第29話 夢か現か

 宮野さんは俺を待つように机に寄りかかりながら、部屋に一人で佇んでいた。彼女の少し変わった雰囲気に、俺はすぐに納得できる答えを見つけた。


 おそらく夏目を殺した俺を、みんなの事を殺した殺人鬼の俺を憎んでいるのだろう。それだったら、宮野さんに殺されて終わるのも有りかもしれないと、俺は考えた。


 しかし、宮野さんは俺を見ると、寂しそうな笑みを浮かべた。その様子に俺は妙な胸騒ぎがして、すぐにでも拳銃自殺して、条件を達成させた方がいいのではないかと理由無く焦りを覚えた。


「待って」


 宮野さんが俺の心を見透かしたように言った。


「少しくらい話をしたっていいでしょう? それでも結果は変わらないんだから」


 優しく微笑んだ宮野さんの様子は、俺には不気味に見え、その異様さに恐怖すら感じた。


「話ってなんだ?」


 俺は宮野さんに対して警戒心を向けたが、宮野さんは拳銃や包丁といった凶器を持っている様子も無く、ただ話をしたいだけに見えた。


 宮野さんはゆっくりと口を開くと、穏やかに言う。


「樋口君って、本当に純粋だよね」


 そこには俺を馬鹿にするような語調が含まれていた。


「どういうことだ?」


 俺が訝しげに尋ねると、宮野さんは声を少しだけ大きくして言う。


「強制連行するようなゲーム運営だよ。どうして、そんな相手の言う事を、簡単に信じられるのかなぁ」


 その言葉に、俺は足場が崩れていくような、嫌な感覚に襲われた。


「どういう、意味だ?」


 俺の表情が揺らいでいるのを見て、宮野さんの顔は明るくなった。


「気がついていないようだから、教えてあげる。まぁ、気がつきようがないんだけどね」


 それから、宮野さんは意気揚々と高らかに言った。


「これはだよ? ゲームの中じゃない。時間を巻き戻す事も、無かった事にもできない、紛れもない、なんだよ?」


 宮野さんはそう言って笑い出した。目に涙を浮かべ、腹を抱えて笑う宮野さんの姿は、俺には悪魔のように見えた。


 俺はその言葉の衝撃に打ちのめされて、茫然と目の前の魔女を見つめた。


 宮野さんはそんな俺の様子を見ると、涙を拭きながら心配そうな表情で言う。


「あれ、理解できてない? それとも現実を受け止めきれてない? もう、誰も生き返らないんだよ?」


(ここが、現実世界? もう、誰も生き返らない?)


 俺は頭の中で、宮野さんの言葉を反芻する。

 そんな俺に、宮野さんはさっきまでの大げさな演技をやめて、真面目な顔で淡々と説明した。


「ゲームの最後の周では、現実世界に戻るようにあらかじめ設定されていたの。そもそも、あの仮想現実はここをモデルに造られたものだから、現実に戻ったところで誰もそれに気がつかない」


 俺はその言葉の意味を、全てを理解した。


(だとしたら、俺がやってきた事って……)


 俺は脳がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられるような苦痛を覚えた。


(俺は、本物の殺人鬼だ)


 俺は膝から地面に崩れ落ち、頭を抱えた。


「あっ、あっ」


 俺の手は血で真っ赤に染まっていた。これまで殺してきた五人の友人達の怨念が体に纏わりつき、背負った十字架の重さに、俺は押し潰されてしまった。


 叫ばずにはいられなかった。


 絶望の中で、罪悪感に飲み込まれ、息はできない。見開いた眼球からは涙が滲み出て、視界を歪ませた。


 俺は耐えきれなかった。許容量を遥かに超えた感情の負荷に、俺の心は壊れた。


 声は枯れ、涙も尽きて、心まで使い果たした俺は、ようやく顔を上げた。


「どうして?」


 掠れた声で、宮野さんに尋ねた。

 俺が苦しむ姿を平然と見ていた宮野さんは、感情の無い冷たい目をしていた。


「なんで、こんな事を? いったい何の恨みがあって?」


 擦り切れた俺の最後の疑問に、宮野さんは真剣な表情で真っ直ぐに答えた。


「冬月菜々子。あの子はあなた達のせいで死んだの」


 宮野さんは言葉に気持ちを乗せて喋っていた。


「だから、これは私達の復讐」


 その言葉が、二人だけの部屋に広がった。


 それから、宮野さんは俺の元に歩いて近づいてきた。宮野さんは、俺が落とした拳銃を拾い上げると、それを俺の手に押し付けた。


「あとは、あなたが死ねば完成する」


 宮野さんはその底の見えない深い瞳で、俺を見つめながら告げた。


 正直なところ、冬月菜々子の死に関して、心当たりは無かった。けれど、俺はそんな事はもうどうでも良かった。

 ただ少しでも早く、消えたかった。全ての罪を消したかった。現実を夢にしてしまいたかった。


 そうして、俺は拳銃の引き金を引いた。




 ◇◆◇


 樋口灯也の死を見届けた宮野沙霧は、彼が消えた後に残った静寂の中で、天を見上げた。


「これで良かったんだよね……」


 微かに不安げなその言葉に返答は無く、それを最後に静かにゲームは幕を閉じた。


 ◇◆◇

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る