安い施し

 一五二八年(大永八年) 四月 尾張国畔村 十川廉次


 数時間後。畔村の地侍、畔三太の家に集合した。集まった村人は十四人、そこそこの歳の次男坊三男坊が大野木さんの招集に狩り出されたらしい。

 今から出立するには日が高くなりすぎているとのことで、明日の夜明けから十四名に大野木さんを加えた十五名が勝幡城に向けて出発するらしい。聞いた感じの距離だと夕方には着きそうな気がするんだけどな?

 計画の確認をして一時解散し、畔の家に残った俺と大野木さんと畔さんで円形に座る。そのことを大野木さんに伝えると返ってきたのは正論だった。


「某が襲われた野盗が敵対する家の手下かもしれませぬ、夜闇に身体を隠しながら進むほうが間違いないかと。

 大きな声では言えませぬが、徴発した農兵ですと強襲された場合に逃げてもおかしくありませんので」


 うん、そうだね。俺が悪かったわ。

 大野木さんがへりくだる態度が不思議だったのか、畔さんは大野木さんに質問を投げかける。


「急ぎでしたのでお聞きできませんでしたが、この方はどなたでしょうか。

 織田家の家中の方々へお目通りを一通りさせていただいておりますが、生憎お会いした覚えがございませぬ」


「三太よ。十川様は畔山に住まう尊い御方だ。多彩な術にて火を焚き、美味なる水と見たこともない食事を下賜してくださった。

 この御方にお救いいただかねば、私は山の中で骸になり果てていたであろう」


「あの畔山に、ですか?」


 疑わし気な視線を俺に向ける畔さん。わかるよ、俺だって怪しいと思うもん。


「怪しいと思う気持ちはわかる。安心せよ。俺は大野木を半端に見捨てるのが気に入らぬからここに来たまでよ。

 大野木、持参した米と塩を徴発した兵たちに配ってやれ。タダ働きでは裏切る事もあろうが益があれば人はそうそう裏切らぬ」


 持ってきた米と塩は何かに交換して貰おうと思ってたんだが、想像より畔さんに信用されていないようだし大盤振る舞いをして感心を得たい。最寄りの村だから敵対だけは勘弁な。

 涼しい顔をして二人に提案をすると、畔さんは思った通りに少し尊敬するような表情になり、大野木さんはなんか泣きそうな表情になった。え、なに怖い。


「この大野木彦太郎に対しての昨夜よりの御恩は一生忘れませぬ! 御恩に何もお返しできませぬがせめて、この愛刀をお納めくだされ」


 腰に佩いていた脇差を俺に恭しく渡してくる大野木さん。

 俺が対応に困っていると、畔さんが助け舟を出してくれた。


「十川様、お受けなされ。連れ添った刀を差し出すのは娘を嫁に出すことと変わりありませぬ。

 受け取らぬは大野木様に逆に恥をかかせてしまいますぞ」


「お二人がそこまで言ってくれるのならばありがたく。我が主に献上するとしよう」


 両手で俺に脇差を差し出す大野木さんから丁寧にそれを受け取る。

 

「主とは一体どなたになりますので?」


 俺が刀を受け取って嬉しそうな大野木さんに問われ、昨夜のうちに考えていた答えを告げる。


「俺の主は自在天神様さ」





 一五二八年(大永八年) 四月 尾張国畔村 畔三太吉益


 我が家より立ち去られた十川様を見送り、大野木様と再び座す。不可思議な御仁であった。

 浮世離れした衣服を見てただの傾奇者崩れかと思うたが、大野木様が心酔するほどの度量の持ち主ではあるようだ。

 山中で迷うた大野木様を保護するだけではなく、村の者が裏切らぬように米と塩を報酬として与えるとは。好人物過ぎて逆に疑わしく思えるわ。

 挙句の果てに自在天神様の使いとは……。嘘であれば祟られるというのに、わざわざ口にするとは本物と言うことか?


「大野木様、弾正忠様に十川様のことをお教えするつもりでしょうか?」


「うむ! 弾正忠様も十川様の話を聞けば興味を持ち、私を救ってくれた恩賞を出してくれるやも知れぬからな!」


「神の御使いに救われたと皆様の前で言ってしまうと、狐が憑いたなどと思われてお役目を外されるかも知れませぬ。織田様とお二人になったときに告げるのが最良かと」


「おお、助言感謝する! 息子に押し込められるところであったわ!」


 相も変わらず大野木様は間が抜けておる。家中に敵がおらんと確信しておるようだが、聞いた話では津島に文を届けることを知っておったのは織田弾正忠家の家臣のみ。内部に敵がおると考えるのが常道だというのに……。


「親父、ちょっといいか」


「大野木様がいらっしゃる、あとで聞く」


「構わぬ。私は少し席を外すとしよう」


 太郎め、大野木様に気を遣わせよってからに。

 大野木様に席を外していただき、割って入ってきた太郎に説教の一つでもくれてやろうと思っていると。太郎の手に持った枡の収まっている白い粉に目が行った。


「何だ、その粉は」


「塩だよ親父! 真っ白な塩なんて見たことあるか!?」


 何をたわけたことを。純白の塩など見たことないわ。小指を枡の中につけ、指を舐って味を見る。雑味の無い塩味がする!


「塩ではないか!」


「そう言ってるだろ! 白い御人が米は大野木様に同行する家にしか分けられぬが塩は皆に分け与えるって言って枡に一杯ずつ配分してくれたんだよ!」


「十川様がか!?」


 雑味の無い純白な塩なぞいくらするか分からんほどの品だぞ!?

 分け隔てなく財を民に分配するとは、あの御方は本当に天の使いなのか……?


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