第28話 仕上げ
俺がハッとして目を覚ますと、時計の針は9時半頃を指していた。三周目の二日目に夏目が俺を起こしたのは10時過ぎだったから、ちょうど良い頃合いだろう。俺は少し待ってから部屋を出て、『6』番と『7』番の部屋のある廊下へと向かった。するとそこでは、ドンドンと扉を叩く音が鳴り、『7』番の部屋の扉に貼られた木の板が外れかかっていた。
「夏目! 今開ける!!」
俺は扉の前に駆け寄って部屋の中に向かって叫んでから、木の板を外した。
「樋口君。ありがとう」
部屋から出てきた夏目は少し息は切らした様子だった。きっと随分前から扉を開けようと頑張っていたのだろう。
「夏目君、出られたの?」
反対側の『6』番の部屋から声が聞こえて、俺が返事をする。
「宮野さん、今開けるから!」
俺は木の板を剥がそうとしたが、思った以上に固い。自分でやった事だから文句は言えないが、数時間前の俺のことが少しだけ恨めしかった。俺は全力で何度も引っ張って、ようやく板を外すことができた。
「ありがとう、樋口君。大丈夫?」
部屋から出てきた宮野さんは、ゼーゼーと息を切らしている俺を心配そうに見ながら言う。
「ああ、もう大丈夫だから」
俺が呼吸を整えながら返すと、夏目が聞いてきた。
「樋口君の部屋の扉は塞がれてなかったの?」
「いや、俺の部屋も塞がれてた。何とかぶち破れたんだけど」
こんな時のために、木の板が貼られていた痕跡はちゃんと残してある。
「じゃあ、誰がこんな事を……」
表情を曇らせる宮野さんに俺は答える。
「まぁ、普通に考えると、残りの二人、水紀か田城さんのどっちかって事になるけど……」
「二人は今どこに?」
「いや、俺も部屋から出てきたばかりだから、会ってないな」
それから俺達三人はまず、『5』番の田城さんの部屋に向かった。
「この部屋には木の板が貼られてないみたいだね」
「ああ」
夏目の言葉に、俺は不審がるような低い声で返事をした。それから、部屋をノックする。
「田城さん? 起きてるか?」
しかし、何度ノックしても返事は無かった。田城さんは部屋の中で亡くなっているのだから当然だ。
俺はドアノブに手をかけて、鍵がかかっていない事に気がつくフリをした。
「鍵がかかってない」
俺は嫌な予感に警戒するような表情を浮かべて、扉を開けた。
「そんな……」
夏目の呟きと宮野さんの息を呑む声が聞こえた。
「クソッ!」
俺は悔しそうに壁を叩いてから、部屋の中に入っていくと、宮野さんもおそるおそるといった様子でついてきた。
「やっぱり、死んでる」
宮野さんは田城さんの亡骸を見て、悲しそうに呟いた。それから泣きそうな潤んだ瞳で、答えを求めるように俺の方に視線を向けた。
俺は心痛の思いを表に出しながらも、真剣な表情で周囲を見渡しながら状況を説明した。
「机の上に、『5』番の鍵と一緒に『3』番の鍵も置かれているから、きっと田城さんと水紀の間に何かあったんだろう」
それから俺は『3』番の鍵を取ると、田城さんの遺体の前で悲しそうにしている宮野さんと、部屋の外から不安げに様子を伺っている夏目に声を掛けた。
「『3』番の部屋に行ってみよう。そこで何があったかはっきりするはずだ」
俺達三人は『3』番の部屋に向かったが、当然ながら部屋をノックしても反応は無い。そこで俺は、『3』番の鍵を使って扉を開けようとして見せた。
「ダメだ。壊れてる」
「じゃあ、ひょっとしてこのまま……」
宮野さんが暗い顔で言った。
「ああ、おそらく、中で水紀は死んでいる」
そう辛そうに言って俺は迫真の演技で悲しんだ。とはいっても、実際、部屋の中で水紀は死んでいるわけだし、それを想像したら自然と涙は
それから俺達は一度中央の部屋に戻った。
「いったい何があったんだろう?」
夏目の疑問に、俺は用意していたいつものシナリオを説明した。
「恐らく、水紀が犯人だったんだろう。それに気がついた田城さんは、水紀の部屋に行ってそこで揉めた結果、水紀を殺してしまった。そして、その後でそれを悔やんで自ら命を絶ったんだと思う」
「でも、拳銃は? 金庫を開けるには鍵が二つ必要でしょ?」
「多分それは、鍵がもう一つあったんだと思う」
「え?」
「さっき自分の部屋を出る時に気がついたんだけど、向かいの洗面室の扉にも他の部屋と同じく鍵穴がついてたんだ。だから元々鍵は八本あったんだと思う。それを水紀が俺が鍵を配る前に取っていたんじゃないかな」
俺の説明を聞いた夏目は黙って考え込み、頭を整理しているようだった。
すると、それまで黙って話を聞いていた宮野さんが疑問を口にした。
「何があったかは大体分かったよ。たぶんそれで筋は通るもの。だけど、水紀ちゃんがこんな連続殺人をした理由は何なの?」
その質問に俺は頭を悩ませた。その回答は用意していなかった。そこで、俺は開き直って、難しい顔をして言った。
「それは分からない。俺も水紀が殺人なんてするとは思えないんだ。だけど、思い返してみると、水紀の様子もどこかおかしかった気もするし、ひょっとしたら誰かに脅されていたのかも……、二人は何か知らない?」
俺の問いに二人は首を横に振った。二周目で水紀が殺人鬼となった理由の手がかりを得よういう俺の淡い期待は、すぐに砕け散った。
一通りの話を終えた俺は、気分を切り替えようと提案した。
「みんな、とりあえず何か食べない? 朝から何も食べてないし。少しはお腹を満たして、それからこれからどうするか考えよう?」
俺の提案に二人とも渋々と頷いた。もう殺人犯は濡れ衣を着せられた水紀として死んだ事になっているし、ただ時間が過ぎるのを待つという選択肢もあったが、いつ二人が俺を疑い出すかも分からない。そこで俺はより確実に最後まで犯行をやり遂げるため、二人の飲み物に睡眠薬を盛った。
眠りに落ちる二人を見ながら、俺は静かに時計に目をやった。次の殺人を行える16時まではあと5時間程度だ。
(あとは時間が過ぎるのを待つだけだ)
そうして、極度の緊張から解放された俺は、朝昼兼用のトーストをのんびりと口に運んだ。
◇
四周目の二日目15時55分頃、『7』番の部屋の中で、俺は目を覚ましたばかりの夏目に拳銃を突きつけていた。
「どうして? 樋口君……」
絶望的な表情を浮かべる夏目に、俺は神妙な面持ちで答える。
「本当になんて説明したらいいのかは分からない。けど、少なくともお前は悪くないよ」
俯いて沈黙した夏目の顔は見えず、何を考えているのか分からなかった。しかし、申し訳ないが、俺達全員が解放される為には一度死んでもらわないといけない。
夏目は生存を諦めたかのように動かず、時間だけが刻々と過ぎていった。
そして16時、俺が拳銃の引き金を引こうとした時、夏目が顔を上げて俺を見た。目には涙が浮かべ、歪な笑顔を俺に向けてくる。
「樋口君……」
俺は最後まで聞かずに引き金を引いた。銃声と血が部屋に広がった。
最後まで夏目の言葉を聞けば、
(大丈夫だ、またすぐに会える)
俺はそう自分に言い聞かせて、悲鳴をあげる心を落ち着けた。
(あとは、俺が死ねば条件達成、完全クリアだ)
俺は『7』番の部屋を出た。すぐにでも死ぬ選択肢もあったが、いざ自分に拳銃を向けるとなると、それなりの勇気は必要だ。それに夏目の遺体の前で死ぬよりも、一人でひっそりと死にたかった。
(大丈夫だ。今更、怖くなってやめるなんて事はない)
俺は渇いた喉を少しだけ潤そうと、中央の部屋に出た。
すると、そこには宮野さんの姿があった。その姿を見て、俺は少しだけ違和感を覚えた。宮野さんの纏っていた雰囲気は、いつもの大人しく控えめなものではなく、まるで悪魔にでも取り憑かれたかのような不気味な異様さがそこにはあった。
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