第36話 真実

 それから俺達は中央の部屋に舞台を移した。拳銃や凶器になりそうな物は、夏目の手が届かない所に安全に保管してある。


 俺達七人は全員が生きた状態で、話し合うために向かい合っていた。


「まず、聞かせて、あなた達が復讐にいたった動機を」


 田城さんの言葉に、夏目は機嫌が悪そうに答える。


「菜々子が死んだ原因が、お前達にあるからだ。だから、僕は復讐する事にしたんだ」


「俺には本当に心当たりが無いんだ。いったいどういう事なのか教えてくれないか?」


 俺が聞くと、夏目は気まずそうに表情を歪ませた。


「英夢君……」


 宮野さんに促されるようにして、夏目は渋々といった感じで話し始めた。


「全ては、樋口が菜々子の告白を振ったことから始まった。あの日から菜々子はおかしくなっていったんだ」


「えっ、ちょっと待て。告白って? 何の事だ?」


 俺は何の話か全く分からず戸惑った。それに対して、夏目は不審そうな目を向けてきた。


「覚えてすらいないの? 中学3年の冬、一度菜々子に放課後の教室に呼び出されたことがあったでしょ」


 俺は必死に記憶を辿った。


「あー、そういえばあったな。あの時は、何か冬月さんの様子が変で、俺も少し心配したんだ。勝手に謝って、部屋を飛び出して行っちゃったから。何だったのか、不思議に思ったんだよな」


「え? その時、告白されたでしょ?」


 夏目は疑うように俺を見てきた。


「いや、されてないよ」


 俺が答えると、夏目は戸惑ったような表情を浮かべた。


「じゃあその後、坂本さんと話してたのは? いったい何の話をしていた?」


 夏目に話を振られた水紀は答えずらそうに俯いた。しかし、覚悟を決めたように顔を上げると、ゆっくりと話し始めた。


「あの日、菜々子ちゃんは灯也に告白するはずだった。そこまでは夏目君の言った通りだよ。だけどね、私がどうなったのか聞いたら、菜々子ちゃんは告白しなかったって答えたの」


 そこで水紀は俺に一度目をやると、気恥ずかしそうに視線を逸らして話を続けた。


「あの頃、私も灯也が好きだったけど、そこはお互い遠慮とかしないようにしようって菜々子ちゃんとは話してたから、何で告白しなかったのか問い詰めたの。あの日は間違いなく告白のチャンスだったし、私に気を遣ったんじゃ無いかって思って」


 俺に関する重大な発言が飛び出した気がしたが、今はそれよりも冬月さんの話の方が大事だから、俺は聞き返したい気持ちをぐっと堪えた。


 一方の水紀は、思い詰めたような暗い顔をして、重たく話を続ける。


「そしたらね、菜々子ちゃん、言ったの。自分は病気で長くは生きられないから、告白なんてできないって」


 時が止まったような沈黙の時間が流れた。


「もちろん、私も最初は嘘だと思って聞き返したよ? だけど、菜々子ちゃんの表情からはとても嘘だとは思えなくて……」


 動揺した夏目は、焦ったように言う。


「嘘だろ? そんな、ありえない」


「本当よ。菜々子は心臓に病気を抱えていた」


 そう答えたのは田城さんだった。


「嘘だ! だって田城さんは、菜々子を虐めていたじゃないか。だから菜々子は心を病んで……」


「何のこと? 私は菜々子をいじめてなんていないわ」


 田城さんは不審そうに顔を顰めた。


「僕は見た。菜々子が田城さんに暴力を振るわれていたのを」


「暴力? ああ、あの時ね……」


 田城さんは昔を懐かしむように、寂しそうな顔をした。


「確かに叩いたのは、私もやり過ぎたと思ってるし、ちゃんと謝ったわ。あの時は菜々子が馬鹿なこと考えていたから、つい」


 周囲の視線を感じて、田城さんは説明する。


「菜々子、自分は早く死んだ方がいいんじゃないかって言ってたのよ。病気でどうせ死んでいなくなるなら、早くいなくなった方が周りのためなんじゃないかって。菜々子の家も金銭的に裕福ってわけでもなかったし、治療費もかかる。治療法の心臓移植だって、誰かの命を使う。自分はそんな資格ないって」


 重苦しい空気が俺達を包んでいた。そんな空気をぶったぎるように、田城さんは声を大きくしてはっきりと言う。


「だから言ってやったのよ。馬鹿じゃないのって。誰もそんな事望んでいない。少しでも長く、できればずっと菜々子には生きていて欲しいに決まってるって。少なくとも私はそうだって」


 全て俺の知らない話だった。冬月菜々子という人間が抱えていた問題について、俺は一切知らなかった。


「でも、菜々子、私達には一切病気の事教えてくれなかった」


 辛そうにそう言ったのは宮野さんだった。

 

「あなた達だからこそ、菜々子は言えなかったのよ。特に仲の良かったあなた達だからね。関係が変わってしまうのが怖かったんじゃないかしら。実際、私は病気の事を知ってから、どう接して良いか分からなくなったし」


 田城さんの言葉には実際の経験に基づく重みがあった。


 話を聞いていた夏目は、菜々子の真実に打ちのめされたように虚空を見つめながら呟くように聞く。


「じゃあ、樋口君に告白した後、元気が無くなったように見えたのは……」


「一番の原因は自分の病気を知ったショックだと思う。病気だとはっきり知ったのは、ちょうどその頃だったみたいだし」


 水紀が答えた。


「人を避けるようになって、高校に入ってからも一段と元気が無くなったのは……」


「精神的にすっかり病んでいたのはあるでしょうけど、あの子の性格なら、余命いくばくもないのに人と関わる事に躊躇いがあったんでしょうね」


 田城さんが答えた。


「あの遺書は……」


「いつ発作が起きておかしくないから、念の為に遺書は定期的に書いていたみたいだぜ。まぁ、夏目に渡った遺書は死の直前に書かれたものらしいけどな」


 創賀が答えた。


 夏目は自嘲するように乾いた笑いを浮かべた。


「全て、僕の誤解だったってことか。誤解で僕は復讐をしようとしていたのか……」


 静寂の中で、苦しそうな夏目の切ない笑い声だけが広がった。


 ふいに、夏目は目を見開いて顔を上げ、純粋な瞳で尋ねた。


「それで、菜々子はどうやって死んだんだ? 菜々子の本当の死因って? あの日、いったい何があったんだ?」


 その問いに答えたのは、木戸だった。


「あの日、冬月さんが自分の意思で家を出たのは確かだ。俺の親父もすっかり精神的におかしくなってた。死は救いだ、なんて口走る事もよくあったくらいだ。それはともかく、どんな経緯で知り合ったのか、希死念慮があった冬月さんは親父と時々会っていたみたいだった」


 木戸は少し口が重いようだったが、それでも話を続けた。


「これは最近知った事なんだが、死に肯定的だった親父でも、誰かの為に自殺するのは馬鹿のする事だって、冬月さんの死に対しては反対していたらしい。あの日も親父は相談を受けていたみたいだが、最後には冬月さんも前向きに本気で生きる決意をしていたんだ。だが、その直後に発作が起きたんだ……」


 木戸の言葉はそこで途切れ、創賀が話を引き継いだ。


「木戸君の父親は、自分が殺したも同然だと思ったそうだよ。人目を忍んで夜中に会っていたのは事実だしね。現場に到着した警察は状況から誘拐と殺人と判断して、木戸君の父親を現行犯逮捕したけど、死因が心不全だと判明して、すぐ釈放されたようだよ。その代わり、その時の状態から精神病院には入院することになったようだけど」


 創賀の説明に木戸も頷いた。


「つまり、菜々子は病気で亡くなったってこと?」


 夏目の問いに、創賀はシンプルに答える。


「ああ」


 それから沈黙の時間が流れた。真実を理解し受け止めるためのその時間は、彼らにとって必要不可欠だっただろう。己の過ちに気づいた後に訪れる後悔と苦痛は、俺には想像できない。


 全てを知った夏目は目を伏せて静かに言う。


「僕は本当に愚かな罪人だったってことか。間違った思い込みでみんなを殺そうとした。……どんな罰でも受け入れるよ。もともと死ぬつもりだったんだ、殺されたって恨みはしないさ。なんだったら、今すぐにでも僕自身の手で……」


「馬鹿なこと言わないで!」


 そう叫んだのは宮野さんだった。


「私だって、誤解したまま英夢君に協力していた。あなただけの罪じゃない。私は共犯者だよ。勝手に全部一人で背負わないでよ」


 それから、宮野さんは目に涙を浮かべて震えた声で言う。


「それに、私は英夢君に死んで欲しくない」


「沙霧、君は……」


 夏目は驚いたように宮野さんを見て、瞳を揺らして俯いた。


「そうだ、ここにお前の死を望んでいる人間なんて一人もいない。それに、お前はまだ誰も殺していない」


 俺は事実を述べた。夏目はまだ、取り返しがつくはずだ。


「灯也の言う通りだ。お前は極悪非道な殺人鬼ってわけでもない。そもそも、五十音順とかいうあの死の順番を選んだって、宮野さんを生き残らせるためだったんだろ? その良心のおかげで、俺は夏目の計画を確信し、止められたと言ってもいい」


 創賀が人をここまで直球で慰めるのは珍しい。


「有村君、僕を止めてくれてありがとう」


 夏目は優しい顔で、創賀に感謝を伝えた。その時、俺の脳裏をよぎったのは中学時代の夏目の姿だった。


(そうだ、夏目は元々優しくて純粋なやつだったんだ)


 俺は思い出に浸ると同時に、現実とのギャップに時の流れを感じた。きっと誰もあの頃と本質は変わってはいない。それでも、冬月菜々子という一人の人間の死によって、現実は大きな影響を受けて歪んでしまったのだ。


「それはそうと、夏目、木戸徹数に対してはどんな復讐をするつもりだったんだ? 彼が一番の復讐の相手だったんじゃないか?」


 創賀の質問に、夏目は神妙な顔で言いづらそうに答えた。


「あー、それは、このゲームで収集した死のデータを全て体験した後で死んでもらうつもりだった。死を望んでいるような人間に対する復讐には、苦痛と死ねない絶望がいいかと思って。僕が死んだ後に、自動で実行されるようにしてあるんだ」


 その発想に俺はゾッとして、震えた。


「夏目、お前、復讐の才能あるよ」


 俺の言葉に、夏目は嬉しくなさそうに苦笑いした。


「ってことは、親父も捕まってるのか!?」


 木戸は驚いたように、夏目に詰め寄った。


「うん」


「はやく解放してくれ! 親父も最近ようやく調子良くなって来たんだ」


「うん、もちろんだよ」


 ◇


 その後、夏目は中央の部屋にあった隠し扉から、俺たちを解放してくれた。


 施設の外に出た俺は森の匂いに鼻をくすぐられながら、大きく伸びをした。現実では一日くらいしか経っていないのに、解放感がとてつもない。


(考えてみれば、あの3周の記憶があるのは俺だけなのか)


 夏目自身も基本的に周毎に記憶をリセットしていたと言っていた。思い出すだけでも、ゾッとするような体験だったが、あれは全部ゲーム内の出来事だ。俺は全て幻だったのだと思うことにした。間違っても、あり得たかもしれない可能性の一つだとは考えないようにした。


「樋口君、ごめんね。大変な思いをさせちゃった」


 ふいに、夏目が深刻そうな顔で俺に謝って来た。

 その様子を見て、俺は明るく取り繕って答えた。


「そんなに気にするな。誰も傷ついていないんだし、ちゃんと反省してくれれば俺はそれで十分だ。それにめっちゃすごいゲームだったぜ。さすが夏目だ」


 俺が言うと、木戸が口を挟んできた。


「そうだぜ、この技術があれば、めっちゃ稼げるんじゃないか?」


「ちょっと鉄人、何言ってんの!?」


 田城さんは木戸に軽蔑するような冷たい視線を向けたが、本気ではないだろう。


 夏目は愛想笑いをしてから、木戸に言う。


「木戸君、約束通り報酬は払うから安心して。お詫びも兼ねて多めにね」


「マジか! サンキュー!」


「鉄人、調子に乗らないの! 沙霧も何か言ってやってよ!」


 田城さんに声をかけられた宮野さんは、少し考えてから真面目な顔をして言う。


「必要なら皆さんにも、十分なお詫びはします」


 反省して落ち込んでいる様子の沙霧を見て、田城さんは慌てたように言う。


「いやいや、そんなのいいから。とりあえず今は、パーっと明るく行こう! 沙霧も復讐から解放されたんだからさ。ほらっ、森だって自由だって感じじゃん」


 宮野さんは首を傾げているようだが、そんな様子を横目に俺は夏目に声を尋ねた。


「夏目、一つ聞いていいか?」


「何?」


「どうして、俺が殺人鬼役だったんだ?」


 俺に対して一番恨みがあったという事なのだろうか。俺はそれがずっと気になっていた。


「あー、それはね、菜々子の死を樋口君が知らなかったからだよ。坂本さんだって、菜々子の死を知ってそれなりに傷ついていたみたいだったし。君だけが、菜々子の死にも自分の罪にも気がつかずに、呑気に楽しそうに日常生活を送っていたから。だから、罪に苛まれながら死んでもらおうと思ったんだ」


 そこまで言って、夏目はハッとしたように慌てて付け加える。


「でも結局、僕の思い込みで、樋口君は何の罪も無かったわけだし。復讐に囚われてた僕の、気の迷いだから。気にしないでね、今は全然恨んでなんかいないし」


 夏目はそう言っていたが、俺は少しだけ心に引っかかるものがあった。本当に俺は何も罪を犯していないのだろうか。少なくとも、ゲームの最終周で俺は五人を殺したはずなのだ。その記憶は無いが、俺の知らない俺はいったいどんな気持ちだったのだろう。


 その時、ふいに知らない低い声が聞こえて来た。


「殺されかけたというのに、仲良くするとは随分とな人間達だな」


 振り返ると、暗く澱んだ瞳をした中年の男が立っていた。どこか木戸に似ている容姿のその男は、木戸徹数だろう。


「己の罪にすら気がつかない人間たちか。いい気味だな」


 そう言って不気味な笑みを浮かべた男の瞳は、澄んでいるようにも見えた。その瞳を見た俺は、本能的に近づいてはいけないと恐怖を感じた。少しでも踏み込めば取り込まれて、二度と戻って来られないような気がした。


「徹数さん、所詮しょせんは幻の罪でしょう? 気にしてもしょうがないよ」


 創賀はあっけらかんとして、木戸の父親に声をかけた。その言葉に男も笑みを浮かべた。


「フッ、そうだな」


 その人間離れした二人の会話に気を取られていた俺に、水紀が声をかけて来た。


「灯也、沙霧ちゃんと夏目君が呼んでるよ。菜々子ちゃんの遺書、取ってあるんだって」


「遺書?」


「うん、行こ?」


「ああ」


 俺は後ろの二人を残して、水紀と共に歩いて建物の中に戻っていった。


 俺は冬月菜々子に対して何も出来なかった。それでも、彼女の最後の言葉に耳を傾けるくらいはできる。


 そして、これからも残された俺達は生きていくのだ。彼女の思いと幻の罪を背負って。


 




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