第26話 冷徹に
息絶えた木戸を部屋に運んだ後、俺は拳銃を金庫にしまう事を提案したが、誰も反対する者は現れなかった。
番号シールの貼られた鍵をそれぞれに配り、七丁の拳銃と余った『2』番と『4』番の鍵を金庫にしまい、俺は金庫を施錠した。
それからの時間はとても長く感じた。友人達を警戒しながら過ごす時間も疲れるが、犯人として、いつ暴かれるか怯えながら過ごす時間というのも、別の緊張があった。
木戸が死んだ時刻は16時を過ぎていたから、ルール上次の犯行が可能なのは夜の4時以降だ。俺は3時50分頃に、意を決して部屋を出た。夕方に仮眠をとったものの少し前までは眠かったのに、これから犯行に及ぶ緊張からか、眠気はすっかり吹き飛んでいた。夜の静けさが緊張感を高める中、廊下を静かに歩いて中央の部屋に出ると、部屋の暗さと冷蔵庫の稼働音が不気味な雰囲気を演出していた。
俺は金庫を開けて一丁の拳銃を取り出すと、『3』番の部屋に向かった。指定された順番では、次の標的は坂本水紀だ。
部屋の前まで来ると、俺は持っていた本物の『3』番の鍵を使って、扉の鍵を開けた。
暗闇の中を足音を忍ばせて、ベッドで寝ている水紀のところまでそっと歩いていく。水紀の枕元まで辿り着くと、俺は拳銃を取り出した。暗くて水紀の顔はうっすらとしか分からないが、寝顔すらも美しく見えた。
(水紀……)
俺が心を殺して引き金を引こうとしたその瞬間、水紀の目が開いた。俺が呼吸が止まるほどに驚いていると、布団が捲られて、次の瞬間には水紀が握っていた包丁が俺に向かって振り上げられていた。
俺は瞬時に後ろに飛び退き、間一髪のところでその鋭い刃から逃れることができた。
俺は乱れた息を整えながら、驚嘆と共に呟いた。
「起きてたのか?」
すると、水紀は静かに答える。
「待ってたからね」
「なぜだ? なぜ俺が来ると分かった?」
水紀は淡々と語り出した。
「誰かは分からなかった。ただ、私の『3』番の鍵で部屋の鍵が閉まらなかったから。よく見てみたら番号のシールは貼り替えられるみたいだったし、若干ずれているような気もしたから、誰かがダミーの鍵を私に持たせて、本物の鍵を使って寝込みを襲うつもりだと思ったの」
確実に殺せるように、鍵をすり替えたのが仇になった。木戸がこの方法を使った一周目では、まだ誰も死んでいなかった。初日の時点で死者が出ているこの周では警戒心が高まって、外出時にも部屋に鍵をかける可能性が高まる事を考慮すべきだったのだ。あるいは単に、男女の警戒心の差かもしれないが、いずれにせよ俺は自身のミスを後悔した。
「でも、まさか、灯也だったとはね」
それから水紀はどこか遠くに向かって小さく呟く。
「ホント悪趣味……」
「水紀、お前何を知っているんだ?」
「今のは独り言だから気にしないで」
俺の問いに水紀は答えなかった。水紀はベッドに座っていたが、不意に包丁を持っている手を動かそうとした。
即座に俺は拳銃を向けて言う。
「襲撃が予測できたとしても、水紀が不意打ちの初撃を外した時点で勝敗はついている。こっちには拳銃があるからな」
「それはどうかな?」
水紀はそう言うと、持っていた包丁を投げた。飛んできた包丁を俺は咄嗟にかわしたが、少しでも反応が遅れていたら頭に刺さっていたかもしれなかった。
「お前、危ないだろ!」
派手な音を立てながら、壁にぶつかり地面に落ちた包丁を見て、俺は死が掠めた恐怖に震えながら言った。すると、水紀はフッと笑って言う。
「私たちは殺し合いをしているんだよ? 危ないも何もないでしょ? 拳銃を向けながら言われてもね〜」
暗闇に慣れた目で、水紀を見ると、寂しそうな顔で俺を見ていた。その表情に俺は胸を締め付けられるような感覚がした。俺はこれから水紀を撃たなくてはいけない。
俺が選択肢の無い心の葛藤に苦しんでいると、それを察したように水紀が言った。
「別に罪悪感は覚えなくていい。私は灯也を許すから……」
俺はその言葉に余計に辛さが増した。
「ありがとう、水紀」
俺は心を殺し、冷徹に拳銃の引き金を引いた。
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