第23話 ゲームルール

『おめでとうございます!! あなたが最後の生存者です。よくぞ生き残りました』


 スピーカーから流れ出るゲームマスターの声に、俺は不快な感情を抱いた。ボイスチェンジャーで声色を変えたその低い声は、以前ゲーム説明で聞いた時よりも抑揚があるように感じた。


「お前らの目的は何だ? いったいこのゲームは……」


『樋口灯也様、ゲームクリアです』


 俺の話など聞いていないように、ゲームマスターは一方的に通告する。


『さて、今後についてですが、まずはこのゲームについて改めて説明しましょう』


 ゲームマスターは台本を読み上げるように、語りだした。


『当社の開発したこのゲームは、現実世界を超高精度に再現した仮想現実を舞台にしており、その中でゲーム参加者の皆さんは現実世界と寸分たがわぬ五感を有しております。この画期的な技術を用いることで、リアリティあふれる全く新しいゲーム体験を可能にしました。』


 それは俺が予測した通りだった。夏目が可能だとは言っていたが、このゲームの開発者はそれを実現してみせたらしい。


『つまり、今ここであなたが感じている全ては、ゲームの仮想現実という事です』


 次の瞬間、世界が切り替わった。一瞬、無重力感に包まれ、俺はただ揺蕩たゆたうような感覚に驚きかけたが、それもほんの一瞬で、すぐに重力は戻った。


 そこは何もない白い空間だった。果てが見えないほどに、どこまでも続いている。床も無いから落下の恐怖が芽生えたが、足場もないのに俺はそこに立っていた。すると、俺の願いに呼応するように、白い床が現れ、四方と天井も白い壁に覆われて、俺は少しだけ安堵した。俺の前にはモニターの画面だけが、ここがゲームの中だと示すように空中に浮いている。


『これでここがゲームの中だと、理解して頂けたでしょう』


 どこからとも無くゲームマスターの声が聞こえてきた。これだけ超常的な事が起これば、誰だってここが現実でないと確信するだろう。


『さて、ゲームクリアしたあなたには、二つの選択肢があります』


 ゲームマスターの声と同時に、文章が表示されて行く。


『一つ目を選べば、あなたはこのゲームから解放され、元の日常に戻る事ができます』


 それを聞いた瞬間、嫌な予感が俺の頭をよぎった。


「ちょっと待て、他の人はどうなる?」


『ただし、この場合、他の方々はゲーム内にとどまったままです』


 俺は険しい表情で、次の選択肢を待った。


『二つ目は、ゲームをやり直す事です。この場合、条件をクリアすれば、参加者全員がゲームから解放されます』


「その条件は?」


『五十音順に人が死ぬ事です。最後の一人になった時点で、ゲーム完全クリアです』


 俺はその馬鹿みたいな条件に、口を歪ませた。本当にこのゲームの運営は悪趣味だ。


『どちらを選択しますか?』


 俺は迷わず、二つ目の選択肢を選んだ。


「二つ目、ゲームをやり直す方だ。俺達は、全員でこのゲームから解放される!」


『承りました。それでは、これよりゲームルールの詳細説明に参ります』


 次の瞬間、再び世界が切り替わった。元のゲーム会場の中央の部屋に戻されている。創賀の遺体は消えていて、部屋の様子からは初日のゲームスタート時のような印象を受ける。


 モニターにはゲームルールが表示されており、ゲームマスターは説明を始めた。一度ゲームクリアしてからルールの説明とは、本当にこのゲームの運営はどこか頭がおかしい、などと思いながらも、俺は説明に耳を傾けた。




 ■■■■



ゲームルール

・最後の一人になった者はゲームクリア。以下の二つの選択肢を与えられる。

 1.このゲームから解放され、現実世界に戻る事ができる。

   ただし、この場合、残りの参加者はゲーム内にとどまる事となる。

 2.ゲームルールの説明を受け、記憶を引き継いだ状態でゲームをやり直す。

   ただし、この場合、ゲームクリア条件やこの世界が仮想現実である事など、この場で得た一切の情報を他の参加者に明かしてはならない。情報漏洩が確認された場合、クリアは認められない。


・ゲーム完全クリアの条件は、五十音順に人が死亡し、最後の一人となること。

  この場合、参加者全員がゲームから解放され、現実世界に戻る事ができる。


・殺人は一度に二人までとする。尚、次の殺人までは約半日あけなくてはならないものとする。

  具体的には二人目を殺してから、11時間以上経過した正時以降に次の殺人が認められる。これを破った場合、クリアは認められない。


ゲーム内アイテム

・拳銃

 参加者七人の部屋に一丁ずつ、合計七丁の拳銃が存在している。


・鍵

 八つの部屋それぞれに対応する鍵が一本ずつある。棚に置かれている。


・金庫

 開閉には部屋の鍵二本が必要。中央の部屋に置かれている。


・毒薬

 棚に置かれている。


・睡眠薬

 棚に置かれている。


 その他、包丁や斧、ロープなど、殺人の手段は問わない。


特殊アイテム

・記憶の源

 これを飲んだ者は、次回に記憶が引き継がれる。棚に置かれている。


・承継のメモ帳

 このメモ帳はゲーム毎にリセットされず、次回以降に引き継がれる。

 前回最終所有者の部屋の机上にページが補充された状態で置かれている。破かれたページは捨てられれば消失するが、メモ帳に挟まっていれば次回以降に引き継がれる。



■■■■




 ゲームの完全クリア条件を知った今なら、創賀が自ら命を絶った理由も理解できた。創賀の行動は全て、ゲームの完全クリア条件を達成して全員でゲームから解放されるためだったのだ。


 五十音順という事は、

 有村ありむら創賀そうが木戸きど鉄人てつと坂本さかもと水紀みずき田城たしろ花凛かりん夏目なつめ英夢えいむ樋口ひぐち灯也とうや宮野みやの沙霧さぎり

 の順である。


 最後の一人になった時点でクリアなのだから、最後から二番目の俺が順番に殺していけば条件達成は可能だ。一番最後の宮野さんでも可能だが、そこは創賀が俺に託してくれたという事なのだろう。どちらにせよ、一番最初に死ななければならない創賀自身では条件達成は困難で、このゲームの完全クリアを成し遂げる為には、一度俺が最終生存者になってクリア条件を知る必要があったのだ。


 殺人の間を約半日あけなくてはいけないルールは、銃乱射で即ゲーム終了させない為のものだろうが、これが創賀が『時間稼ぎ』だと言っていた理由なのだろう。


 “記憶の源”、毒薬、睡眠薬の置かれた場所は、ゲームマスターの説明で把握する事ができた。棚に様々な物にまぎれて置かれていたが、説明時にはゲームらしい光り輝く演出がされて、どれがどれなのか知る事ができた。

 “記憶の源”というのは無色透明な液体で、おそらくこれが俺が記憶を保持したまま次の周のゲームに参加できていた理由だろう。一、二周目では、自己紹介後に創賀が淹れてくれた俺の紅茶に、この液体が盛られていたのだろう。だから、あの紅茶は微妙な味だったのだ。


 “承継のメモ帳”は、おそらく俺が一周目に目にした黒表紙のメモ帳だろうが、今誰の手元にあるのかは分からない。だが、持っている可能性が高いのは創賀だろう。


『準備はよろしいですか?』


 俺のゲームルールに対する理解が十分になった頃合いを見計らったように、ゲームマスターが言った。

 創賀の『お膳立て』という言葉通り、創賀の綿密な下準備によって、俺はやるべき事もその方法も既に分かっていた。あとは俺が実行に移すだけだ。


「ああ」


 俺が決意と共に答えると、最後まで得体の知れなかったゲームマスターは、相変わらずの不気味な声で言った。


「それでは、引き続きゲームをお楽しみ下さい。あなたの健闘をお祈りします」


 次の瞬間、この仮想世界が消えると同時に、俺の意識は途絶えた。

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