川勝寺の弊害
欠食児童たちに梅粥を大鍋一杯に用意し、現代から戦国時代に戻ると白髪の子供が愚図る子供たちを宥めていた。
泣かれても面倒なので急いで社の前にレジャーシートを敷き、鍋敷きの上に鍋を置いて底の深い紙皿を一人ずつに渡す。お玉で皿一杯にお粥を取り分けて子供たちに食べるように言うと、白髪の少年を除く子供らは破竹の勢いで使い捨ての木製スプーンを使って胃の中にそれを掻き込んでいく。
対して少年はほんの少しだけ紙皿に粥を盛るだけだ。どうやら子供たちに食べさせることを優先しているようだ。よくできたお兄ちゃんじゃないか。
「美味い!」
「おいしー!」
「そりゃ結構。ゆっくり食べないとお腹が驚いて死んじまうから気をつけろよ」
俺の言葉に子供たちはピタリと一瞬止まる。それでも空腹を我慢できないのか、食事を終えるまで彼らの口内にお粥が無くなることはなかった。
大鍋に拵えた御粥が消えるまで十数分、白髪の少年と低年齢の児童六名の計七人では流石に少なかったのか微妙に足りないといった表情で彼らは腹を擦る。特に白髪の少年は粥一杯分にも満たない量しか口にしていない、幼い子供たちに譲ったと見ていいだろう。後で別のものを食わせるか。
「足りんだろうが今はこれ以上はやめておけ。飯を血肉にするにも体力を使う、時間を置いてからまた食わせてやるから」
「いいのか?」
俺の言葉に白髪の少年が申し訳なさそうに聞いてくる。面倒ごとは慣れっこよ。
「乗り掛かった舟だ、料金はお前が身体で払えばそれでいい」
「恩に着る」
白髪の少年はレジャーシートの上で胡坐を掻いたまま、両の拳を地面に刺して深々と頭を下げる。やはり思った通りに育ちは良さそうだ。
俺は顎下を擦りつつ、子供たちを見回す。子供たちは目がトロンとしてきていて眠そうだ。過酷な旅をしてきたんだろうな。
「礼はいい。それよりも疲れただろう、タープの下で少し眠るといい。この気候だ、よく眠れる」
「……重ね重ね、助かる」
一五二八年(大永八年) 五月 尾張国 十川廉次
白髪の少年一行こと自来也たちが山に住み着いて早三日。幼い子供たちが寝静まった夜、社の木戸の前でノンアルコールビールを飲みながら月見酒を楽しんでいると、自来也が自身が寝泊まりしているコットン生地の一梁十万円を超えるグランピング用高級テントから音も立てずに抜け出して俺の横に座る。
「寝たか?」
「はい、何も返すことができていないのに寝床と食事を用意していただき誠にありがとうございます」
改まって畏まり、自来也は深々と頭を俺に下げる。ここにたどり着いたときに青ざめていた顔の血色は栄養を取ったことにより多少マシになっているようだ。
「それで? そろそろ正体を明かす気になったか?」
「はい、我らの身に何が起こったのかをお聞きくださいますか?」
「おう。酒の肴に聞いてやる、好きに話せ」
ノンアルコールビールの横に置いてある木皿に入れた酒のツマミを自来也に渡して、俺は澄み切った夜空を見上げる。現代ではなかなか見ることができない絶景だ。
「俺たちは志能便≪しのび≫の末裔です」
自来也はパクリとビーフジャーキーをしゃぶりながら言葉を紡ぐ。しのびとは俺の想像する忍者のことでいいのかな?
「俺たちの祖先は厩戸皇子に用いられた大伴細人です。時が進むにつれ、志能便の技とともに日ノ本の各地へ一族は別れていきました。名の知れたところといえば伊賀や甲賀でしょうか」
俺はトレーに用意していた木製カップに麦茶を注いで自来也に渡す。彼は「ありがとうございます」と言ってカップに口をつけた。
「そうして俺たちの直系の先祖は京の近くの山奥へ根を張りました」
「その山の名前は?」
「捕縛された時のために棟梁と一部のものしか知らされていませんでした。おかげで幾人も仕事で散っていきましたが、俺たちの隠れ里がばれることはありませんでした。しかし」
自来也は忌々し気な表情を浮かべてビーフジャーキーを噛みちぎり、麦茶を一気に煽った。
「先の上洛戦! あの戦のせいで!」
ああ、この前色々と調べたときに情報を見たな。確か、この時の上洛戦は。
「川勝寺か」
「よくご存じで。川勝寺にて幕府軍と畠山・柳本・三好連合軍が衝突し、数に勝る幕府軍が勝利しました。そこまでは我らに関係がなかったのですが……」
「言わずともわかる、落ち武者どもが至らぬことしたのだろう」
自来也はこくりと頷き。
「散り散りになった連合軍は逃げる折、何の関係もない村々から強奪と略奪を繰り返していきました。そして、運悪くも我らの隠れ里が柳本の連中に発見され……。
山での働きに出ていた俺と親父が火の手の上がる里に駆けつけると、柳本軍と死闘を繰り広げたであろう村の男たちの死体が転がっておりました」
目をつむり、逝ってしまった仲間の安寧を祈るように自来也は少し黙る。
俺は言葉の続きを急かすこともせずに、ノンアルコールビールを煽った。
「隠れ里が暴かれた以上、その場に留まることは許されません。生き残りを集めて、隠れ里で囮となる組と脱出を図る組の二手に別れて行動を始めました。
潤沢とも言えない食料を抱えて俺たちは鎌倉を目指します。俺を中心に今いる六人の幼子と俺の母、若年の戦闘が得意でない者たちが連れ添って出発したのです。
そして、問題なく東近江に差し掛かったところで野党に襲われました。犠牲者は八名、俺の母もそこで……。
あとは十川様に出会うまで山を彷徨いました。追われたときに場所が分からなくなってしまったので十川様に保護していただけたのは幸運でした」
「天神様の加護だろうなぁ」
自来也のカップに麦茶を注ぎ、自身のノンアルコールビールが入っていたカップにも注ぐ。この山、やけに迷子が迷い込むんだよな。
「これからどうするつもりだ?」
自来也に問う。北条氏の支配下である鎌倉まで軽く見積もっても三百キロ以上ある。とてもじゃないが幼子六人を引き連れて移動できる距離ではない。
「……どうにかします。十川様にご恩を返し、アイツらを嫁にやるまで育てます」
「そこまではお前の仕事じゃないと思うがね」
母親が死んで、彼女らを育てることが一種の強迫観念になってしまったか。呪いと言い替えてもいいな。
自来也達も見知った仲になってしまったし、孫三郎に相談してみるかね。
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