6、雨水(後編)――消えかけた記憶の断片を見る
テーブルを埋め尽くしていた品々が瞬く間に皆の胃袋に消えて、時刻は午後の二時半になろうとしていた。
食べた直後だというのに、
雀は、今はテーブルの向こう側にいた。彼と年の近い――見た目の話だが――
「かわいらしいですね」
膝のハチワレ猫の頭をなでながら霞が目を細める。猫も糸目でゴロゴロいっている。
「雀くん、来た時はずいぶん肩に力が入っていたみたいですが、今は緊張がほぐれたようで安心しました。人見知りのようでしたから」
草木に何を言われたのか、雀はキャッと声を上げて土脉の背後に逃げ込んだ。
「俺が思うに、あいつはけっこう誰とでも話せるよ。相手の顔をしっかり見るし。あの二人と相性が良かったのもあるだろうが――」
――つばきは面白いね。君を笑う者は少ないけれど、ぼくはよく君に笑わされているよ。君とぼくは相性がいいんだね。ねえ、そう思わない?
「――つばき?」
優しく体を揺すられ、はっとまばたきした。腰を浮かせた霞が心配そうにこちらを覗き込んでいる。足もとでは膝から落とされた猫がしっぽを左右に振って行ったり来たり、不満げだ。まだぼうっとする頭をすっきりさせるため、玄鳥至は大きく息を吸い、長く吐いた。
「大丈夫ですか」
「ああ……」
今、何かを見ていた気がする。懐かしい何か。こんなふうに食事しながらなんでもない話をして、笑っていた誰か。自分を面白いと言っていた、誰か――。
「幻を見たね」
雨水が吐息でグラスの氷をなでる。髪の毛先の鈴がかすかに鳴る。
「僕も今、見たよ。だけどもう消えてしまった。……思い出せない」
雨水の意味深長な瞳と見つめ合い、玄鳥至は理解した。
あれは前任の
「さみしいね」
雨水は隣でまどろむサビ猫の喉を掻いてやりながら、儚く
玄鳥至はもう一度じっくり深呼吸して、肺の中の重たい空気を吐き切ってから、土脉と草木と戯れる雀に近寄った。
「雀、いい時間だし、ここはもうお暇して次へ行こう」
刹那、雀は瞳に残念そうな色を浮かべたが、すばやく奥に隠して玄鳥至の隣に立つと、立春と雨水の面々に丁寧に頭を下げた。
ぴょんと草木が跳ねて、親しげに雀の肩に腕を乗せる。
「また来いよ! いや、オレが会いに行くよ!」
雀はうれしそうにえくぼを深めた。「土脉も?」
「そうですね……」
土脉は雀の前に来ると、草木を横目で睨めつけた。
「草木と行くとうるさいから、ぼく一人で伺いますよ」
「言ったな! いいか、おまえが部屋を出たらオレは必ず後をつけるぞ! たとえただの小便でもなあ!」
「やめてください、気色悪い!」
皆の笑いが弾けるあいだから、ぬっと肉付きのいい腕が出た。寝起きでくっきり二重まぶたになっている立春が、四角い風呂敷包みを玄鳥至に押しつける。
「つばき、次は
「ああ、たしかに。ありがとうございます」
受け取った風呂敷包みの底はまだほんのり温かく、米の良い香りがした。
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