタケルと職業ジョブがかぶるし、Cランクじゃ厳しいかもしれないけど、一応紹介しましょうか?」


 俺はその名前を聞いて、目を見開く。

「た、たける……だって!?」

「あら、あなたもタケルのことは知っているのね。さすがに有名人だものね」

「…………」


(タケルって……やっぱたけるのことだよな? Aランクで名の知れた勇者って……たけるのヤツ、そんな立ち位置なのかよ……)


 たけるは、同じ5年1組のクラスメイトでもあり、昔からずっと一緒にいる……俺の幼馴染だ。でもその名前は、終業式の日にを聞いた後では……なんとなく耳にはしたくない名前だった。

 

(ここで名前が出るってことは……前の世界ではたけるとずっと一緒にいたし、この世界のタケルとも一緒に行動する展開になるのかもしれない。それにあのたけると一緒なら、たぶんこの世界でも上手くやっていけるんだろう)

 この世界について何もわからず、何の頼りもない俺にとって、この世界のタケルという存在は救世主なのかもしれない。そうは思ったけど……俺はどうしてもその提案に、乗り気にはなれなかった。


(でも……この世界でもたけると一緒に行動するんじゃ……俺、前の世界にいた時と何にも変わらねぇよな)

 俺はそんなことを考えた自分自身に驚く。確かにここに来る前、教室で「変わりたい」と思ったけど……。

(もしかして、あの謎の声の影響か? どれだけ変わるか見せてもらおう、とか言ってたっけ。それに、別の全く新しい世界に来て、ここでは今までとは違う自分になれそうな気がするせいかな……)

 そんなことを思った俺は、アヤノの提案に対し、首を横に振る。

「……悪いけど、それはやめとく。俺……ここでは、自分自身の力を試してみたいんだ。あのタケルと一緒だと、そうもいかないと思うからさ……」

「……ふうん、ま、確かにそうかもね。じゃあ自分で仲間を見つけるのがいいわね」


 すると突然、ガシャーン!! と瓶か何かの割れたような大きな音がする。そっちを見ると、向こうで人だかりができていて……そして、その中心にいる一方的に殴られている人……俺と同じくらいの子どもが目に留まる。周りで見ている人たちがいたものの、誰もそれを止める様子はない。


「おい、あれ、なんで誰も止めねぇんだ?」

「……あの子、たぶんあの殴ってる人の奴隷なんでしょう。奴隷は持ち主のものだから、きっと周りの人も簡単に手出しできないのよ」

「そんな、でもあのままじゃ死んじまうぞ……」


 俺はふと元の世界の俺のクラス、5年1組の教室のある光景を思い出す。殴られるクラスメイトのいじめられっ子、三上みかみ……俺は誰か止めないのかよと思いながらも自分自身では行動に移せず、どこか見て見ぬふりをしていた部分があったことに気づく。


(この世界でも同じことをする気か? 俺……今までの自分から変わりたいんじゃないのか?)

 そう思った俺は、気づけばその現場に向かってダッシュしていた。

「あっ! ちょっと!」

 後ろからアヤノの止める声がしたけど、俺は構わず、殴る人と殴られる人の間に割って入る。

「何してんだ、やめろ!」

 それから殴られている人を見て俺は絶句する。そいつの顔に見覚えがあったからだ。


三上みかみ……」

「え、なんで、名前知って……」

 そいつは驚いたように俺を見る。


「なんだてめぇ、ミカミのこと知ってんのか?」

 そう言ったならず者みたいな男にも見覚えがあった。大柄だけど確かこいつもクラスメイト……同い年で、まだそんなに付き合いないけど、名前は……的場まとばだっけ? 三上をいじめてた問題児グループのボス的なヤツだ。


「なんだか知んねぇがお前、俺様……マトバ様の奴隷に手を出す気か?」

「奴隷だとか知らねぇよ。死ぬまで人を殴るところを黙って見てられねぇだろ」

 俺はそう言った後、後ろにいるアヤノに声をかける。

「委員長、お前こういうの一番見過ごせないタイプのはずだろ? なんで見てるだけなんだよ!」

「だからイインチョって何よ!? だいたい、見過ごせないタイプって……さっき会ったばっかりのあなたにあたしの何がわかるっていうのよ」

 アヤノはそう言った後、俺から目をそらしぼそぼそと呟く。

「それに、奴隷は持ち主のものなんだから、酷いことされていたとしても、周りがとやかく言えることじゃ……」

「じゃ、放っておくのか? 前の世界ではお前はちゃんと口出ししてて、何も言わねぇってことはなかったのにな」

「ま、前の世界って……?」

 俺は困惑するアヤノに気づかずそう言ってのけた後、マトバという名のならず者を見る。

「俺は……違う! 前は無理だったけど、この世界では……自分の心に従って何でもやれるんだ!」


 俺は近くに落ちていたデッキブラシを手に取り、俺よりもひと回り大柄な体格のマトバに躊躇なく向かっていく。

「うおおおおおお!」

(なぜだろう、この世界がどうも現実の感じがしないからか、いつもより勇気が湧いて来るぜ……!)


「ケッ! そんなチンケなブラシで何ができるってんだ」

 マトバはそう言うと、ふところに隠していた小さなナイフを取り出し、ピッと刃を出して俺に向ける。俺はその鋭い輝きを見て、一気に血の気が引く。

「ぶ、武器使うなんて、汚ねぇぞ!」

「はん、お前が武器も持ってねぇのに俺様に歯向かうのが悪いんだよ!」

(……マジかよ! 凶器なんて出されたら、下手したら俺、死ぬんじゃ……)

 俺は突然自分のしでかしたことが恐ろしく感じる。それと同時に、元の世界にいた時に何も行動できなかった後悔も感じ始める。

(くそっ、この世界じゃ人助けも命懸けか。そう思えば前の世界じゃ、いじめを止めることなんて、命を賭ける必要まではなくできたろうに、なんでそんなこともしなかったんだ……っ)


「やめてーーっ!」

 後ろから声がして、見ると、委員長……じゃなくてアヤノが、魔法で出したのだろうか、特大の火の球を頭の上に掲げていた。それを見た俺とマトバ、そしてミカミと周りの人々までもが顔を青くする。

「アンタ、街の真ん中で凶器振り回すなんてやめなさい! それにその人はうちのギルドのお客さんよ! いいからその奴隷を置いて、そこから離れなさい!」

「ケッ、どの口が言ってんだ。そんなら街のど真ん中でそんな物騒なもん持ってるてめぇだって……。それに、こいつぁ俺の奴隷だぞ! 何しようが自由だろ!」

 マトバの反論にアヤノは少し口ごもるが、俺の方をチラリと見て言い返す。

「それは……だって、ほら、そこのお客さんが、あなたの奴隷から離れようとしないから!」

 俺はそれを聞いてハッとし、急いでミカミの上に覆い被さる。

「ああ、死んでも離れるものか!」

「くっそ、コイツ……」

「いいからさっさと離れる! これ以上騒ぎを起こすならアンタに向かってこれ、投げつけるわよ! それに覚えたての魔法だから、このままずっと制御できるって保証はできないわよ!?」

 それを聞いた人々が悲鳴をあげ、散り散りになって逃げていく。


「くそっ……とりあえず一旦退いてやる! だがてめぇら、そのツラ覚えたからな! この界隈では今後一切出歩けねぇようにしてやる!」

 マトバはそう捨て台詞を残し、ミカミを置いて慌てたようにその場を去る。



 その後、アヤノは火の玉をなんとか手の中におさめる。

「委員……じゃなかった、アヤノ……なんかごめん。巻き込んで」

 そう言う俺に、アヤノは笑みを見せる。

「それより……あたしも実はこういうの、見過ごせないタイプなの。あなた、よく知ってたわね?」

「ははっ。なんか……そういう感じなんじゃねぇかって思ったんだよ」

 俺はそう言った後、地べたに座ったままぽかんとした様子でこちらを見ているミカミに、手を差し伸べる。


「……立てるか? ミカミ」

「……うん……あの、ありがとう!」


 ミカミはボコボコに殴られた顔で……前の世界では見た事のなかった笑顔を、初めて俺に見せた。

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