エピローグ
第37話 後日談① 雑談
◇◆◇
夏目が開催したデスゲームから解放されてから、数週間後。俺はカフェの一角でブラックコーヒーに口をつけた。夏目に貰った報酬のお陰で当面の金銭的な問題は無くなり、俺もバイト三昧の生活から解放されて、暇を楽しむ程度の余裕はできていた。
「ねぇ、鉄人、聞いた?」
向かいにいる花凛は、見るからに甘ったるそうなドリンクをストローで飲みながら聞いてくる。
「何を?」
「水紀と樋口君のこと」
「あー、最近よく会ってるみたいだよな」
「そうそう。そもそも中学の時水紀が告白できずに樋口君と違う高校に行ったのも、菜々子に対しての後ろめたさがあったからだろうし。再会したあの二人がくっつくのも時間の問題だよね」
花凛は遠くに目をやりながら言った。
「まぁ、お似合いなんじゃないの? っていうか、花凛だって坂本さんといつの間にか仲良くなってるよな」
「まあね。水紀いい子だし」
そうあっさり言うと、花凛はストローに口をつけた。
花凛が話し始める気配がないので、俺は話を振った。
「あの件に関してだけど、あの技術を公開しないの本当もったい無いよな。夏目もすっかり大人しくしているみたいだし」
夏目の開発したゲームの技術はとりあえず秘匿される事になったらしい。夏目も逮捕こそされなかったが、いろいろと怒られて反省しているらしい。しばらくは謹慎しているのだろう。
そんな事を考える俺の発言に対して、花凛は冷たい視線を向けて来た。
「鉄人って、そればっかりだよね。私としては沙霧の方が気掛かりだけど。あの二人がどうなるのか。二人にも幸せになってほしいけど、夏目が簡単に気持ちを切り替えられるとも思えないし……」
(まったくこれだから恋愛脳は)
と内心で思いつつも表には出さず、適当に返す。
「花凛が心配しなくても、あの二人なら勝手にうまくいくだろ」
俺の言葉に花凛は意外そうに見つめて来た。
(なんだよ!)
俺は不満は心の中でとどめて、平静を装ってコーヒーに口をつけた。
ふいにバイブレーションが鳴り、花凛は自分の携帯に目をやった。
次の瞬間、急に花凛の表情がパッと明るくなった。
「鉄人ごめん! 先輩から今から飲まないかって連絡きたから行ってくる!」
花凛は千円札を俺に渡すと、迷わず席を立った。
「あー、細かいのは今度調整ってことで」
慌ただしく店を出て行く花凛を見送り、俺はコーヒーの残りを飲み干した。
先輩というのは、花凛が最近熱を上げている大学の先輩だろう。
こっぴどく振られる未来が目に見えるが、今の花凛には何を言っても無駄だろう。
大きなため息を吐いてから、ふと考える。そういえば、有村はあれ以来忙しくしているみたいだが、何をしているかは分からない。有村くらいの天才になれば、どんな些細な問題も簡単に解決できるのだろうか。
そんな時、俺の携帯の着信音が鳴った。弟からの連絡に俺は少し不審に思いながら電話に出た。
「
弟は慌てたような声で言う。
「兄ちゃん大変だ!」
弟は声を顰めているようだった。
「どうした? 何があった?」
俺は嫌な予感がして聞き返すと、数希は答える。
「さっちゃんが同い年くらいの男と歩いてた」
「何だって!?」
つい声を大きくしてしまったが、俺は周囲を気にして声を抑えた。『さっちゃん』とは俺の妹のことだ。
「相手はどんな奴だ? どんな様子だった?」
「顔はよく見えなかったけど、仲良さそうに手を繋いでた」
俺は立ち上がって、帰る準備をしながら言う。
「すぐ帰る、詳細はその時に」
電話を切って店を出た俺は、家までの道を急いだ。もし妹にカレシができたのだとしたら一大事だ。
道中、高校生のカップルとすれ違った。俺が通っていた高校の制服を着ていたが、妹のことがある今は懐かしんでいる場合では無い。
(まったく、どいつもこいつも……)
だがその時、ふと冬月菜々子の顔が浮かんだ。いつだったかすれ違い様に見たその顔は、幸せそうな笑顔だった気がする。
フッと笑みを溢して、俺は穏やかな気持ちで道を歩く。
(この日常も悪くない、か)
あたりまえを噛み締めて、俺は家族の待つ家へと帰った。
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