34、芒種(その5)――精霊のお仕事



 時刻は三時になったばかりだったが、皆疲れを感じていたため、春の宮に戻ることにした。


「梅子さん、医務室に行ったんですよね。お城の中にあるんですか?」


 雀が遠くを見つめて言う。

 視線の先、天守閣が蜃気楼に揺らいで見える。彩り豊かな夏の宮に似合わぬ漆黒だ。太陽に焼かれてああなったのだと言われても納得できる。


「ああ。食堂や大浴場もあの中に入っている」

「……あの、前から気になっていたんですけど、誰が宮を掃除したり、ご飯を出してくれたりするんですか? どこもかしこもいつも綺麗だけど、誰かが働いているのを見たことがないんです。食堂の厨房も無人だし……」


 おおとりが呆れ顔で玄鳥至つばめきたるを見る。「失念していた」玄鳥至は悪びれもせずに言った。


 鴻はやれやれと頭を振って、


「あのな、ここにはな、暦を助ける目には見えない精霊がいるんだよ。暦もどきというか。個の意思があるわけじゃないが、オレたちの生活のいっさいをそいつらが見てくれている。自炊する暦もいるから、主に生活力のない奴が世話になってんだ。オレとかな!」

「じゃあ梅子さんは、お医者さんの精霊に診てもらえるんですか?」

「そんなのはいねえよ。そもそもオレたちは怪我も病もねえからな。ちょっと寝かせてもらっておしまいなんじゃねえの」

「それならどうして、キリショウさんは彼女を……」


 そこで前方から、「おおい、おおい」と手を振る影が見えた。


「噂をすればなんとやら、だ」


 鴻が言うと、手品のように人影が消え、三人の目の前に緑色のカマキリが飛んできた。

 カマキリはヒュッと上に上がると、奇抜な男の姿になってすとんと地に降り立った。


「帰りッスか?」

「おうよ。芒種さまとほたるは仕事に戻ったぜ」

「そっかそっか。すいませんッス、お恥ずかしいところをお見せしちゃって」

「いんや。梅子の様子はどうなんだ?」

「夏さまにお願いしてきました。医務室でよく寝てるッスよ。――雀くん」


 キリショウは不意に雀のほうを見た。


「これまでいろいろ見てきたと思うけど、どうッスか。暦の仕事はやれそうッスか?」


 雀は曖昧に首を傾けた。


「なんか、大変だなあって。皆さん自由にやっているのかと思いきや、重い責任が伴っていると感じる時もあって……。そりゃそうですよね、地上の命を預かっているんですもんね。おれもうまくやれたらいいんですけど……」

「大丈夫ッスよ」


 キリショウは熱のこもったまなざしで雀の肩に手を置いた。


「期待してるッスから」

「暑苦しいわ」


 鴻がキリショウの首根っこを掴んで引き剥がすと、キリショウは大人しく引きずられてへらへらしていた。


 ――やはり夏さまは、雀を何かに利用しようとお考えのようだ。


 夏は特に無茶を言うから気をつけなければ。上司が春でよかったと思いながら春の宮に戻って定時を迎え、玄鳥至と雀がそろって廊下に出ると、まさにその上司と出くわした。


「早く戻っていてくれてよかったわ。出奔した虫啓むしひらと桃の捜索をお願いしたいの。必ず今日中にわたくしの所に連れてくること。もちろん全員参加ですよ。春の宮の団結力を見せてちょうだい」



 前言撤回。大差ない。


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