第二話 この胸のときめきは禁止できない
出演者顔合わせからの日々は、慌ただしくすぎていった。
まず、主題歌のレコーディングがあった。
顔合わせの日に主題歌の『仮歌』が入った音楽CDを手渡されていて、ボイストレーナーさんと一緒に歌う日の後にレコーディングが行われた。
レコーディングは基本的に呼ばれた日にひとりひとり歌声を録音していく。その声を他の子達の声と重ね合わせて一曲の歌にするみたいで、わたしは平日の学校帰りにスタジオに呼ばれて、ブースで歌声を吹き込んだ。
音楽は好きだし歌は得意。しかも主題歌はミディアムテンポの明るい曲調で、収録はのびのびと歌うことができた。
ミキサーさんやプロデューサーさんにも「蜜香ちゃん、歌うまいね」って褒めてもらえた。
歌うことは好きだけど、わたしにはいっこ、苦手なことがあった。
それは、運動……ダンスだ。
代々『ファインスマイルプロジェクト』の主題歌には、必ずダンス映像が流れるし、スタジオで踊ることもある。
主題歌が出来上がるまでの間は、仮歌を使ってのダンスレッスンが入っていた。
その日にスケジュールが合った子たちと一緒に、ダンスの先生に教えてもらいながら一緒に踊るのだけど、間違えないように気をつければ気をつけるほど、どうしてもうまく踊ることができなかった。
だけど、海くんや他もみんなも頑張ってる。
自分だけできないなんて、言いたくない。
それに番組には、たくさんの人が関わっている。
わたしを選んでくれた人のため、わたしに期待してくれている人のため、頑張らなきゃ。
そして今日はいよいよ衣装を着て、番組を紹介する写真・キービジュアルの撮影と、ダンスの収録日。
この日のために、家でも宿題やお手伝いの合間にダンス練習を頑張ってきた。
大丈夫。
間違えずに踊れる。
これから三年間の衣装コンセプトは、『十二星座』と、日本らしく『
「蜜香ちゃんは、これね」
と、わたしがスタイリストさんに着せてもらったのは、金星と牡牛座をイメージした衣装。エメラルドのような綺麗なグリーンのふわふわワンピースと深い緑のコルセットの組み合わせ。
金星の女神様は愛と美の神でもあるけど、繁栄と豊穣を司るとも言われていて、わたしは『繁栄と豊穣』の方を担当する。
くるんと回ると、後ろが長くなってるフィッシュテールスカートと水干の大きな袖がひらりと揺れるのがお気に入り。
「可愛い。嬉しいな」
この衣装で踊ったら、楽しいダンスになるかな。
これは『ファイプロ』のメンバーだから着られる衣装。
去年までの衣装とは全く違う。
去年といえば。
今回の海くんはどんな衣装なのかな……。
きっとかっこいいんだろうな。
まだ見ぬ彼の姿に思いを馳せていると、隣のメイクルームから顔を出したメイクさんに呼ばれた。
「蜜香ちゃん、髪整えましょうか」
「はいっ」
わたしは返事をすると、メイクルームに入った。室内には、メイクさんにヘアアレンジやメイクをしてもらっている他の出演者たちがいて、みんな打ち合わせの時に会った雰囲気とは全く違う。綺麗でかっこいい。
お洋服ひとつ、髪型ひとつでこんなに変われるんだ。
すごいなぁ。
見惚れていると、メイクさんに手招きされた。
「蜜香ちゃん、こっちにお願いします」
「はい」
わたしは案内された席に座ると、鏡ごしに隣の子と目が合った。
「おはよ」
隣の子は、まさかの海くん。
先に着替えが終わって、ヘアメイクをしてもらっている最中だった。
「お、おはよっ」
挨拶を返す声がうわずった。
海くんの衣装は、獅子座。ペリドットという宝石の爽やかなグリーンを基調とした水干にボトムはミニスカートのような布とボトムの重ね着スタイル。それと、獅子を思わせる癖毛のアレンジが新鮮で。
思わず見惚れてしまう。
前の衣装もクールでかっこよかったけど、今回の衣装も、海くんの新しい魅力が出ている気がする。
数ヶ月前に、このオーディションの話をいただいた時のわたしに教えてあげたい。
海くんと直接会って、話せるところにいるんだよって。
隣でヘアメイクをされている海くんに感動していると、わたしの髪を梳かし始めたメイクさんから声をかけられた。
「蜜香ちゃんは牡牛座さんだから、ハーフアップを耳の上でお団子にしてます。牛の耳みたいにね」
「牛の耳ってぴこぴこ可愛いですよね」
反応するとメイクさんは、鏡越しににっこり笑ってくれる。
「ね。その可愛い耳をイメージしました。縦長のお団子になるから、頭を降ると牛に耳みたいに動くかも。で、頭の前の方に牛のツノをつけたカチューシャをつけます」
「ツノですか。かっこいい」
「あ、でも、普段はツノつけないよ。派手に動くと落ちちゃうから。つのはあくまでプロモーション用」
会話を弾ませている最中でも、メイクさんの手は止まらない。耳上で束ねられた髪は縦長のお団子へと早替わり。
どんどん変わっていく鏡の中の自分は、まるで魔法にかけられているみたい。
そう思っていると、お団子を二つ作り終えたメイクさんの手がふと止まって、うーんと考え始めた。
「……後ろ髪はおろしても可愛いと思うんだけど……」
独り言のように呟く声は、わたしの後ろ髪のアレンジを悩んでいるようだった。
メイクさんがブラシを手にたくさん髪を梳かしてうんうん唸っている隣では、ヘアアレンジが終わった海くんのメイクが始まろうとしていて、海くんは椅子を引いてちらとわたしの方を見ると、こう呟いた。
「そのままで十分可愛いと思いますよ」
「え」
思いがけない言葉に、わたしの胸がキュンと跳ねた。
今、海くん、なんて言った?
わたしが海くんの言葉を心の中でリフレインさせていると、海くんを担当していたメイクさんもわたしの髪型を眺めながら言う。
「蜜香ちゃんの髪は綺麗なストレートだから、アレンジなしでも目を引くと思う」
海くんと、海くんのメイクさんのアドバイスを聞いたメイクさんは、わたしの髪をさらりと手櫛ですいた。するとサラサラと落ちていくわたしの髪。
「……そうだね。このまま行こう」
清々しい顔でメイクさんが笑うと、海くんのメイクさんもうんうん頷いた。
「蜜香ちゃんと海くんは、なにかとペアで動くことが多くなると思うし、動きのある海くんの髪型と、あえて下ろす蜜香ちゃんのストレートヘアで静と動を作り上げる感じでもいいよね」
その言葉を聞いて、わたしの心はさらに跳ねた。
海くんに可愛いって言ってもらえただけでも嬉しいのに、海くんの一言で髪型が決まって、海くんとペアで動くことが多くなるなんて。
わたしは海くんの横顔を見つめながら、自分の頬がキュッと熱くなるのを感じていた。
プロデューサーさんは『恋愛は禁止』って言ったけど、この胸のときめきは止めることができそうにない。
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