タイムトラベル錬金術
二〇二二年(令和四年) 四月十二日 愛知県 十川宅 十川廉次
「なんじゃ、十川の孫か」
「なんだとは不躾だな爺」
コルセットを腰に巻き、右手に杖を突きながら『えるめす』の店主である江田の爺は店に現れた。女性は爺の身体の左側に寄り添って手を握ってバランスを崩さないように介助している。介護って大変そうだ。
女性に付き添われながら鑑定スペースに座っている俺のテーブルを挟んで向こう側に爺は着席した。
「いてて。で? 何を持ってきたんだ。くだらねぇもんだったら容赦しねぇぞ」
「手前の不調を客に押し付けんなよ爺」
ふんっ、と鼻を鳴らす爺の目の前に布丸ごとの脇差を置く。爺は真剣な目つきになり、布をゆっくりと剥ぎ取っていく。
「刀剣……、脇差か」
爺が鯉口を切り、ゆっくりと刀身を眺める。その目は刃よりも鋭い。
爺は数秒それを見つめたのち、柄にある目釘と呼ばれる刃と柄を寄せ止める部品を外して検分を続けた。
「銘は長谷部国重……。大物だな、状態もいい。まるでそのままの歴史からこれだけ持ち出して来たみたいだ」
凄いな爺。そこまでわかるんだ。見知った老人の凄腕な一面を見て思わず頬が緩んでしまう。
刀を元に戻しながら爺が呟くようにボソリと言った。
「四百五十。これ以上は出せん」
突然爺が口にした数字に俺と女性が顔を見合わせて、両者ともに頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「こいつの値段だ。四百五十万円でこいつを買い取ろう」
脳が現実に追いついてきた。よ、四百五十万円!?
「ま、まままま! マジで言ってんの!?」
「俺は鑑定に関して嘘はつかん」
「それは知ってるけどさぁ!」
高々数千円分の親切でそんな大金を……。情けは人のためならずってことですな! がっはっは!
「売るのか売らねぇのかさっさと決めな。その緩みきった表情を見れば聞くまでもないけどよ」
「オフコース! 売ります売ります!」
現金な奴だ、と吐き捨てるように爺は言って、驚いたままの女性に金庫から金を持って来てくれと指示を出した。正気に戻った女性がパタパタと店の奥に消えていく。
俺と爺しかいなくなった空間で爺がふぅ、と嘆息する。
「出所は聞かねぇが、この脇差は明らかにお前の家にあるもんじゃねぇ。あの世にいる婆さんに心配かける真似するんじゃねぇぞ」
「分かってるって。正規の手段で手に入れたから誰に文句を言われるでもなし」
「だといいがな……。他にも鑑定したいもんがあったらいつでも持ってこい。こんな良品を他の店に持っていけばしつこく纏わりつかれるぞ。買い取りの時に住所を控えられるし、まだ持ってるなんて言ったら家まで見に行かせてくれなんて言い出す店もある」
「そこまでするのか?」
「一振りウン百万の利益が出るんだ。違法スレスレの事をする奴なんていくらでもいる」
確かに金が絡むと人ってのは変わるからなぁ。
「今後も何か骨董品を買取に出したいなら俺のところに持ってこい。家を知られるリスクはなるべく減らせ」
「あいよ。でも爺が裏切るかもしれないなぁ?」
冗談染みた煽りを爺にぶつける。爺は一つ鼻を鳴らして。
「するわけねーだろ。お前の婆さんにあの世で八つ裂きにされるわ」
一人で俺を育ててくれた婆さんは知り合いにとても恐れられていることがよくわかった。
ニコニコ笑顔で骨董品店を離れる。
思わぬところでまとまった金額が懐に転がり込んできた、故にお買い物タイムとする!
その前にまずは現金をそのまま持ち運ぶわけにはいかないので一旦は商店街内部にある地方銀行に全て預けてしまうことにする。世の中にはデビットカードという便利なものがあるのだ。
デビットカードはクレジットカードとは違い、銀行内の口座から即座に引き落とすカードであり、ある種のプリペイドカードと言っても間違いではないものだ。それでいてクレジットカードと同様に使えるから財布が膨らまずに楽に持ち運べるのだ。
デビットカードのステマはここまでにして、まずは駐車場から出庫してホームセンターに向かう……。あ、食堂に行くの忘れてた。
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