出会う

 一五二八年(大永八年) 四月 尾張国 十川廉次


 タイムトラベルをして戦国時代に戻ってきた。とりあえず、離れの道具類を外に出そうか。


「ぐっ。こ、腰が!」


 合計数百キロを運んだせいで腰が悲鳴を上げている! やばい、この年齢でギックリ腰はシャレにならんぞ。

 道具を運び出すのは中止だ。一旦静養する。離れと繋がっている本殿の扉前で横になる。ああ、土鳩の特徴的な鳴き声だけが周囲に響く。……平和じゃ。ぐう。




「これ、起きよ」


 んあ? なんだか声が聞こえる……。

 あと五分……。


「起きんか!」


「げぐぇ!」


 側頭部に強烈な衝撃を受け、意識が一気に覚醒する。何事!?

 飛びあがって周りを見渡すと、見るからに武家然とした中学生ぐらいの男の子がグーを握って俺を見下ろしていた。

 一歩下がったところには髷を結った明らかに武士の大人と目の前の少年と変わらない年齢であろう子供が立ったままこちらを警戒していた。


「お主が大野木の世話をした神を語る者か」


 訝し気な表情で目の前の少年が俺に問う。

 あー、なんだか面倒なことになってるっぽい?


「大野木は勝幡城に帰れたのか?」


「問いに問いで返すな。……安心せよ、捜索しておった勝幡の手勢と出会って今頃は城で父上に経緯を説明しておるだろうよ」


 おお、それはよかった。

 うん? 大野木さんは出立するのは明日とか言ってなかったか?


「待て。出発は明日にすると大野木は言っていたが?」


「あの村に大野木が匿われているのではないかと兄上の勘を信じてみれば見事的中してな。

 俺たちを含めて二十名ほどで村に向かい、大野木からお主のことを聞き出して俺らだけで山登りというわけよ」


 なるほどなるほど。つまり、目の前の少年は大野木さんの上司の息子ってことか。


「あいわかった。確かに俺は大野木に手を貸した神の使者である。

 経緯は理解した。それで? 素直に礼を言いに来たわけではあるまい」


「神仏を騙る愚か者を見定めでやろうと思うてな。まさか鼾を掻いて社で眠る阿呆とは思わなかったが」


 少年は鼻を鳴らし、馬鹿にした表情で俺を見下ろす。

 うーん、明らかに下に見られているなぁ。ここでガツンと言っとかないと色々難癖付けられそう。


「それだけここは穏やかということよ。山を下りれば好き勝手ばかり働く愚か者ばかり故な。

 ああ、今川某に踏み込まれている尾張の地で言うことではなかったかな?」


 少年の顔が一瞬で真っ赤になる。やっぱりこの手の煽りが効くのね。

 後ろの人たちも不愉快そうな表情をしているがいきなり斬りかかってくるって感じじゃないし、少年が刀を抜こうとしたら……。


「貴様! 織田を侮辱するか!」


 少年が案の定鯉口を切ろうとしたので、ベルトに差しておいた防犯スプレーを左手に握って発射。少年の顔面に命中!


「ぐぁああああああああ!?」


 刀から手を放して、顔を押さえて地べたに這いまわる少年。取り巻きはあわあわとしているが大人だけは俺を斬ろうとしてこちらに接近してくる。

 でもね、馬鹿の一つ覚えじゃないんだから真正面からツッコんできちゃ駄目でしょう。はい、もっかいスプレーをシュー。


「うぉおおおおおおおおお!?」


 さっきみた。これがカプサイシンの恐ろしいところなんですよ。

 取り巻きはあっという間に二人やられて及び腰になっている。ここで偉そうに命令すれば優位に立てそうだな。


「落ち着け。しばし待てば目の痛みは消える。

 これに懲りたら短気は直すこと、相手を甘く見ないことだな」


 今のうちに社内の離れに戻って衣装の白ランに着替えよう。今の俺はジーパンとTシャツだからね。威厳がないわ。


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