えるめす

 一五二八年(大永八年) 四月 尾張国 十川廉次


 下手に寝込みを狙われても嫌なので俺は村に泊まらず、日の高いうちに山の中の社に向けて出発することに。米と塩はお裾分けしてきた。重いから持って帰りたくないし。

 それよりも、刀貰っちゃった。これいくらになるんだろう! 俺の物だから売り払っても何も言われないよね! 自在天神に捧げるって言ったし誤魔化せるだろ!

 刀の値段にウキウキしながら源太の家で帰宅準備をしていると。


「ん? 神様もう帰るの?」


「ああ、義理は果たしたからな」


 助けるなら最後までってのを遂行したし、お礼に刀ももらったし、そもそもそんなに歓迎されてないみたいだしとっとと帰るに限るわ。


「一人で帰れる?」


「……大丈夫だろ。多分」


 一応下りながらトラロープを巻きつけて来たし、迷子になることはないはず。農閑期になったら、源太から村の人間に声かけてもらって山道の整備依頼しようかな。俺のねぐらである山の頂上は目測二百メートルほどの低山だが、それでも整備されていない道を登るはめになる。山頂の社から畔村にたどり着くまでに数時間はかかるのは面倒だよな。

 脳内で山の整備ロードマップを展開しながらリュックを背負う。中身はほとんど吐き出したので行きとは違い軽いものだ。


「おらもついていこうか?」


「いいさ、お前さんには自分の仕事があるだろう」


「おっ父は米とか塩とかをお恵みくださったから歓迎するつもりって言ってた。

 帰るなら社まで送って見届けないと納得しないんじゃないかな?」


 うーん、義理堅いな。挨拶だけしてさよならでいいってのに。

 面倒だし源太についてきてもらって、それでおしまいにするか。


「わかった。源太も来い」


「うん、おっ父に伝えてくる!」


 ビュンと家の戸口から飛び出していく源太。仕事がしたくないだけでは? 子供に仕事をさせるのは間違っていると思うが、こればっかりは時代だからなぁ。





 二〇二二年(令和四年) 四月十二日 愛知県 十川廉次


 帰宅の山登りは源太の案内で難なく終わった。ぶっちゃけ一人だと迷っていたな、山ってやっぱ怖いわ。

 そのまま源太に土産で菓子パンを数個与えて帰宅させた。休んでいけばいいのに到着したら即帰ろうとしたので親にさっさと帰ってくるように言い含められていたのかもな。

 そうして彼を見送った後に俺は現代に帰還し、身支度を整えたら車に乗って外出する。今回のタイムトラベルで色々と収穫があったからな。

 十年型落ち四ドア式軽自動車の後部座席に大野木さんの脇差を布に包み丁寧に置いて出発。目指すは地元の商店街。


 田圃しか見えない田舎の道を法定速度を遵守しながら運転していく。こんな田舎道に行政の道路補修なんてものが来るわけがなく、悪路をただひたすらに走るしかない。軽自動車のサスペンションの質の低さ故かガタガタと車体が揺れ、時折大したスピードでもないのに派手に上下運動を俺にもたらした。婆さんが車に乗ると腰が痛くなるとボヤいていたのも無理はない。

 出来の悪い平地ジェットコースターから県道に切り替わると道は多少まともに。帰り道のことを考えると嫌になってくるが、商店街内にある行きつけの食堂での昼食を思うと耐えられそうだから人間とは不思議なものだ。

 今日はかき揚げ丼にしようかと思案しながら、気づけば商店街共有の南口駐車場に辿り着いていた。時間五十円の格安駐車場だ、その代わりに青天井なのだが。

 食事の前に一番の目的を達成しよう。布で隠したままの脇差を胸に抱えて商店街の中へ。

 この商店街は日本の商店街の例に漏れず、近場の大きな大型ショッピングセンターとの競争に負けてシャッター街と化している。生き残っている店舗と言えば、帽子屋、呉服、時計屋などのショッピングセンターでは需要がないであろう店と、老人の寄合所と言い換えたほうが正しくなりつつある食堂、加えて俺がこれから向かう骨董品店ぐらいか。時代の流れは怖いな。

 俺が目指している骨董品店は四角形になっている商店街の南西部に位置しており、悲しむべきか喜ぶべきかわからないが、付近の店がシャッターまみれなので小店舗が基本の商店街なのに骨董品をいくらでも置けるスペースがあるという恵まれた立地の店になってしまっている。着いた、いつ見ても骨董品を取り扱うには不相応なパステルカラーの看板を掲げている店だ。


「爺いるかぁ?」


 目的地である骨董品屋『えるめす』の開け放たれた入り口から声をかけながら入店する。LEDで照らされた骨董品の山が俺を歓迎してくれたが、肝心の店主である爺がいない。はて、店を開けたままで不在とはどうしたことか? 俺の脇差は銃刀法ぶっちぎりで違反してるから早く対応して欲しいのだが。

 キョロキョロと店内を見回していると、店の奥から髪を一本に束ねた若い俺ぐらいの年齢の女性が現れた。結構ここには訪れているが見たことがない女性だ。


「あら、お客さん?」


「鑑定をお願いしたかったのですが……。店主はご不在で?」


 女性は困ったように顎に手をやり、溜息と共に説明を始めた。


「お爺ちゃんったら、朝のジョギング中に腰をやっちゃってねぇ。しばらく起き上がれそうにないのよ。だから鑑定はしばらくお断りしているのだけど……」


 弱ったな、何度もここに来たくはないぞ。この商店街は微妙に市街地から外れていて便利が悪いんだ。買い物する予定のスーパーマーケットとホームセンターもかなり遠いし。

 確か町のほうに出ればチェーン店の古物商があったはずだからそこに持っていくか……?


「佐那! 降りるから介助を頼む!」


 なんて事を考えていたら、女性が現れた店の奥から爺の怒鳴るような声が聞こえた。客を逃さないようにと店舗二階の住居スペースから無理して降りてくるみたいだ。

 慌てて店の奥に引っ込む女性と苦笑いを浮かべる俺。ともかく、店まで降りてきてくれるとの事なので俺は店の中にある鑑定品を検分するスペースにある椅子に腰を下ろして待つことにする。





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