第22話 真相

 三周目の二日目午後4時半頃、中央の部屋にやって来た俺は、そこで椅子に座っている創賀に遭遇した。


「よう、灯也。頭の整理はできたのか?」


「ああ、おかげでスッキリした気分だよ。創賀の方は? 脱出方法は見つかったのか?」


「それがさっぱりだ。どこにも出入り口は見つからないし、壊せそうな所も無かった」


 創賀は大げさに首を横に振ってから、諦めたように天井を見上げた。


「で? これからどうする?」


 俺が聞くと、創賀は俺を見つめて言った。


「のんびり話でもするか、時間はたっぷりあるし」


「そうだな」


 俺はキッチンへと歩いていくと、二人分の紅茶を淹れた。


「飲むだろ?」


 俺がティーカップを差し出すと、創賀はそれを自然に受け取った。


「ああ」


 紅茶に口をつけた創賀は率直な感想を述べる。


「まあまあだな」


「悪いな、俺は適当なんだ」


 そう言い返しながら、俺は自分の分の紅茶に口をつけた。昨日の夕方に創賀が淹れてくれた“本当の味”には劣るが、別に不味まずくはない。


 俺と創賀はしばらく互いに沈黙したまま、時を過ごした。創賀の振る舞いは自然体といった感じで、特段変わったところは見られない。いつもと同じ、常人離れした余裕と、天才ゆえの異質さを兼ね備えている。


 そんな創賀に、俺は真っ直ぐに問いかけた。


「創賀の動機は何だったんだ?」


 俺の言葉に創賀の動きが一瞬だけ止まった。しかし、創賀はすぐに落ち着いた態度に戻ると、楽しげに俺を見ながら言葉を返してきた。


「その様子だと、とぼけても無駄みたいだな。どうして分かった?」


 創賀に合わせるように、俺も落ち着いてゆっくりと説明を始めた。


「ずっと違和感はあったんだ。創賀の推理にも、他にもな。水紀が俺に睡眠薬を盛るなら、紅茶に仕込むなんて不確実で回りくどい事をしなくても、他にも機会はあった。それに、“前回”の水紀は、部屋に閉じ込める発想は無かったって言ってたからな。夏目を閉じ込めた点でも、殺人鬼は水紀でない可能性が高い。」


 創賀は興味深そうな表情で俺の話に耳を傾けていた。


「それに創賀自身にも不審な点はあった。まず、昨日金庫に拳銃をしまう時、創賀は鍵のある棚まで真っ直ぐに歩いて行った。まるでそこに鍵があるのを知っているかのように。今回はゲームマスターの説明は無かったのにもかかわらずな」


 創賀の様子を逐一確認しながら、俺は話を続ける。


「他にも、さっきの推理だって創賀の推理にしては粗が目立つし、そのシナリオに向かって一直線に話を進めていたようにも思える。まぁ、これらはいくらでも言い訳はできるし、創賀の演技はそれはもう素晴らしかったと思うよ」


 俺が褒めると、創賀は黙ったままニコニコとする。


「とにかく、創賀だったら、宮野さんの殺害も、木戸のお茶に毒を混ぜるのも、俺の紅茶に睡眠薬を入れる事も、そして睡眠薬で寝たふりをして水紀や田城さんを殺害する事も、全て出来るんだよ」


「なるほどね」


 創賀は感心するように俺を見ていた。


「それに、今回の一連の殺害方法は前までの周と重なる部分も多い。思えば、最初に展開が変わった時点で、可能性は考えるべきだったんだ。俺以外にも、“前回”の記憶を持っている人間がいるってな」


「お見事。素晴らしい想像力だね」


 俺が言い切ると、創賀はパチパチと拍手をしてきた。その創賀の余裕が、少し憎たらしかった。


「で、最初の質問に戻るが、お前の動機は何だったんだ?」


 すると、創賀は少し困ったような顔をして言う。


「うーん、それはちょっと言えないかな〜。強いて言うなら、生きてここを出る為?」


 創賀のはっきりとしない答えに、俺な苛立ちを募らせた。


「は? 何だよそれ。でも、“前回”の記憶があるのは本当なんだろ?」


「どうだろうね」


 曖昧にぼかす創賀の態度が、俺には非常に腹立たしく感じられた。


「創賀はどこまで知っている? いったいこのゲームは何なんだ?」


 感情を昂らせた俺の様子に、創賀は大きな溜息をついた。


「こっちだっていろいろと制約があるんだよ。そんなに知りたければ、自分で突き止めなよ」


 創賀は冷めた目でそう言うと、拳銃を取り出して俺に向けた。


「なぜ、拳銃を? まさか夏目を!?」


 この時の驚愕した俺の顔はきっと青ざめていただろう。そんな俺に対して、創賀は穏やかな表情をして言う。


「少し気づくのが遅かったね。まぁ、俺としては、灯也が自力でここまで真相に近づいただけでも、かなり驚いているんだよ」


 そう言う創賀の表情は少しも驚いているようには見えなかった。


「一つ教えてくれないか?」


 俺は拳銃を突きつけられて、背中に冷や汗を流しながら創賀に尋ねた。


「創賀なら他にもやりようはいくらでもあったはずだ。なぜ、こんな回りくどい方法を用いた?」


 俺の問いに、創賀は首を捻った。


「そうだなー。一つは時間稼ぎ。それからもう一つはお膳立ぜんだて、かな」


「は?」


 俺にはよく意味が分からなかった。


「まあ、お前もすぐに分かるさ」


 創賀はそう言って笑みを浮かべた。


「もうそれ以上言うことが無いなら、そろそろ終わりにしようか」


 そう言って、創賀は拳銃をちらつかせた。俺に逃げ場は無かった。逃げようとしても、拳銃で撃たれて終わりだ。仮に運良く一発目が外れても、俺は武器を持っていないし、いずれ追い詰められてお終いだ。

 俺が息を呑んでいると、急に創賀が持っている拳銃を投げた。その拳銃はテーブルを滑って俺の手元まで来た。驚いて創賀に目をやると、創賀はもう一丁の拳銃を取り出して俺に向けて構えていた。

 俺は目の前の拳銃と創賀を見比べて困惑していた。すると、創賀が言う。


「撃たないのか?」


 俺は手元の拳銃に目をやった。


(これで創賀を撃つ?)


 そうすれば、俺は生き延びられるかもしれない。


(けど、それだと創賀が……)


 俺が動けないでいると、創賀は拳銃を俺に向けたまま呟くように言う。


「そうか。やっぱりお前はそうだよな」


 それから、創賀は俺に語りかけた。


「最後に俺から言う事は一つだけ、せいぜい頑張れ」


 その言葉が終わると同時に、部屋に銃声が鳴り響いた。


 そして、俺は目の前の光景に呆然とした。頭から血を流した創賀は床に倒れている。


「創賀、なんで……」


 直後、モニターがつき、スピーカーからが流れてきた。


『おめでとうございます!! あなたが最後の生存者です。よくぞ生き残りました』




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