ファインスマイルプロジェクト!

宮下明加

第一話 夢が叶った瞬間、封じなければいけない恋心

 キミがテレビに映ったその日から、わたしの日常は極彩色の彩りに満ち溢れはじめた。

 カラフルになった世界で一番はじめに生まれた気持ちが『憧れ』と言う名前だと知った時、思った。

 わたしもキミみたいに、輝きたい……!



「ご自分の四月からの学年が張られた席にお座りください」

 腕に『スタッフ』と書かれた腕章をつけたスーツ姿の男の人に案内されて、わたしはドキドキと高鳴る胸の鼓動を感じながら会議室に入る。

 室内は机がくちの字型に並んでいて、もう新メンバーの子が椅子に座って待っていた。


「おはようございます。『劇団おおぞら』の平塚ひらつか蜜香みつかです。よろしくお願いします!」


 このギョーカイでは、初めの挨拶が基本。大声で挨拶をすると、みんなも挨拶を返してくれた。

 よかった。みんないい人そう。

 わたしは安心しながら『新六年』とメモが貼られた席に着くと、受付で手渡された名前が書かれたプレートを机の前の方にそっと置く。そして少し顔をあげて席に着いている子たちの様子を伺った。

 さすが子役事務所所属でオーディションに受かった子たち。普段着だと言うのにみんな、可愛かったりカッコよかったり個性的だったり。

 それに比べてわたしって普通だなって思う。

 無理もない。

 子役事務所に入ったのだって半年前だし、オーディションに受かったのもこれが初めて。多分ここに集まってくる子の誰よりも芸歴は短い。

 だけど、この番組に出たくて両親にお願いして子役事務所に入れてもらえた。その代わり、勉強も頑張るとかレッスンは休まず行くとか、条件はたくさんつけられてしまったけど、ここにいられるなら、なんでもできる。

 わたしはこの番組、『ファインスマイルプロジェクト』のメンバーになりたくて、頑張ってきたんだから。 


 ファインスマイルプロジェクト。

 通称、ファイスマ。

 子ども向けの大人気テレビ番組で、旬の芸人さんのMCの元、プロジェクトメンバーの十二人が歌やドラマ、ゲームにスポーツ、さらにチャレンジ企画などに挑戦して、時には喜び時には涙し、共に成長していく様子を描く番組。

 三月で今のシリーズが一旦終わり、四月から新シリーズが始まる。

 わたしの学校にもこの番組のファンの子は多く、放送の次の日は番組の話題で持ちきりだ。

 

 メンバーは、小学校二年生から中学二年生までの十二人。

 4月からのメンバーで最年少は小学二年生の男の子らしく、会議室正面のスタッフさんが座る席の一番近くに座っていた。そこからぐるっと時計回りに学年が上がっていく。

 わたしの右隣は小学五年生、左隣に新小学六年生とメモが張られている。

 と言うことは、わたしの他に六年生がいるということ。

 わたしは、隣に座る同い年の共演者に期待する。


 カレが、来年度のシリーズにも続けて出演しますように。


 すると、会議室の扉がガチャリと開いた。

 入ってきたのは番組の腕章をつけたスタッフさん。

 

「継続の子役さん入りまーす」


 スタッフさんが会議室いっぱいに声を張ると、その後ろから今のシリーズのメンバーが入ってきた。その数、六人。

 挨拶をしながら入ってきた憧れの『ファイスマメンバー』に、わたしの心は跳ねるけど、一番最後に部屋に入ってきた人を見て、思わずハッと息をのんだ。  

 

 いた。

 高遠たかとおうみくん。


 わたしと同い年なのに少し大人びた彼は、黒髪のショートヘアに二重だけど切長の瞳の持ち主。身長も高くカッコよくて、冷静で頑張り屋なところが好きで、憧れで。

 だけどゲームやチャレンジ企画では、いつも仲間のために動く海くん。

 わたしはテレビの向こうの海くんに憧れて、内気な性格を変えようと思った。

 海くんと一緒の日々を過ごしたいと思った。

 だから子役事務所に入って、この番組のオーディションを受けた。


 海くんはスタッフさんからわたしの隣の席を指し示されて、はいと返事をした。

 その時、海くんと一瞬目があって、胸がドキンとときめいた。

 今までの海くんはテレビの中の人。液晶画面越しでは目も合わせられた。

 なのに、いざ本物の海くん目の前にすると、嬉しいのと恥ずかしいので目も合わせられない。

 海くんはスタッフさんに軽く頭を下げてお礼を言うと、自分の席をまっすぐ見据えながら歩いてきた。そして、わたしの左隣のパイプ椅子に腰を下ろすと、スタッフさんから手渡された名前が書かれたプレートを机に置いた。

 番組に出演できるだけでも夢みたいなのに、海くんが新しいシリーズでも出演して、共演できる。

 うそ。

 夢みたい。

 夢じゃないよねと、ほっぺをムニっとつまむ。

 いたい。

 夢じゃない。

 わたしは、そぉっと横目で海くんを見る。すると、いつもテレビで見ていた横顔がすぐ隣にある。

 それだけでドキドキして、心臓が口から飛び出しそう……。

 

 そのうち全員が席につくと、番組のプロデューサーさんが会議室に入ってきて、スタッフ席の真ん中の席に座ると、軽く自己紹介をして続ける。


「ようこそ『ファインスマイルプロジェクト、サードシーズン』へ。プロジェクトメンバーは今年度までの継続組六人、新メンバー六人の合計十二人です。三年間続くシリーズですので、できるだけ長く一緒に仕事ができればと思います。どうぞよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします」


 誰が合図を取るわけでもなく挨拶が揃うのは、わたしたち子役がレッスンで挨拶の練習をしているから。

 プロデューサーさんは挨拶を返したわたしたちをぐるり見渡すと、微笑んで頷いた。

 続いて、他のスタッフさんたちの自己紹介が終われば、今度はわたしたちの番。新中学二年生から反時計回りに自己紹介をしていく。

 そしてついに、わたしたち新六年生の番になった。

 海くんはゆっくり席を立つと、会議室を見渡すと。


「ブルーバード所属の新六年生、高遠海です。よろしくお願いします」


 そう言って、落ち着いたお辞儀をしてみせた。

 

 動作も、声も、全部。本物だ。


 見惚れていると、みんなの拍手の中、海くんが椅子に座った。

 と言うことは、わたしの番。

 わたしは少し慌てながら席を立つと、会議室を見渡す。

 みんながわたしに注目している。けど、大きく息を吸った。


「劇団おおぞらから来ました。新小学校六年生の平塚蜜香です。初めてのことで不安ですけど、一生懸命頑張ります。よろしくお願いします!」


 ばっと頭を下げると、パチパチと聞こえる拍手の音。

 挨拶はみんなより長かったけど、しっかりできた。

 わたしは自分の自己紹介に花丸をつけて、そっと椅子に腰を下ろした。


 そして一番年下の子まで挨拶を終えると、プロデューサーさんが「大事なことだから先に説明しておくね」と話し始める。

 どんな話をするんだろ。

 わたしはほとんど真正面にいるプロデューサーさんを見ると、少し驚く言葉が部屋中に響いた。

 

「メンバー同士の恋愛は禁止です」


 その言葉に、わたしはドキリとした。そして、さっきまでドキドキとときめいていた胸が、ざわざわしていることに気がついた。

 さっきまで海くんに抱いていた感情が『悪いこと』って言われた気がして、びっくりしたんだと思う。

 プロデューサーさんは続ける。


「思春期前、または真っ只中の子たちが十二人で行動していれば気持ちが生まれることがあります。ですが皆さんは、本当の遊びで収録に来るわけではありません。楽しいですけど、収録中は遊び心を大切にして欲しいですけど、これはお仕事です。そのことをいつも思い出して収録に来ていただけると、嬉しいです」


 優しい声なのに、優しい口調なのに、正しいことなのに。

 なんでこんなに胸がギュッて苦しくなるんだろう。


 そう。

 番組に出るのは、遊びじゃない。


 わたしは海くんが好き。

 それは恋……じゃない。恋じゃない。恋じゃない。

 憧れ、だから。

 だって、恋だって溢れた瞬間、わたしの夢は消えてしまう。


 本物の海くんと並んですぐに、わたしの恋はわたしの心の中の宝箱にぎゅっとしまっておくことになった。

 

 

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