15.「異形」の世界で愛に絡まる⑦ 〜宝の話~

イツキと過ごすこと、というより、長い時間をかけて語らうことは、本当に楽しかった。

イツキのいろんなところを知って、イツキに俺のいろんなところを知られることが、うれしい。お互いの違うところも、重なっているところも、知れば知るほど歓びが深まっていく。

過去を失くしているからか、最初のほうこそ口が重たかったイツキも、他愛のない言葉のやりとりを繰り返すうち、花の蕾がゆっくりほころびていくように少しずつ自分のことを語ってくれた。

たとえば、温めの風呂に長く浸かるのが好きなこと。おやつなどの甘味をとても好むこと。肌の地色が白すぎるのが気になっていること。庭の木々に咲く花を見ると心が和むこと。それから、俺の眼の紅を美しいと思っていること。

どれも些細だけれど、知れて良かったと思うことばかりで、俺はますますイツキを好きになっていった。

残念なことに、そんな彼の話に相反して、俺の話は陰鬱なものが多く、話して聞かせるのが申し訳ない気持ちになるくらいだ。

八重のような、友人であり側近であるものたちのこと、頼れる仲間が多くいることは胸を張って誇らしく語れるが、両親とも病弱で早くに亡くしたこと、それを機に郷の中で異形の世の覇権を狙う動きがあり、俺の特殊な異能を疎ましがる敵がいる事実などの不穏な話は、話すこちらも気が滅入る。

包み隠さず伝えるのがイツキへの誠意だとわかっていても、語る口調が鈍くなるのはどうしようもなかった。

「……食べるものも足りていて、眠る場所だってちゃんとあるのに、生きものの欲って際限がないもんなんだねえ」

しぱしぱと切なげな瞬きを繰り返しながら、イツキは悲しそうにつぶやいた。

「宝が抱えている問題は、解決する方法があるのかな?」

「ううん、どうだろうなあ。成年になってイツキと番えば、俺が正式な郷の統主になるから、そうなれば、とりあえず表立っての諍いは減るだろうな。まあ、根本的な解決にはならないが」

「なるほどねえ。すべてのひとの気持ちを汲み取るのって、難しいことだもんねえ……」

眉を寄せて悩む思案顔も可愛らしいけれど、彼を悩ませてしまうのは本意ではない。

イツキとふたりきり、束の間とはいえ穏やかでしあわせな空間に籠りっぱなしだったせいか、ずっと付き纏ってきた悩ましい現実が余計に疎ましく感じてしまう。

生まれや環境のせいで何かれと求められることが多く、それが常の事だと流して生きてきた俺にとって、それははじめての感覚だった。

「ねえ、宝。おれはさ、異形でもないし、この世界の理もよく知らない。それどころか、自分自身の記憶も失くしたまんまの弱いヒトでしかないけどさ」

ゆっくりと言葉を選びながら、イツキが俺を見上げてくる。そのやわらかい眦に、こころが癒されていく。

「でも、おれはかならず、宝の力になるから。そのための努力を、惜しまないからね」

力強く、あたたかい声音だった。

連れ帰ってきたときの、か細く、弱弱しかった様子が嘘のように、イツキの声や眼には力がみなぎっている。

あらためて見ると、小柄だと思っていた体躯も出会ったときよりずいぶんとしっかりしてきたし、頬の色は健やかに明るく、髪も艶やかで眩いほどだ。

イツキは慥かに、着実に、成長している。自分のことを過小評価するきらいはまだあるけれど、きっとそれもいずれは薄れて、消えていくことだろう。

ありがとう、と応えた声が掠れてしまっていて、なんだか恥ずかしかった。

まだ年若いと自覚があり、それでも、周りから侮られないように気を強く持ち生きてきたし、今だって、イツキから頼られる存在になりたいと思って気を張っているつもりなのに、これではあべこべじゃないか。

そう思わされるくらい、イツキの心根は真っ直ぐで、圧倒された。

そしてイツキのそういうところに、俺はまた、惚れ直していく。俺のことも、好きになって欲しいと思う。


想定していたよりたびたび訪れてくる八重(のお小言)にはうんざりさせられたものの、俺たちの暮らしは概ね平穏で、満ち満ちていた。

隠された番いの正体、その力量を測りかねた古狸たちは、用心に用心を重ね、暫し静観することにしたらしい。俺の年齢的な事情で、どうせすぐには番えまいと高を括っているところもあるだろう。

おかげで俺たちはじっくりと交流を深め、今後の方策を練る時間まで得ることができた。

――しかし、甘やかな俺たちの暮らしは、唐突に終わりを告げた。

イツキの記憶が、もどったからだ。

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