62PV:ワニとペンギン

 ワニはネズミに教えられたとおりに、夜中午前二時過ぎにトキオのミント区にやってきました。


 天を突くかのようなタワーマンションの35階。近くにタワーマンションが迷路のようにそそり立っているために、ワニは間違いが無いか慎重に確認しながら、ネズミに教えられたとおりにインターフォンを鳴らしました。


「もしもし。しもしも」


 ワニはネズミに教えられた合言葉を35-071のインターフォンに言いました。


 すると、タワーマンションのエレベーターへの扉が開きました。


 ワニは35-071に着きました。


「ようこそ。お名前は」


「僕の名前を聞いて生きている者はいない」


「……私の名前はペングー、でいいのかな」


「ペングーでいいんです。そうですね。僕の名前も無かったら呼ぶときに不便だから、ゲイツでいいです」


Mr.ミスターゲイツ。ようこそ。早速だがこちらに座って。あごを詳しく見せてくれないか」


 ペンギンはそう言って、ワニをベッドへと導きました。


 ベッドと言ってももちろん医療用で。ふかふかのベッドではなく診療台と言ったほうが良いのかもしれません。


 そのときワニは、「(顎を見るならば普通は歯科医師なのでは……)」と思ったそうですが、ペンギンの言う通りに診療台に座りました。


「うーん。これは綺麗にやられたね。しかし丁寧だ。相手は優しかったのではないかね。ゲイツくん」


「僕は……ああ。ねずみくんから全部聞いているのですか」


 ネズミにも全てを言っているわけでは無いのだけれど。


 そのあと、ワニはレントゲンとエコーを取り(ペンギン、X線等は特に気にしていない様子だった)、また診療台へと連れてこられ、今度は寝かせられました。


 ワニの太ももに、ぷつんっと注射針を刺しました。ワニの意識もぷつんっときれてしまいました。


 おしまい。とは締まらずに。


 ワニが目覚めた時には顎が完全に元通りになっていました。


 入院も必要無いくらい。術後の痛みも全く無い。どころか、診療台の周辺に血の跡すら見つからない。


 というか。外科手術を一人でやったのか。


 時計を見ると、午前二時。なんとワニは二十四時間寝ていたらしいのです。


 流石は外科医と言ったところでしょうか。


 しかし、ワニは少し疑問を持ちました。


「あの……うおっ喋りやすい! あ。あの。顎の手術なのになんで下半身を脱がされているのでしょうか」


「え。麻酔を打った時に太ももに打ったじゃん。覚えていないのかい。Mr.ゲイター」


「いえ。麻酔を打った後は下半身は特に脱がせ続けている必要性は無かったはずでは」


「Mr.ゲイター。君に一つ質問があるのだが」


「はい」


「君のけつあなは覚醒しているかい?」


「はい?」


「私の触診によるとどうやら覚醒していないように思えたのだが。Mr.ゲイター」


「ゲイターじゃなくてゲイツですよ」


「ゲイターでいいのだよ。Mr.ゲイター。まさに善い名だ」


 ワニは自分のお尻を触ってみました。


 特に変化なし。


 何かされたとかそういうことは無いらしい。


 いつも通り締まっている。


 触診かあ。


「ペングーさん。いくつか質問をして良いですか」


「構わん」


「妻は」


「居る」


「お子さんも」


「居る」


メスに興味は」


「無い。愛する異性は妻だけだ」


オスに興味は」


「無い」


 無いんだ。この流れでいくと確実に。


「趣味ではある」


「はあ。ゲイなんですね」


「だから興味は無いと言っているだろう。ただの趣味だ。多様性のこの時代それくらいの趣味があっていいものだろう」


「ゲイではないのですか」


「ただ偉そうにしていたが、没落した人間の男性に屈辱を与えるのが趣味なだけだ」


「……Mr.ペングー。いつニ本にいらしたのですか」


「ニ本? 君は数字による言葉遊びが好きなのかな。ここは一本いっぽんだよ」


「すみません。麻酔で頭が回っていなくて。そうでしたね一本国でした。一本。一本」


「質問に答えようか。君にはなんでも言っていいような気がするよ。それに特段隠す必要性も無いしな。一本に興味を持ち始めたのはトキオオリンピックの開催決定したときからだよ。一発で裏が取れたからね。そのうち汚職がごろごろ出るだろうと思って、必死に一本語を勉強して、オランスからわざわざトキオ大学医学部に編入して、ぎりぎり医師免許取得に間に合ったよ」


 闇医者じゃなかったんだ。


「ぎりぎり医師免許が間に合って、あのMr.マウスにこちらから声を掛けたんだ。『ホスピタルに私を雇ってくれないか』って。結構名が知れていたからあのMr.は快く私を雇ってくれていたよ。


 そのあとで、予想していた通りに汚職事件が公になってしまってね。わざわざ自分から身を隠す人間たちがごろごろ出てきてね。自分からクビを切って私の所へ大勢詰めかけてきたよ。


『このままだと監獄行きだ。どうか、Mr.ペングー、私たちに救済の手を』


 私は喜んでかくまったさ。そしたら数日と経たぬうちに『ここの飯はまずい』だの『外に出歩きたいが金が無い』とか。不平不満を言い始める。匿ってもらっているくせに、元のお金が当たり前にある日常を忘れることが出来なかったらしいんだよ。


 そこで私の趣味が出る。


 『金をやるからけつを差し出せ』


 年齢的に中年が多いからね。顔に威厳があろうともけつあなはゆるゆるでさ。入れやすくて丁度善い。何よりも、あの屈辱めいた顔! あの顔! 金の為ならば何でもやるんだよあいつらは。一瞬の屈辱を我慢すれば、大金と平和な暮らしが手に入る。そう。彼らは一瞬で終わると思っているんだよ。


 甘いよ。


 甘ちゃんだよ。


 もちろん何回も何回もやる。すると徐々に徐々に、全ての中年が覚醒してくるんだよ。目覚めてくるんだ。威厳ある姿から堕落した中年へと変わり果てる。その変わっていく過程を見るのが私の唯一の趣味なんだ!


 分かるかい。Mr.ゲイター。私はゲイでは無いんだよ」


 多様性が重んじられるこの時代においても、目の前で興奮気味に話すペンギンは真の変態と言ってもいいんじゃないかなとワニは思いました。


「ちなみに、女性の役員はお断りしている。私は不倫をするつもりで一本にやって来たわけではない。丁寧にお断りして犬察庁に密告している。私は妻への愛だけは一途なんだ」


「なんて真面目なんですか! 遵法精神もしっかりと貫いている! 妻への愛は一途。なんて素敵な話ではないですか」


 ワニは本当に感動しました。ちなみに、ネズミが勝手にペンギンを買収したとか言っていましたが、実はwin-winの関係だったのだなあと、ワニは思いました。


 持ちつ持たれつの関係。


 どちらにも、やりたいことが、あるんだね。


 経済と性癖。どちらも重要で、どちらが優位とか他人が決めることでは無い。


「感動しました。あの、この顎の手術代ですが」


「うん? Mr.マウスから中年の飼育用の資金はたっぷり貰うから別にいいんだよ。気にしなくて」


「いえ。感動したので是非払わせてください。僕の我儘わがままに過ぎないのかもしれませんが」


 外出先で、裸一貫はだかいっかん褌一丁ふんどしいっちょうで出歩くのが好きな、筋肉の締まった人間を一人知っているので。


 来週中にも貴方にプレゼントしようと思います。Mr.ペングー。

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100万PV達成後に死ぬワニ 井上和音@統合失調症・発達障害ブロガー @inouekazune

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