32、芒種(その3)――奇妙なお茶会



「さあ、お茶会よ!」


 ――ああ、まずい。


「お待ちください。僭越ながら、今現在は芒種ぼうしゅさまの任期では……」

「つばきのいけずぅ!」


 梅子が甲高い声でテーブルを叩き、卓上の陶器やバラの花瓶が危うい音を立てた。思わず肩を揺らしたのは客人だけでなく、奇妙なことに、芒種の面々も表情に緊張を走らせた。


「あたしたちはこれでいいの!」

「いいわけあるか。皆お前の筆を探しているんだぞ。それを当人がお姫さま気どりでお茶会とは」

「どうせ見つかるんだから、焦ったってしょうがないでしょ」

「俺の役目は雀の教育なんだ。これでは雀の――」


 急に悪寒がした。ほたるが蛍色の目をらんらんと光らせている。


「――ああ、ちくしょう。芒種さま、俺たちはあなた方のお手伝いに来たのです。夏さまからそう伺っておりませんか」


 芒種が上品に小花柄のティーポットを取り上げると、濃い紅茶の香りが漂った。


「夏さまからは、楽しく過ごしなさい、精一杯おもてなしするように、と言われているわ」

「失礼ながら、おもてなしの意味を取り違えておられませんか」

「これでいいのよ、つばき」


 芒種はことさら静かに言った。


「これでいいの」


 玄鳥至つばめきたるは口をつぐんだ。何かが変だ。



 キリショウが銀の盆にポットを三つのせてテラスまで運んできた。梅子が甲高い声でお茶会の開始を宣言する。「なんでもない日、ばんざい!」


 ほたるは向かいの雀を見つめ続けている。この新人を穴あきチーズにすることが生まれ落ちた時からの宿望と言わんばかりだ。そしてそのままダージリンをカップに注ぎ、玄鳥至の前に差し出した。見られるのも、見られないのも怖かった。


 キリショウはといえば、へらへら笑いながら女子のうすっぺらい会話にうんうんうなずいている。徹底して彼女たちの――主に梅子の――機嫌を取っている。


 おおとりは居心地悪く尻をもぞもぞさせる雀の肩に腕を回し、励ますように揺らしたり、雀の代わりに話を引き受けてくれている。非常にありがたい。


 ――このお茶会の真意は何なのだろうか。



 ガチャン!



 梅子が乱暴にカップをソーサーに戻した音で、再び場の空気が凍りついた。


「ねえこれ、ローズじゃない? あたし、ローズヒップがいいって言ったのに」

「ええ?」


 キリショウは困惑して梅子とカップとを見比べた。


「でもローズとしか言ってなかったッスよ――」


 そこではっと息をのみ、


「いや、すんません、ローズヒップって言ってましたよね。梅子さんはたしかに、ヒップって――」

「そうよ! なんで間違えたの? なんで今一瞬、あたしのせいにしたの?」


 梅子の顔がみるみる黄色く染まり、しそジュースのような赤紫に変わった。客人たちは石になったように動けなかったが、ほたると芒種は目にもとまらぬ速さで卓上のすべてを室内へと移していった。


「あたしが悪いの? あたし間違ってないよねえ? だってあたし、なんにもしてない!」

「そうだよ、してないよ。悪かったよ――」

「なんであたしが悪いの! なんで!」


 梅子は全身をぶるぶる震わせながら、真っ白なテーブルクロスに突っ伏してしわを作った。それから無表情ですっと体を起こすと、握りしめたこぶしを力いっぱいテーブルに叩きつけた。


 普段の梅子の力では考えられないことだが、テーブルは勢いよく跳ね上がり、その角で雀が額を打ちそうになったところを、間一髪、鴻が肩を掴んで一緒に後ろへと倒れ込んだ。


 見事に裏返った一本足のテーブルの下で梅子がうずくまっている。打ちつけたこぶしが晴れ上がってスモモのようだ。

 キリショウが急いでテーブルをどかした。鴻も玄鳥至に雀を渡し、梅子の傍らに膝をつく。梅子はダンゴムシのようになったまま気を失っていた。


「鴻、任せてくれ。自分は慣れてるッスから」


 梅子を背に乗せたキリショウは芒種の部屋から出る直前、こちらにかすめるような視線を投げて、廊下の先へと姿を消した。


 テラスには一本足を宙に立てるテーブルと、呆然と立ち尽くす男三人だけが残されていた。


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