第27話 冷酷に

 銃声と同時に心が穿うがたれるような感覚がして、俺は倒れゆく水紀を見ながら顔を歪めた。そして、しばらく無為にその場に立ち尽くした。


(最後までやり遂げるんだ)


 自分の行動の結果たる水紀の死体を見ながら、俺は自身を奮い立たせて、シナリオを完成させるべく次の行動に移った。


 俺は水紀の部屋から八つ目の部屋の鍵を回収すると、そこに貼られていた『3』番のシールを、本来の『3』番の鍵に戻した。それから、部屋を出て水紀の部屋の鍵を閉めると、『3』番の鍵の先端を拳銃のグリップ部分で叩いて曲げた。『3』番の部屋の鍵が壊れて使えなくなっている事を確認してから、俺はようやくその場を立ち去った。これで、斧で扉を壊しでもしない限り、水紀の部屋が開く事はないだろう。


 それから次に俺が向かったのは『5』番の部屋だった。

 ここで、そもそも田城さんが俺を部屋に入れてくれなければ、計画は上手くいかない。他の鍵とシールを貼り替えて、本物の『5』番の鍵も手に入れておく手もあったが、気がつかれないように鍵に細工しなければならなくて、あの時の俺にそんな心理的余裕もなかった。それに、水紀に鍵のすり替えがバレていたのだから、田城さんにも気がつかれていたかもしれない可能性を考えると、結果的に何もしなくて正解だった。ここからはアドリブで上手くやらないといけないが、木戸や創賀にできたのだから、きっと俺にもできるはずだ。


 『5』番の部屋の前まで来ると、俺は扉は強くノックした。反対側の『4』番の部屋に生きている人間はいないから、ノックの音が他の部屋の誰かに聞こえる可能性も少ないだろう。


「田城さん! 田城さん!」


 俺が声が大きくなり過ぎないように注意しながら扉をドンドン叩いていると、中から声がした。


「樋口君? どうしたの?」


 その声を聞いて、俺は安堵した。これで問題なく計画を遂行できる。


「田城さん、開けてくれ。木戸を殺した犯人が分かったんだ!」


「本当?」


 そう言って、田城さんは扉を開けた。


「ああ」


 部屋に入ると、俺は部屋の明るさに目を細めながら扉を閉めた。


「それで、鉄人を殺した犯人って? やっぱりあの水紀って子だったの?」


 田城さんは必死な様子で俺に尋ねてきた。そんな田城さんに俺は心の中で謝ってから、拳銃を向けた。


「ああ、それは俺だよ」


 低く威圧的な声で俺は言った。俺の言葉と突き付けられた拳銃に、田城さんは愕然として、戸惑いの表情を浮かべた。


「え? どうして?」


「死にたくなかったら、俺の指示に従え」


 俺は拳銃を突き付けて、一方的に話した。少しでも弱みを見せたら、抵抗されて思うようにいかないかもしれない。俺は相手に考える時間を与えないように、殺意を露わにして脅しの迫力を増そうとした。


「樋口君……」


「そのまま、壁まで後ろに下がれ!」


 俺は悲壮感漂う田城さん相手に、距離を詰めていく。ゆっくりと後ろに下がった田城さんは壁にぶつかり、足を止めた。


「よし、それでいい。そのままその場に座れ」


 田城さんは泣きそうな目で、俺をじっと見ていた。その表情に浮かんでいたのは、恐怖というよりも哀しみや困惑の感情だった。


 壁に寄りかかって座った田城さんの目前まで近づいた俺は、しゃがみ込んで目の高さを合わせた。田城さんのこめかみに拳銃を当てて、俺は最後に言う。


「ごめん」


 そうして俺は拳銃の引き金を引いた。白い部屋に飛び散る赤い血に、俺は顔をしかめ、視線を逸らせた。


(大丈夫、あともう少しだ)


 俺は気をしっかり保とうと、自身に言い聞かせて立ち上がった。

 それから、俺は拳銃を田城さんの手に握らせ、壊れた『3』の鍵を机の上の『5』番の鍵の横に置く。

 俺は最後に、俺に殺された田城さんの姿が自ら死んだようにに見える事を確認すると、歯を食いしばって部屋を出た。


 その後、俺は洗面室で手を洗ったが、染みついた血が落ちるのには時間がかかった。


 ◇


 水紀と田城さんの二人の殺害を終えた俺は、物置へと向かった。

 次の犯行までは約半日あけないといけないから、少しでも時間を稼いでおきたかったのだ。

 俺は物置から木の板と釘、金槌を取り出すと、『6』番の宮野さんの部屋の前まで行き、扉が開かないように板を貼った。壁の防音性は比較的高い方だとは思われるが、釘を打つたびに響く音と伝わる振動に、一回一回怯えながら、俺は扉を封じた。『6』番の扉を終えて、俺は心を落ち着けるように大きな息を吐くと、反対側にある夏目の『7』番の部屋に取り掛かった。

 両方の扉を封じた俺は心底ホッとして、最後に自分の部屋の扉にも板を貼ってからそれを壊した。これは自分も閉じ込められていたというカモフラージュのためだ。一番最初に部屋から出れたことにすれば、問題なく誤魔化せるだろう。


 そうして、一連の犯行を終えた俺は、ようやく束の間の休息につく事ができた。朝一番に起きなくてはいけないから、ぐっすりと眠るわけにはいかないが、それでも俺は残りの計画をやり遂げる体力を残すために少しでも体を休めようとした。心に負った傷の気配を間近に感じながら、俺は冷酷に目を閉じた。

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