パスワードを突破するたった一つの冴えたやり方

 一五二八年(大永八年) 五月 尾張国 十川廉次


 自来也達の身の上を聞いてから一週間。つまり俺たちが出会ってから十日だ。今日は朝も早くから孫三郎が林八郎左衛門を供廻りにして社に訪れた。

 孫三郎たち一行は見知らぬ人間が増えていることに警戒したが、自来也たちに何が起こったかを説明すると同情的な視線を向けつつも「よくある話だ」と納得していた。

 孫三郎がやってきてから俺の傍に控え続けている自来也に、畑の様子を見てきてくれと言い遠回しにこの場を離れるように促す。彼は小さく頷き、畑のほうへ向かっていった。


「お主に色々と言いたいことがあるが、まずは買い付けの文を渡す」


 孫三郎が懐から出した和紙の書状を受け取る。うん、達筆過ぎて読めない。


「崩し字は読めん」


「だろうな。お主から写し絵の書物をもらった時から感じておったわ。

 織田家としては体面で書状を持参しただけでな、お主からもらった書物に必要数を書き込んでおるから確認してくれ」


 気が利くな孫三郎。どれどれ……。

 

「おいおい、買いすぎだろお前ら」


 カタログに墨で記されたあまりの量に苦言を呈す。多いだろうなとは思ったが想定を遥かに上回る量だ。

 そんな俺の反応に、今まで黙っていた林八郎左衛門が口を開いた。


「これでも抑えたほうなのです……」


「家中が割れるかと思うたわ。物の価値をお主は見直したほうがいいぞ」


 ああ、値段が安すぎて土台無理な量に膨れ上がるところだったのか。それを織田家側で抑えてくれたと。うーむ、やはり見切り発車はいかんな。もう少し思慮深くいかないと。

 うんうんと納得して頷いていると、孫三郎が真っすぐと俺を見据えて言った。


「そこでな? お主に提案があるんだ」





 二〇二二年(令和四年) 四月 愛知県 十川宅 十川廉次


 孫三郎、いや織田家からの提案は簡単なことだった。


「津島に出店ねぇ……」


 離れから母屋に戻り、ケトルで湯を沸かしながら悩む。自来也達をあの子を育てるとなるとやはり山の中では限界がある。だが、津島に店を構えるのに難しい課題がある。それは。


「結局、移動手段だよなぁ」


 俺は社からしか時間移動を行えない。津島に店を構えるということはあちらに拠点を移すということに等しい。無責任に自来也達へ店経営しろなんて言っても無理だ、まず彼らに計算なんてできないだろうしな。


「……そういえば、婆さんの部屋を片づけていなかったな」


 悩みができたら片づけに走る。テスト勉強やってるときなんかも片づけたくなるのなんでだろうな。





 婆さんの部屋は一階のキッチンの裏にある六畳の和室だ。婆さんの仏壇は居間にあるので、この部屋は婆さんが旅立った日のままで残されている。

 ……どうにも婆さんがいなくなったなんて実感わかなくて片づける気が一切起こらなかったんだが、うん、今の気分ならいけそうだ。まずは押し入れの中から片付けよう、そう思って押し入れの襖を開いた。


「……またかよ」


 蔵で見た金庫と同じタイプの物が押し入れの中に鎮座していた。また数字当てクイズしないといけないのかよ。

 金庫のナンバーロックのキーパッド部分に貼られた紙を注視すると、婆さんの字で≪私の旅立った西暦≫と書いてあった。難しすぎない? とりあえず二〇二二年を入力する。ハズレ、手前の死ぬ日なんてわからんわな、そりゃ。


「旅立った年月。多分婆さんもタイムトラベルしたことあるんだよな……」


 そうじゃないと蔵のノートに書かれた情報をどうやって確認したんだって話だし。

 あー、わからんわ。こうなったら。


「時間だけはあるんだよ俺にはなぁ!」


 二〇二二年から遡って総当たりだ!!





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