第16話 揺らぐ

(油断した!)


 殺人の手段は毒殺もあったのだ。この周では既に殺人鬼は動き出しているのだから、警戒しなくてはいけなかった。

 俺は倒れた木戸の隣の水紀に視線を移した。


「鉄人!? 大丈夫? 鉄人……」


 必死に呼びかける田城さんの横で、水紀は心底驚いたような顔で木戸を心配しているように見えた。

 俺はハッとして隣の夏目に目をやったが、夏目も心配そうに木戸を見ていた。どうやら、今回は夏目は無事のようだ。俺はその事に安心してから、人が一人死んでいるというのに安心という感情を覚えている自分自身に寒気を覚えた。


(死に慣れすぎてるな)


 俺は死に感じる心の痛みが軽くなってきている事に、危機感を感じながら視線を木戸に戻した。

 創賀は木戸の元に駆け寄り、脈を計ろうと手を伸ばした。しかし、その手を田城さんが打ち払った。パチンッという音が部屋に広がる。

 創賀は叩かれた手を痛そうに庇いながら、田城さんに怪訝そうな顔を向けた。そんな創賀に対して、田城さんは一歩も引かずに敵意を瞳に宿らせていた。


「状況的に飲み物を持ってきた、あなた達二人のどちらかが、毒を盛ったとしか考えられない。鉄人に触れないで!!」


 田城さんの剣幕に、創賀と水紀の二人は、大人しく木戸から離れた。木戸が動かない事を確認した田城さんは下を向き、涙を溢したように見えた。しかし、次に顔を上げた時には力強い目をしていた。


「これ以上殺人鬼と一緒になんていられない。樋口君、鉄人を部屋に連れて行くから手伝って」


「ああ」


 俺に断るなんて選択肢は無かった。木戸を運び去ろうとする田城さんと俺に、創賀が声をかけた。


「もう一度、この部屋に戻って来てくれよ?」


「なんで!?」


 田城さんは創賀を睨み付けるようにして聞いた。それに、創賀は落ち着いた様子で答える。


「全員が拳銃を持っているのも危険だろ? それぞれが自衛手段として持つのもありだが、集めてそこの金庫にでも入れた方が安心かと思ってな」


 創賀は金庫を指し示して言った。


「ええ、……そうね」


 田城さんは少し考えた後で、渋々頷いた。


「木戸の拳銃を持ってくるのを忘れるなよ」


「分かってるわ!」


 田城さんは乱暴に答えて、俺と共に木戸の遺体を『4』番の部屋に運んだ。木戸をベッドに寝かせてから、田城さんはほっと息を吐いた。人間一人を運ぶのは思ったよりも大変な作業なのだ。

 一息ついてから田城さんは木戸の体から拳銃を取り出した。そして、息絶えた木戸の顔を思うところがあるように哀しそうに見つめていた。

 そんな田城さんに俺は声をかける。


「田城さん……」


 俺は二周目の時ように、田城さんが暴走しないかが心配だった。そんな俺の心を見透かしたように、田城さんは答えた。


「樋口君、私にとってあの二人は見ず知らずの他人なの。樋口君の中学の同級生なのかもしれないけど、気を許さない方がいい。中学時代には猫を被っていただけかもしれないんだから。何より、鉄人を殺せたのはあの二人だけだよ」


 内心ではごちゃごちゃといろんな感情が渦巻いているだろうに、田城さんはそれを感じさせない程にしっかりと力強く立っていた。


「二人とはもっと小さい頃からの幼馴染だ」


 だから二人の事はよく知っているから大丈夫だと、言葉を続けられないのが悔しかった。もう、これまでの人生で見てきた物が、経験してきた事が、本当に見て感じてきた通りだったのか自信が持てなかった。ひょっとして俺の目は節穴で、何も見えていなかったのではないかと、不安に飲み込まれそうになる。精神の土台を揺さぶられるような感覚に、俺は抗う術を知らなかった。


 ◇


 俺たちは中央の部屋に戻り、それから五人全員でそれぞれの部屋に向かい、一つずつ拳銃を回収した。既に拳銃を持っていた創賀の部屋を除く四部屋を周り終え、俺たちは七丁の拳銃を机の上に並べた。その間、俺たちは常に互いに互いを監視、警戒しながらだったから、それだけでかなり疲れた。


「それ、どうやって開けるの?」


 夏目の問いに、金庫の二つの鍵穴を見た創賀が答える。


「鍵穴が二つ。鍵穴のこの形状からして、おそらく……」


 創賀はキッチン近くの棚に向かって歩いて行き、食器の並ぶ棚の中から鍵束を取り出して持って来た。


「それは?」


「番号が書いてあるから、おそらく部屋の鍵だろうな。それと同時に金庫の鍵でもある」


 創賀はそのうちの二本を使って、金庫を開いて見せた。


「金庫を開けるのには必ず二本の鍵が必要ってことね」


「その通りだ」


 水紀の言葉に創賀は頷いて、鍵を見せる。

 創賀の手にした七本の鍵を見て、俺は目を見開いた。


「鍵は七本だったのか?」


「ああ、俺達の部屋の数と同じだ。死んだ二人の分の部屋の鍵は拳銃と一緒に金庫に入れれば問題はない。あとは各自が自分の部屋の鍵をしっかり管理するだけだ」


 創賀の言葉に、田城さんが意見した。


「誰か二人がグルだったらどうするの? あるいは誰かを別の手段で殺した犯人が、鍵を奪い取ったら? 犯人だけが拳銃を持つ最悪の状況になるわよ」


 創賀は落ち着いた様子で、田城さんに感心して一目置くような目をやって笑みを浮かべた。


「いい指摘だ。だが、前者の場合、何もしなければ犯人二人が拳銃を持つという事態になる。その時点で、善良な一般参加者の俺達にとっては危険極まりない。後者については、確かに危険だが、犯人から常に拳銃で狙われるリスクとどっちをとるかって話だ。少なくとも襲われる最初の一人は拳銃以外の方法になるからな」


 創賀の言葉に田城さんは悩むような仕草を見せた。田城さんとしては創賀の事も疑っているのだから、言いなりになる事に対する抵抗もあるのだろう。さっきから、創賀の異常とも言える高い現状把握能力やレベルの違う思考力に、田城さんは気味悪そうな視線を向けていた。


「俺は金庫に拳銃をしまうのに賛成だ。俺もできる限り、金庫を見張るようにするから」


 俺が金庫に拳銃をしまうのに賛成した理由は、八本目の鍵が消えていたからだ。敢えて金庫に拳銃をしまう事で、八本目の鍵を盗み取ったであろう犯人を誘い出そうと思ったのだ。あるいは木戸が俺の気がつかない内に八本目の鍵を取って既にどこかに隠してしまったのかもしれないが、それならそれで拳銃を金庫の中に閉じ込められる。


 俺の言葉を聞いて、田城さんもようやく折れてくれた。それから俺達は七丁の拳銃と『4』番と『6』番の鍵を金庫にしまい施錠した。それから創賀はそれぞれに部屋の番号の鍵を配り、俺も『1』番の鍵を受け取った。


「じゃあ、私は自分の部屋に戻るわ。樋口君と夏目も気をつけてね」


 そう言って田城さんは『5』番の部屋に戻って行った。その後ろ姿は、さっきまでの気丈な振る舞いに反して、頼りなく見えた。立て続けに友人を二人も失ったのだ。きっと精神的にはとうに限界だったのだろう。


「田城さんも気をつけて」


 俺は哀愁漂う田城さんの後ろ姿を見送った。今は一人にしておくのがきっといいだろう。


「僕も部屋で少し休むよ」


 そう言ったのは夏目だった。夏目も疲れた顔をしていた。立場としては、夏目も田城さんと同じだ。高校時代の同級生を二人も亡くしている。


「夏目」


 俺は夏目を呼び止めて、近づいて耳打ちをした。


「念の為、鍵が本当に自分の部屋の鍵で合っているのか、確認した方がいい」


「うん、分かった」


 夏目は少し不思議そうな顔をしながらも、『7』番の部屋に向かっていった。それから、夏目が戻って来ることが無かったから、おそらく夏目の受け取った鍵は本当の『7』番の鍵をだったのだろう。この点もこれまでの周と違うようだ。


「俺も一人で少し頭を整理してくる」


 そう言って創賀も自室に戻っていき、中央の部屋には水紀と俺の二人だけが残った。

 こうして、俺は二周目の殺人鬼、坂本水紀とようやく二人きりになった。




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