第20話 違和感

 中央の部屋に戻ると、創賀は俺たちに椅子に座るように促した。俺と夏目が座ると、創賀はバランスを取るようにテーブルの反対側に座った。空席は四つだ。とうとう、生存者の方が少数になってしまった。俺達の聞く用意ができている事を確認すると、創賀は話を始めた。


「もう二人ともおおよその見当は付いているかもしれないが、改めて何があったか推測しよう。水紀の部屋にあった八本目の鍵と、二人の部屋の状況を鑑みると、やはり殺人鬼である水紀を田城さんが殺害、後に自ら命を絶った、という線が濃厚だろう」


 それから、創賀は具体的な流れに話を移した。


「まず、全員が集まる前に水紀は宮野さんを殺害し、何食わぬ顔で部屋に戻った」


「ちょっと待て」


 早々に話を中断され、創賀は少し不満げに俺を見た。


「なんだ? 灯也君」


「水紀の動機は?」


 創賀は大きなため息をついて言った。


「それは分からない。そもそも殺人鬼が正常な思考回路をしているとも思えないから、それはおいおいだな。とりあえず今は水紀の行動に絞って話していくけどいいか?」


 俺は満足のいく解答が得られなかったものの、渋々頷いた。創賀に分からないというのならしょうがない。


「宮野さんの遺体発見後、水紀はドリンクを用意している時に木戸のお茶に毒を混入、さらにはおそらくこの時に八本目の鍵も回収した」


「ちょっと待って、さっきから言ってるその八本目の鍵って?」


 今度は夏目が話を遮った。すると、創賀は俺に試すような視線を送ってきた。そこで俺は渋々、創賀の代わりに説明する。


「俺の向かいの部屋、洗面室の鍵だろ? 鍵は元々八本あったんだ」


 俺の回答に創賀は満足げに笑みを浮かべた。


「その通りだ、さすが灯也君。八つの部屋の扉はどれも同じ形状をしているから、洗面室用の鍵だって実は存在していたんだ。しかし、水紀はいち早くその鍵を取ったから、八本目の鍵など元々存在せず、七本しかないと俺達に思わせることができたんだ。まぁ、灯也は薄々八本目の存在を疑っていたようだけど。だから金庫をずっと見張ってたんだろう?」


「まぁ、なんとなくだけどな」


 創賀は本当に鋭い。しかしそれもいつもの事だから、これくらい見抜かれたところで今更驚きはしない。俺の反応に頷き、創賀は話を続けた。


「話を戻そうか。木戸の殺害に成功した水紀は、八本目の鍵を使って金庫から拳銃を取り出す機会を伺っていたが、灯也が一向に金庫の前から離れないから、随分とらされていたはずだ。そこで、睡眠薬を仕込んだ」


「そう、そこだよ」


 俺は疑問を口にした。


「いったい水紀はどうやって、睡眠薬を俺達に飲ませたんだ? 俺達があの紅茶を飲むとは限らないだろう?」


 すると、創賀は険しい表情をした。


「確かにそこには疑問が残る。水紀なら灯也の好みも知っているだろうし、可能性に懸けてあらかじめ紅茶の茶葉に睡眠薬を仕込んでいたのか。あるいはカップや道具の方に細工がしてあったのか、カップも洗われてしまった今となっては分からない。まぁ、茶葉の方なら、もう一度飲んでみて確かめるって方法はあるが」


「それはゴメンだ」


「まぁ、そうだろうな。結局、細かい方法は分からずじまいだが、とにかく水紀は俺達を眠らせることに成功した。そして、金庫から拳銃を取り出した。おそらく、邪魔が入らないように部屋を外から木の板で封じて夏目を閉じ込めたのもこの時だろう」


 創賀はそこでひと呼吸置いてから、話を続けた。


「そして、そのいずれかの場面を田城さんは目撃したんだろう。木戸君と宮野さんを殺した殺人鬼が水紀だと疑った田城さんは、一度部屋に戻った水紀の部屋を尋ねた」


 ここでも、俺は手を上げて疑問を創賀に投げかけた。


「なんだ?」


「なぜ水紀はその時点で俺達を殺さなかった? それになぜ一旦部屋に戻った?」


「それは、おそらく眠っている俺達ならいつでも殺せるから、後回しでいいと思ったんだろう。一旦部屋に戻ったのは、新たな殺人の準備のためかタイミングを窺っていたかじゃないか?」


 創賀の推測に納得はしきれなかったが、俺はとりあえず引き下がった。


「えーと、どこまでいったっけ? そうそう、水紀と田城さんの間で一悶着あったんだろうな。いざこざの結果、殺人鬼の水紀の方が死んでしまった。そして殺人鬼には殺されずに済んだものの、罪悪感に苛まれた田城さんは自ら命を絶った。これが俺の考える事の顛末だ」


 創賀の推測は一通り筋は通っている。しかし、なぜだろうか。どうしても違和感というか、納得し切れない自分があった。


「どうだ?」


 一通り話し終えた創賀は俺達に、推理の如何いかんを聞いてきた。しかし、違うと言えるはっきりとした根拠や別のシナリオがあるわけでもないから、俺は創賀に反論できなかった。


 俺達から何も意見が無いのを確認すると、創賀は田城さんの部屋から持ってきていた拳銃を取り出した。


「さて、これをどうするかだが……」


 

 創賀が金庫をあけると、金庫の中には六丁の拳銃と『4』番と『6』番の二本の鍵が入っていた。昨日最後に見た時からは、拳銃が一丁減っているだけだ。そこに、創賀は田城さんの手にあった拳銃と、『3』番、『5』番と八本目の番号の無い鍵の計三本の鍵をさらに置いた。


「これでいいだろ?」


 俺と夏目の同意の元、創賀は俺の『1』番の部屋の鍵を借りて、金庫を施錠した。この段階で、俺と創賀、夏目の部屋用の三本を除く、五本の鍵と七丁の拳銃が金庫の中に入っていることになる。

 殺人鬼である水紀が死んだ今、もう意味はないかもしれないが、これまでの名残でこうする事になった。しかし、これなら拳銃も安全に保管されるだろう。

 俺は『1』番の鍵を創賀から受け取り、ようやく拳銃に纏わりついた重苦しい血の気配から少しだけ解放された。


「これからどうする? 俺はこの建物から出る方法をもう一度探してみようと思うけど」


「僕は一旦部屋で少し休むよ。ちょっとまだ気持ちの整理がつかないし」


 創賀の問いかけに、夏目は元気のない微笑みで返すと、『7』番の部屋に戻って行った。


「灯也は?」


「俺も一度冷静になって考えたいことがあるんだ。だから脱出の仕方は創賀に任せていいか?」


「ああ」


 そうして俺も一人、部屋に戻った。

 そろそろ、俺も真剣に様々な疑問に向き合わないといけない気がした。俺は意を決して、目の前に積み重なる謎に取り組んだ。

 そして俺はようやく、この繰り返されるデスゲームの真相の一端を垣間見ることになるのだ。

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