最終話 後日談② 可能性

 ◇◆◇


 電車を降り、改札を抜けて目的地へと歩く。


 行き交う人はそれぞれの事情を抱えて各々の目的地へと向かっている。


 球場に向かうバスに乗り遅れた野球部の高校生達、営業に失敗した商社のサラリーマン、新製品の開発に成功した町工場の職人、ブラック企業をサボった限界が近い憐れな社員、娘の誕生日プレゼントは何がいいか考えている父親、不倫相手に会いに行く婦人、付き合ったばかりのラブラブカップル、互いに他の人が気になっているデート最中の別れの近い男女、それから友達との約束に遅刻しそうで慌てている女の子。ちなみに最後の女の子は日付を間違えているから、集合場所に行ったところで友達は待っていない。


 道を歩けば様々な人がいて、それぞれがそれぞれの人生を歩んでいる。あまり人の生活を覗き込むのもデリカシーに欠けるから、俺は人間観察は程々にして道を歩いた。


 今頃、灯也は水紀とデートだろうか。


(まったく羨ましい)


 別に俺も水紀が好きとか言うわけじゃ無い。水紀は尊敬に値する素晴らしい人間だとは思っているけれど。


 俺が羨ましいと思うのは、人並みのありきたりな幸せを満喫している灯也達のことだ。


 俺にとって、灯也はいつだって尊敬の対象だった。人当たりがよく、誰とでも仲良くなれる。その上、頭も良くて、俺の話を聞いて理解してくれた。幼い頃からずっと、灯也は俺と他の人達との緩衝材になってくれていた。もし、灯也がいなかったら、俺は孤立し、他の人間達と対立して、世界を恨む大悪党になっていたかもしれない。


 だから、俺は灯也に感謝しているし、是非とも幸せになってもらいたいのだ。その為なら、かなりの無茶だってやる覚悟はある。本人は自覚していないだろうけど、灯也は俺にとっての救いだったのだ。


 俺は目的の公園に到着した。そして、ベンチに座っている女の子を見て驚いた。


 寝癖のついた髪で、携帯を見てハッとしたその女子は、恥ずかしそうに周囲にこっそりと目をやった。平静を装いながら立ち上がり、帰ろうとする女の子に、俺は通りすがりに気まぐれで声をかけた。


「もうちょっとだけ待ってみたら?」


「え?」


 女の子は不思議そうに首を傾げたが、俺は不審に思われないうちにその場を後にした。


 その女の子は少ししてからもう一度携帯の画面を見ると、驚いたような顔をしてもう一度ベンチに座った。


 まさか、二人とも約束の日付を間違えるとはとんだ偶然だ。それほど似たもの同士なのかもしれないが、そんなミラクルそうそう起きるものでは無い。


(俺もまだまだだな)


 俺はさっき見た女の子が友達に会えないと決めつけた事を反省しながら、見知らぬ二人の幸運に笑みを溢した。


 ◇


 それから俺は気を引き締めて、もう一つのベンチに座っている男の元へ向かった。


 この公園は人通りもそこそこあるが、その男は全身黒い服に身を包みながらも、堂々と一般人に溶け込んでいた。抜群のスタイルに鍛え上げられた体だが、一見爽やかな“できる大人”といった印象で、穏やかな物腰は相手に警戒心を抱かせない。


 そんな男に対して、俺は最大限の警戒をしながら近づいた。


「やあ、創賀君。久しぶりだね。それとも初めましてと言った方がいいかな」


 俺に気がついた男は予定外の来訪にも関わらず、落ち着いて言った。


「随分と砕けた態度ですね。前に見た時は、畏まっていたのに」


 その男に最後に会ったのは、睡眠ガスによって朦朧とした意識の中だった。


「今は雇われの身では無いのでね。自由気ままさ」


 男は朗らかな笑みを浮かべて言う。しかし、俺がそんな見た目に騙されるわけがない。


 俺の警戒を感じとった男は、本来の鋭い目つきに戻り俺を見た。


「君には上辺だけ取り繕っても無駄だね。お互い忙しいだろうし、手短に済ませよう。君はいったい僕に何の用なのかな?」


 見当はついているくせに、男は形式的に聞いてくる。だが、手短に済ませる事には俺も賛成だった。単刀直入に俺は言う。


「夏目の施設から持ち出したデータ、大人しく渡す気はないか?」


「持ち出した前提か。それは少し心外だな」


 とぼける男にかまわず、俺は話を先に進める。


「あれは、夏目の資本力と設備、頭脳あってのものだ。データだけ奪っても再現はできないぞ?」


「そんなの承知の上さ。逆に、十分な資金や人材さえ有れば、再現どころかさらに技術を進歩させることもできる。データを欲しがる連中は大勢いる」


 男は俺を見て、楽しそうに目を輝かせる。


「君は見たくないのか? この技術が完成した先の世界を」


「危険すぎる」


 俺の言葉に男は笑みを浮かべる。


「その通り。彼は復讐のために開発したようだけど、それだけで終わらせるにはもったいない技術だ。俺が少し考えただけでも、すぐに十は悪用の方法を思いつく。じっくり考えれば、可能性は無限大だ」


 男は興奮気味に語る。


「この技術を使えば、誰でも殺人鬼に仕立て上げることができる。さらに行き着く果てでは、仮想空間と現実の境界は無くなり、生死の概念すらも覆る」


 男の眼には危険な野心が宿っていた。人に雇われて仕事に徹していたプロが、自身の意思で目的の為に動こうとしている。男の能力を考えると、厄介極まりない。


「その時、世界はただじゃ済まない。今の社会はそれに耐えらない。秩序は崩壊する」


 今のあたりまえの日常は、些細な幸せは根底から揺るがされる事になる。俺はそれを許すわけにはいかなかった。


「それが望みだ。ずっと探していた。この世界を壊し、ひっくり返す何かを。そして、見つけた」


 男は俺を見つめて、試すような口振りで言う。


「心配しなくても、新たな世界に人類は適応する。そして新たな人類として新たな文明を築き上げる。俺はあらゆる手段で目的を達成する。それを阻止したければ止めてみなよ、有村創賀君」


 男は懐に手を入れて立ち上がった。


「待て!」


 男は俺を一瞥して、去っていく。隠し持っている拳銃で周囲の人を撃つと暗に脅されているから、追うことは出来なかった。


 だが、今回の俺の目的は達成された。男が敵であることがはっきりした。それと同時に、これから俺が為すべきことも決まった。


「止めるさ」


 男の背中に言う。


(守ってみせるさ。灯也達が生きる今のこの世界を)


 俺も決意を心に、その場を後にした。


 途中、約束よりも一日早く会うことになった女の子二人とすれ違った。彼女達は楽しそうに歩いている。


 未来はどうなるか分からない。それでも、俺は自分の出来る事をするつもりだ。それが正しいかどうかは分からない。ただ俺のやりたいようにやるだけだ。


 風が強くなってきたのを感じた俺は、肩をすくめて帰路を急いだ。




 〜おわり〜

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幻罪 U0 @uena0

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