55、処暑――豊作
「遠目にもはっきり確認できたと思うけど、図体の大きいのは初候・
彼は暦でいちばん体が大きくてね、パンパンに綿が詰まった実みたいだろうって、本人もよくネタにしてる。あとね、彼ってば年中浴衣なんだよ、暑がりでさあ。見た目からして相撲取りだから、みんなからは〈
隣でふらふら動いているのは次候の
そして末候・
つばさの解説は兄とは違いかなり主観を交えてのものであったが、仲間に対する親しみが込められていて、雀は好ましく思った。
袖なしで丈の短いピンクの着物の下にグレーのジャージを穿き、
「えっ、やば! つばさじゃーん! 遊びに来たの?」
「やっほー、禾乃ちゃん。稲刈り始まったんだね」
「そうだよー! 見て見て、やばくない? 今年はこんなに! 豊作やば!」
「うんうん、僕もそう思ったよ。禾乃ちゃんの新米でお米を炊くのが楽しみだなあ。また今年もピクニックしようね」
「マジで? やばーい、うれしい! つばさのおにぎり、めっちゃおいしいもん! 食べ過ぎて太ったら、つばさのせいだかんね!」
来客に気がついた処暑の面々が手を止めて近づいて来た。全員ほかほかと汗を掻き、前掛けが土や泥で汚れている。
「後ろの子は誰だい? もしかして……」
「雀くんだって? どれどれ」
ひょろひょろと頼りない歩きは天地である。ヒツジみたいなくるくるパーマで中性的な声と顔立ちをしているが、どちらかと言えば男に見えなくもない。前掛けだけでなく、トンボ柄のもんぺや頬にも土をつけていた。
「わあ、こんにちは。新米を食べに来たの?」
雀はとんでもないと顔の前で両手を振った。
「いえ、今日は秋の宮の見学とご挨拶で……」
「やっと来たのか。遅かったね。うちの任期はとうに終わっちゃったよ」
やわらかいハスキーボイスが綿乃花たちの背後からした。姿を現したのは、高身長にオーバーオールを着、オレンジ色の髪を後ろで一本に結び、目もとのきりりとした格好いい女性であった。
「処暑さま、お忙しいところすみません。今年の収穫はいつもよりちょっと遅いんですね」
「ああ、あんまり良い稲だったから、しばらく風に抱かせていたんだ。ここは下界と違って台風を恐れる必要もないし、黄金の大海原が波打つ様は今しか楽しめないからね。君たちに見てもらえてうれしいよ。さて、せっかくだから
処暑は天地視書を唱えながら、稲田に向かってさっと腕を一振りした。
たちまち稲穂から金が抜けていく。刈り取られ、その場に交互に寝かされたままの稲や田の土に至るまで、稲田のすべてが無数の見知らぬ土地を映し出す。
「夏季の
処暑が笑うと、八重歯がちょこんと顔を出した。目もとが和み気安い印象になる。
「質問してもよろしいでしょうか」
雀の挙手に処暑がどうぞと促した。
「刈ってしまったら、天地視書が使えなくなってしまいませんか?」
「よく見なさい」
処暑はかがみ込んで土に触れた。映像のケヤキ並木に波紋が起きた。
「稲ではなく、田そのものですか?」
「そう。苗や稲はもちろん、ひび割れた土でも使える。うちの者は屋内にいるよりも、外に出るほうが性に合っているんだよ。同じ畑でも、秋分の所は曼珠沙華の花そのものだから、天気の悪い日に外に出ることをいやがって、花を壁に描いているよ」
雀はしかつめらしく首肯した。
「秋分さまが毎日土いじりしている姿は、ちょっと想像しにくいですもんね……」
その場にいた全員が吹き出した。とりわけ処暑が大笑いして、雀は秋分に申し訳なく思いつつもにやりとした。
天地視書が消えると、稲穂のささやきと共にスズメが数羽飛んできた。処暑はそれを目で追い、「哀れだな」とつぶやいた。
「追い払う気にもなれない。地上のスズメの数がずいぶん減った。飢えに苦しみ、こちらに来てまで取り憑かれたように食料を求めている。早く君が
チュンチュン、豊富な食料を前に歓喜した小さな姿が雀の胸に迫った。
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