第三話 夢が叶っても、自信がないわたし
写真撮影ブースでキービジュアル用の写真を撮り終えたわたしたちは、この衣装のまま大きなスタジオへ移動した。
スタジオには『ファインスマイルプロジェクト』のセットが組まれている。大きな神社の本殿のような、教科書やテレビで見た外国の神殿のような。うまくいえないけど、和と洋が綺麗に調和している綺麗な場所だと思った。
セットの反対側にはカメラや照明、パソコンなどの機材がたくさん並んでいて、スタッフさんたちが働いている。
わたしはこれから、この景色を見続けていくんだ。
本当にわたしの夢、叶っちゃったんだ。
そう思うと、海くんをのことを考える時とは違うドキドキが胸に押し寄せてくる。
わたしの他にスタジオをキョロキョロと見回しているのは、四月から新しくメンバーになる子たち。前シリーズからの継続組である海くんたちに撮っては見慣れた景色なのか、セットをちょっと見ただけで落ち着いている。
そんな私たちにプロデューサーさんとダンスの先生が近づいてきた。
「おはようございます」
中学二年生のお姉さんメンバーがふたりに挨拶をしたので、わたしたちもそれにならって挨拶をした。
プロデューサーさんは私たちの前で立ち止まると挨拶を返して、こう話し始める。
「これからこのスタジオでダンスの撮影をします。みなさん練習してきたと思いますから、頑張ってください」
「はい」
わたしもみんなと声を合わせて返事をすると、プロデューサーさんはわたしたちを見回して微笑む。すると、その隣にいたダンスの先生が手元の資料に目を落として話し始めた。
「先日皆さんに歌を吹き込んでいただいた主題歌に合わせて踊ってもらうんですが、まず、AメロとBメロのソロカットを撮影します。次にサビ部分。学年のペアカットと集合カットを収録します。今回は動きの収録なので、他の人が撮影している時も機材の後ろで準備運動したり練習するのは大丈夫ですので、完璧な状態で撮影に挑んでください」
そう言うとダンスの先生は、資料を閉じて姿勢を正す。
「それでは、よろしくお願いします!」
ハキハキとした挨拶に、わたしたちも「よろしくお願いします」と返した。
……けど、わたしがダンスに自信がないのはなくなっていない。
もちろん練習はしてきた。たくさんしてきた。ダンスレッスンの時にも先生に言われたところは、家でもすごく頑張って練習してきた。
だけど、やっぱり自信がなくて。
こんな大勢の前で踊るのも怖くて。
ドキュメント用のカメラだってわたしたちを撮ってるのに、ひとりだけ下手だと恥ずかしい。それに、みんなや海くんにみっともないところを見られるのも、ひとりだけ下手でみんなに迷惑をかけるのも、いやで。
そんなことを思っていると、ふと頭に去年の春の運動会の思い出が浮かんだ。
「じゃぁ、中学二年生から収録します」
スタジオいっぱいに響いたスタッフさんの声が、わたしを現実に引き戻す。
いけない。
今はお仕事中。しっかりしなきゃ。
みんながカメラの少し後ろに着いて、それぞれ体を動かし始める中、わたしはスタジオのいちばんうしろに向かった。それはもちろん、ダンスの練習をするためだ。
壁際まで来て振り返ると、セット前に立ったのは最年長のふたり。藍色と紫色の衣装を着たふたりは、前のシリーズから継続して出演する人たち。それをに抜きにしても、すごく堂々としている。
「それでは本番行きます」
スタッフさんの掛け声の後に主題歌が流れるとスタジオ内に緊張が走り、わたしもセットの方を見る。練習していいと言われても、一番最初の収録はしっかりと流れを見ておかなきゃいけないと思ったからだ。
セットに残った彼は自分が踊るパートまで頭を揺らしてリズムを取っていたけど、ハッと顔を上げるとかっこよく踊り始めた。
スラリと背が高く手足も長い彼は、まるでみんなのお手本のようなダンスを見せて、スタジオ内の空気を変えていく。
すごい。
そう思っていると、どこかしらか声が聞こえてきた。
さすがだね。
スタッフさんの囁き声。
純粋に彼のダンスを褒めただけなのに、わたしの胸はちくんと痛む。
わたしも、あれくらいできなきゃいけないんだ。
どうしよう。
できないかもしれない。
だけど、収録は止まってくれない。
次の人の収録中、わたしはセット前に立って踊るメンバーのダンスの真似をして踊るけど、細かな体の動きが違う気がする。
中学一年生のふたりも、それぞれの衣装のイメージにあったダンスを踊ってみせた。
だけど、アレンジも入れる余裕は、わたしにはない。
どうしようと思っていると、ダンスの先生がわたしを見た。
「次、六年生。蜜香ちゃんからお願いします」
「っはい」
スタジオの後ろまで通る声に反応して、わたしは駆け足でセットに上がると、カメラ前に立つと、お辞儀をした。
「よろしくお願いしますっ」
頭を上げると、カメラについた大きなレンズにわたしの姿が映る。
自信も笑顔もない、繁栄と豊穣の女神だ。
カメラの側には、これからソロダンスを収録するメンバーと、ペアダンスの打ち合わせをする中学一年と二年のメンバー。そして、ダンスの先生にプロデューサーさんの目が、わたしに向く。
みんながわたしを見てる。
海くんも、見てる。
ちゃんと、ちゃんと踊らなきゃ……。
迷惑かけないように、失敗しないように、ちゃんと……!
「それでは本番行きます」
スタッフさんの声と共に、カウントが刻まれる。
わたしも小刻みに頭を振ってカウントを刻む。
大丈夫。
リズムは取れるんだから。
だけど、曲が流れると同時にぎこちなくなる動き。
動きに気を取られると表現や表情が固くなるし、かといって、この動きで合ってるのかな? 間違えてないかな? と気にしながら踊るダンスは、楽しくない。
何度も踊って流れは頭の中に入ってるのに、細かな手の動き、足の動き、動作から動作の流れ……全部、自信がない。
もう、踊りたくない……!
「カットカット!!」
突然、ダンスの先生が手を叩いてダンスを止めた。そしてわたしを見ると、眉間に皺を作る。
「蜜香ちゃん、ちゃんと練習してきた?」
「……はい……」
何度も何度も練習した。
でもその意気はダンスの先生に全く伝わらない。
だって、本番で成果が出ていないんだもの。
先生は怖い表情そのままに、わたしを見つめる。
「それにしては、体も表情も表現も硬い。ここでちゃんとできなきゃ、意味がないんだよ。『頑張りました。でもできませんでした』はここでは通用しないよ」
「……っ……」
その通りだ。
その通り過ぎて、ぐうの音も出ない。
悔しさと、悲しさと、怖さ。そして恥ずかしさが心の中でぐちゃぐちゃになって、俯くと鼻の奥が痛くなって、じわりと目の前が滲む。
ダンスの先生は泣き出したわたしを見下ろしているんだろう、ハァと、ため息をついた。
「蜜香ちゃんはね、『繁栄と豊穣の牡牛座』なんだよ。自信なく泣いてるダンスじゃだめ」
そう言うと、体を横にひねるのが見えた。
「蜜香ちゃんは後ろで練習してて。先、海くん、お願いします」
「はい」
海くんの返事と入れ替わって、わたしはセットから降りる。そして向かうのは、さっきまで練習していたスタジオの後ろ。
頬に流れる涙を手で拭いながら、思う。
このスタジオの中にわたしを笑う人はいなかった。
ううん。わたしを笑う暇があったら、ダンスを上手く踊ればいいだけ。
それが逆にわたしをもっと惨めにさせる。
やっぱりわたしは、テレビのこっち側に来ても、わたしなんだ。
内気で自信がない、蜜香のままなんだ。
変わることなんか、できないんだ。
そう思うと、セットの前で踊る海くんの姿が、もっともっと滲んで見えた。
きっと踊る海くんもかっこいいんだろうな。
だけど、泣いてる顔を誰にも見られたくなくて、ドキュメント撮影用のカメラにも撮られたくなくて。
わたしはこのスタジオの全部に背を向けた。
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