第34話 対決
僕は施設の入り口の扉を開いて、有村君を迎え入れた。
有村君は自動で開いた扉に笑みを浮かべて監視カメラに目配せしてから、特に警戒する様子も無く施設内に入ってきた。
僕はスピーカー越しに語りかけた。
『なんの用かな。客人を招いた覚えはないが』
「そんな寂しいこと言うなよ。中学の同級生じゃないか、夏目英夢君」
有村君が僕の周りを嗅ぎ回っているという報告は受けていた。僕も簡単には見つからないように手は尽くしたつもりだったが、ここまで辿り着くのも彼の天才的な能力なら可能だったのだ。
「とぼけても無駄みたいだね。どうしてだ? なぜここが分かった?」
「きっかけは水紀から、最近監視されている気がするって相談を受けてな。それから色々と探ってみたんだ。そしたら夏目に辿り着き、会社の極秘開発中の技術を持って最近姿を眩ましたって情報を得てな」
創賀はすらすらと、普通の事のように話し続ける。その情報だって、普通の人間なら到底得られるものじゃない。
「ここの場所は、君の雇った実行犯の下っ端から聞き出したよ」
それを聞いて、僕は雇った男の方に疑惑の視線を向けたが、実行部隊を統括しているその男は首を横に振った。男は部下の教育を怠る人間でもないし、そもそも秘密を漏らすような人間は使わないはずだ。
そんなコチラのやり取りを見透かしたように、有村君は言う。
「君が雇った男に非はないさ。実際、途中で車を変える慎重ぶりで、車に取り付けたGPSも役に立たなかったからな。だが、場所を知っている以上、口にはしなくても質問されれば自然と体のどこかにサインは出るものさ。もともとおおよその候補地はいくつかに絞れていたってのもあるけどな」
やはりこの有村創賀という人間は、さながら小説の探偵レベルの能力を持ち合わせているようだ。
「それで、拉致した水紀や樋口達はどこにいるんだ?」
飄々とした有村君の態度に、僕はこれ以上、言葉を交わすだけでも危険だと感じた。
『ちょうどいい、有村君にも参加してもらおうと思っていたんだ』
その言葉に有村君は警戒するように顔を顰めたが、もう遅い。既に彼のいる部屋にはガスが充満している。
「待て、話したい事が……」
『是非、僕のゲームを盛り上げてくれ』
腕で口を覆いながら膝をついた有村君を見て、僕は男に指示を出す。
「行ってくれ」
「はい」
男が意識を失いかけの創賀を回収しに行った後、沙霧が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫なの? 有村君にあそこまで知られてて」
「大丈夫だ。ダミーの記憶データを大量に送り込めば、ここ最近の記憶をあやふやにできるはずだ。それよりも、彼を利用した方が有益だ。彼の分の部屋も用意しておいてよかったよ」
「まさか、有村君が来る事も想定内だったって事?」
「まあね」
有村君には菜々子に関して恨みはない。だが、幼馴染の親友を組み込んだ方が、樋口の絶望もひとしおだろう。それに、完全クリア条件の達成の為にも良い働きをしてくれるだろう。強いてなすりつけるなら、有村創賀の罪は、あれ程の能力を有していながら冬月菜々子の死を止めなかった事だろう。もし、彼が見て見ぬふりをせず本気で解決しようとすれば、大抵の問題は解決してしまうのだから。
やや理不尽ではあるかもしれないが、彼の方から首を突っ込んで来たのだ。僕の計画の邪魔をするつもりなら、容赦はしない。
これで準備は整った。田城花凛も既にゲーム内に取り込み済みだ。
「ありがとう。もう十分だよ。報酬は既に口座に振り込んであるから」
雇った男に暇を出してから、僕達もゲーム内に完全に潜る準備に入った。
「英夢君、私……」
「大丈夫、全てうまく行く。じゃあ、また、ゲーム内でな」
「うん」
先に眠りについた沙霧を見ながら呟く。
「さよなら、沙霧」
沙霧はここまで文句も言わず、僕の無謀とも言える計画にずっとついて来てくれた。それもきっと、菜々子への想いの強さ故なのだろう。
次に僕達が目覚めるのは、最後にして唯一現実世界で行われるデスゲームの舞台だ。
(菜々子、もうすぐだ。もうすぐ、全て終わる)
そうして、僕も眠りにつき、何度も繰り返される長いデスゲームに参加した。
◇◇◇
ゲームの最終周が望み通りの結末を迎え、僕は現実世界のデスゲーム会場にある『7』番の部屋のベッドの上で目を開いた。時刻は15時、他の人達が目覚める時刻もゲームと同じになるように調整してある。
そもそも、僕が完成させた技術は、超高精度の物理演算やAIといった諸々の技術を組み合わせて構築した現実そっくりの仮想世界に脳を接続して、コンピューター上でシミュレーションするものだ。仮想現実内で参加者に生じる微妙な違和感に対しては、人間に本来備わっている知覚や認知の補正を参加者それぞれから随時読み取り、感覚にも反映させる事で、現実と変わらない感覚体験を可能にした。
コンピューター上での計算だから、これまで何度も繰り返したゲームも現実世界では、数時間しか経過していない。それでも、出来上がった記憶データをそれぞれの脳に転送すれば、本人にとっては実際に経験したという記憶が残るのだ。
今回は最後から二番目の周の終了時の記憶データを各々の脳に転送している。
今、仮想現実上の最終周の開始時と同じ状態で始まり、これから最終周の通りに現実は進行することになる。
全ての準備は終わっている。シナリオも結末も決まっている。
(これで最後だ)
こうして、僕はこの現実で行われる最後のデスゲームに臨んだのだ。
◇
僕が部屋を出た時には、既に六人で、一人欠けていた。
最初にこれが現実と知らない樋口の手に掛かって死んだのは、有村創賀。続いて、木戸鉄人も毒殺され、夜には坂本水紀と田城花凛も殺された。
ここは現実、死者は蘇らない。樋口は自覚も無いまま罪を重ねているのだ。
それから翌朝、殺人鬼の樋口に睡眠薬を盛られた僕は数時間眠り、16時前に自室で目を覚ました。僕の前には樋口がいて、銃口を僕に向けていた。
「どうして? 樋口君……」
まるで樋口が全ての犯人だったと悟ったように、絶望的な表情を浮かべる演技をした僕に、樋口は神妙な面持ちで答えた。
「本当になんて説明したらいいのかは分からない」
僕は沈黙して俯いた。樋口は完全に騙されている。全てが計画通りで、僕は溢れそうになる笑みを必死で堪えた。
「けど、少なくともお前は悪くないよ」
(それは違う。これは全て僕の罪だ。そして君の罪でもある)
これから僕は樋口に撃たれて死ぬ。樋口の立場を考えると、僕が樋口に殺されるというのが一番ふさわしい。
そのあとで、樋口は自分の犯した罪を自覚し、絶望の中で自ら命を絶つのだ。
(菜々子、ごめん。きっと君はこんな事望んではいないだろう)
でも、それでも、僕は罪を
他にいくらでも生き方はあっただろうし、この道を選択したのは僕だ。これは僕の選んだ復讐であり、罪であり、罰なのだ。
16時、僕の人生が終わる時が来た。
結局のところ、僕の望みは、ただこのシナリオを完成させたかっただけなのかもしれない。もしかしたら、僕のこの渾身のゲームを君にプレイして欲しかっただけなのかもしれない。
「樋口君……」
僕は
そして、樋口は引き金を引き、銃声が響き渡った。
◇
僕は驚愕して、
「どうして?」
樋口が撃った銃弾は、僕から大きく外れ、僕の背後の壁に着弾していた。
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