第四話 キミと、笑い合うために。

 わたしの後ろでは、曲に合わせて海くんが踊っている。

 海くんが終わったら呼ばれるかもしれない。

 練習しなくちゃ……。

 だけど溢れる涙は止まってくれない。ずっとずっとこぼれ落ちて、長い時間が経っているような気持ちになる。


 もう、ダメかもしれない。

 わたしはもう、何もできない。

 踊れないんじゃ、プロジェクトメンバー失格だ。


 自分を責めた、その時だった。

 

「蜜香。ちょっと来て」


 声をかけられたと思ったら、腕を掴まれてて。

 この声。

 ハッと顔を上げると見えたのは、テレビでずっと見ていた横顔だった。

 

 海くんだ。

 

 海くんはわたしを引っ張って廊下へ連れ出すと、スタジオから少し離れたフロアロビーの椅子にわたしを座らせた。


「ここまでくれば、泣いてるとこも撮られない」


 そう言って海くんは隣に腰を下ろすと、もう片手にの指に引っ掛けていたボックスティッシュを、わたしの膝の上に置いた。

 泣いてるわたしの気持ちを落ち着けるために、スタジオから連れ出してくれたのかな。

 そう思うと、海くんの優しい一面に少しだけ心がほぐれる気がした。


「……ありがとう」


 わたしはお礼を言うと、ティッシュを一枚引き出して、まず鼻を拭いた。そして、もう一枚引き出して頬の涙を拭った。


「……ごめん……。ちゃんとできなくて……」


 迷惑をかけてしまったのだから、言葉にした。

 すると海くんはわたしを伺って、尋ねてくる。

 

「歌はすごい上手だったって聞いてたから、リズム感は悪くないんだろうなって考えて……なんか、気持ちが原因なのかなって思ったんだけど、違う?」


 わたしをまっすぐ見た海くんの瞳に、わたしが映る。

 海くんがそこまで考えてわたしに声をかけてくれたことがすごく嬉しくて。だけど胸がぎゅって苦しくなって、また涙がこぼれてくる。

 この気持ちはなんだろう。

 わかんない。

 でも、うまく踊れない理由はちゃんと伝えよう。

 わたしは涙を拭くと、自分の胸にある気持ちを言葉にする。

 

「……わたし、運動が苦手で、ダンスも苦手で……」

「うん」

「去年の春の運動会で、上手く踊れなくて、本番で、ひとりだけ転んじゃって、ダンス上手い子に怒られて、他のクラスメイトも先生も呆れてて……」

「うん」

「そこから、苦手なことや初めてのことに挑戦するのが怖い……。だって失敗したら、みんなに迷惑かかるし、怒られるし……」

「そっか……」

 

 わたしの気持ちを、海くんは相槌を打ちながら静かに聞いてくれて。

 優しいなぁ。そう思っていると、海くんがぽつりと話し始めた。

 

「俺、高いところが苦手でさ。でも去年の夏に崖登りの企画があって、怖いしやりたくないしで泣いたんだ。カメラも回ってるのにボロボロ涙が出てきて」


 わたしは思わず息をのんだ。

 それは、わたしが海くんを好きだと自覚した企画の話。

 苦手なことに心が折れそうになるけど、最後は崖を登り切った海くんの姿に、わたしは感動した。

 海くんは続ける。


「でも、絶対に『自分はできない』と思いたくなかったし、リタイアして企画を潰したくなかった。それ以上に俺の頑張りが、テレビの向こうで見ててくれるみんなの頑張る力になればいいなって思った。だからさ、蜜香もできないなんて思うな。みっともなくっても、不格好でも、頑張る姿は、誰かは絶対に見ててくれる」


 まっすぐわたしの瞳を見て伝えてくれた。

 海くんの気持ちを聞いて、思った。

 わたしがどうしてここにきたのか、伝えるのは今しかない。

 わたしの心が、海くんに気持ちを伝えたがっている。

 踏み出すのは、未だ。


「……海くん。わたし……。あの企画で海くんの頑張ってるとこ見て、自分も頑張ろうって思ったの。学校も体育も怖かったけど、頑張ろうって思った。あの時の海くん、不格好でもみっともなくもなかったよ。すごくかっこよかった……」


 あの時キミは、わたしの憧れになった。

 わたしの頑張る力になった。


 わたしの思いを聞いて、海くんは少し驚いたような仕草を見せていたけど。そのうちにっこりと笑って何度かうんうんと頷いた。


「……そっか。俺の頑張りを受け取ってくれた子が、ここに来てくれたんだ……」


 自分の胸に手を当てて、言い聞かせるように呟いた海くんは、わたしにふわりと笑んでくれた。


「ありがとう、蜜香。それだけで俺、頑張ってよかったし、これからも頑張れそうだ」


 そう言うと、すくっと立ち上がってわたしに手を差し出してくれた。

 

「一緒にダンス練習しよう。今度は俺が蜜香の頑張りを助けるよ!」


 あの日。

 テレビの中の男の子は、涙を拭って上を目指していた。

 そんな彼を見て、この子が出ている番組に、自分も出たいと思った。

 こんなわたしでも、頑張ればいつか夢が叶う日が来ると信じたかった。

 

 差し出された手を繋いて立ち上がるわたしを待っていたのは、あの日から夢みていた、彼の隣。


 頑張ってきてよかった。

 信じて続ければ、夢に近づく。

 まだわたしは自分に自信がないけれど、これからひとつずついろんなことを積み重ねて、地震に繋げていけばいい。

 この気持ちがあれば、これからも、前に進める。

 



「はい、オッケーです。蜜香ちゃん、すごくよかったよ」


 セットの上でダンスの後、決めポーズをとったわたしにダンスの先生が笑顔で声をかけてくれた。

 わたしも嬉しくて、思わず笑顔になって、声を弾ませた。


「ありがとうございます!」


 あの後、海くんはダンスの練習に付き合ってくれた。

 動きが違うところは丁寧に教えてくれて、ひとりで悩みながら踊っていた時より、楽しく踊れた。

 そして本番。

 その楽しさは続いていた。


「じゃぁ、感覚忘れないうちに、海くんとサビのところ撮ります」


 スタッフさんはそう言ってカメラの横にいた海くんを手招くと、海くんははっきり返事をしてセットに駆け上がってきた。そしてわたしの隣に並ぶと、わたしがダンスを無事に踊りきれたことを自分のことのように喜んでくれた。


「蜜香、さっきのダンス本当に良かったよ」

「海くんのおかげだよ。ありがとう」


 わたしたちはお互いを見合わせて微笑み合うと、揃ってカメラの方を向いた。

 カメラのレンズに映るわたしは、笑っている。


 大丈夫。

 今度もちゃんと踊れる。


 するとスタッフさんから指示が飛ぶ。

 

「海くんは『太陽の神』のように堂々と。蜜香ちゃんは『繁栄と豊穣の女神』のようにたおやかに。曲の二章節目までお互いにアイコンタクトとって踊ってみてください」


 スタッフさんの言葉にわたしと海くんは声を揃えて返事をすると、踊り出す前のポーズを取って、顔を見合わせる。


「楽しもうな、蜜香」


 海くんはわたしに少し強気な微笑みを向けた。太陽の笑顔だ。

 わたしもふんわりと微笑みを返す。


「うん、海くん!」


 スタッフさんの掛け声と後に、Bメロの途中から主題歌が流れ始め、カメラのキューランプが赤く光る。

 さぁ、息の合ったわたしたちのダンスを踊ろう。


 

 わたしは平塚蜜香。

 半年前まで、少し内気で気弱な普通の女の子だった。

 辛く悲しい気持ちを引きずっていた時、頑張る海くんを見て、『ファインスマイルプロジェクト』を好きになった。

 そしての番組を見続けるたびに、プロジェクトメンバーになりたいと思った。

 そして今、わたしはここにいる。

 

 わたしは、彼と、メンバーのみんなと、テレビの向こうのあなた一緒に、笑い合うためにここにきたの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ファインスマイルプロジェクト! 宮下明加 @pukkyuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ