第15話 同級生

 胸から血を流した宮野さんは壁にもたれかかり、力無く項垂うなだれていた。

 衝撃的な光景が広がる部屋の前で俺達が立ち尽くす中、創賀は真っ先に部屋の中に入って行き、部屋を観察しつつ宮野さんの所まで歩いていった。


「どうなの?」


 田城さんが不安そうに尋ねると、こちらに目をやった創賀は表情を変えずに言う。


「残念ながら、死んでるよ」


 それから、部屋の中央付近に落ちている拳銃を拾い上げた。


「おそらく、凶器はこれだな。机の下には拳銃を剥がされた跡もある。犯人が撃った弾は心臓を貫いているようだし、おそらく即死だったろうな」


 創賀は壁にめり込んだ銃弾を見ながら言った。


「その人、誰なの?」


 水紀が暗い顔で創賀に聞いた。部屋を調べていた様子の創賀だったが、部屋に身元を証明するような物は見当たらないようで、宮野さんの前髪をかき上げて俺達に言った。


「誰か、顔を知っている人間はいるか?」


 死体の顔を見たい人間なんているはずが無い。俺はそういう配慮をしない創賀を少し敬遠しながらも、咄嗟に逸らした視線を戻して宮野さんの顔を盗み見た。生気の感じられない蒼白な顔だったが、口から流れ出た血と体温を感じさせる柔らかな質感に、ついさっきまで生きていた人間であると、事実を受け止めざるを得なかった。不思議と穏やかな表情をして見えたのは、気のせいなのか俺の願望が見せた錯覚なのかは分からない。


「まあ、向こうの部屋のテーブルの上にネームプレートがあったから、名前はすぐに分かるはず……」


「沙霧? ひょっとして沙霧じゃない?」


 創賀の言葉を遮ったのは田城さんだった。田城さんは宮野さんの遺体の前にゆっくりと歩み寄った。そして近くで宮野さんの姿を見て、もう一度悲しそうに呟いた。


「やっぱり沙霧だ。ねぇ、夏目も確認してよ」


 田城さんがそう呼び掛けたのは夏目だった。死体から目を逸らしていた夏目だったが、田城さんに言われて、おそるおそる死体の顔を覗き、辛そうに呟いた。


「その通りだね。宮野沙霧だ」


「うそでしょ……、なんで沙霧が……」


 悲しみに暮れる田城さんを見ながら、俺は困惑していた。


(どうして田城さんが、宮野さんの事を知っている?)


 それだけではない。宮野さんの名前が出た時、水紀や創賀だけで無く、木戸の表情も驚いたように変化したことに俺は気がついていた。


 思い返せば、田城さんや木戸が宮野さんと知り合いである兆候はずっとあったのだ。一周目の一日目の時点から、宮野さんとそれから夏目とも妙に馴れ馴れしいと思っていた。木戸や田城さんのことだから、コミュ力のなせる技だと感心していたが、元から面識があったのだとしたらそれが一方通行でなかったのも腑に落ちる。


「木戸? 何してる?」


 俺が顔を上げると、木戸が宮野さんの体を動かしているところだった。


「このままっていうのも、かわいそうだろ?」


 木戸は宮野さんをベッドに寝かせると、立ち尽くしている俺に聞く。


「これから、どうする?」


 その問いに答えたのは創賀だった。


「いつまでも、ここいてもしょうがない。一旦、中央の部屋に戻って、飲み物でも飲みながら、ゆっくり今後の方針について考えよう。少しは気を落ち着けた方がいいだろうしな」


 打ちひしがれている田城さんの様子を見ながら、木戸も同意する。


「そうだな」


 思考のまとまらない俺を置き去りにして、事態は俺の知らない方向へとどんどん転がって行く。俺は周回遅れに取り残されたような気分のまま、流れに身を任せるしか無かった。


 ◇


「私も何か持ってきますね。皆さんは何がいいですか?」


 先にキッチンに向かった創賀を追って、水紀も飲み物を取りに行った。しかし今回の俺は疑問を解決する方を優先した。


「田城さんは、宮野さんと知り合いなのか?」


 田城さんは暗い顔をして言った。


「私と、鉄人、それからそこにいる夏目と、さっきあの部屋で亡くなっていた沙霧は高校の同級生なのよ」


「そうだったのか……」


 田城さんと木戸が同じ高校だとは知っていたけれど、まさか夏目と宮野さんまでも同じ高校だとは知らなかった。まさかそこに繋がりがあるとは思いもしなかった。

 すごい偶然だと思いかけて、俺はひっかかりを覚えて考え直した。


(本当に偶然なのか?)


 それが本当なら、俺だけじゃ無くて、宮野さんと夏目の二人も他の全員と知り合いだったいう事になる。だとしたら何故言わなかったのか、と疑問に思ったが、夏目と宮野さんの性格も考えると、わざわざ言うような事でも無い気がした。


「確認なんだけど、田城さんと木戸は、あの二人の事は知らなかったんだよな?」


 俺はキッチンにいる二人を示して聞いた。


「ええ」

「ああ」


 田城さんと木戸の返事を聞いた俺は再び考え込んだ。


(だとしたら、七人の接点はどこに……?)


「なぁ、樋口。さっきからずっと考え込んでいるようだけど、何か分かったのか?」


 真剣に考え込んでいる俺に、木戸が聞いてきた。俺は顔を上げて、視線が集まっている事に気がついて我に返った。頭の中の整理に集中しすぎて、周りが目に入っていなかった。俺の様子は外から見たら不自然すぎるかもしれない。俺は一旦落ち着こうと、深呼吸をして冷静になった。


「いや、ちょっと状況に頭が追いつかなくてな」


「そうだよな。まさか突然連れてこられたこの場所で人が死んでいるなんて、俺も信じられないぜ」


「ねぇ、樋口君はあの二人とも知り合いなの?」


 田城さんに聞かれて、この周ではまだ自己紹介をしていない事を俺は思い出した。


「ああ、有村創賀と坂本水紀。夏目と宮野さんもだけど、中学の同級生だったんだ」


 俺の言葉に夏目も頷いた。その時、ちょうど創賀と水紀が飲み物を手にして、戻ってきた。


「何の話?」


「ああ、軽い自己紹介をな」


 戻ってきた水紀に俺は説明した。俺の左隣の席に座った創賀は俺の分の紅茶と、夏目の分のコーヒーを渡してきて、俺はコーヒーを右隣の夏目に回した。


「ありがとう」


 六人が席についたが、宮野さんの席は空白のままだった。その事実に心を痛めながら、喉がカラカラに渇いていた俺は紅茶に口をつけた。俺は紅茶に口をつけた瞬間に前回までの微妙な味の記憶を思い出して、少し後悔した。しかし、喉の渇きを和らげる事を優先して、俺は紅茶をいっきに流し込んだ。そして、俺は口に広がる芳醇な香りに戸惑った。


(おいしい!?)


 どうやら今回は、紅茶の味まで変わってしまっているようだった。もう前回までの周とは何もかもが違うと考えた方がいいのかも知れないと、俺は考え始めていた。


 その時、突然人が倒れる大きな音がした。俺が体の奥底から湧き立つような絶望的な恐怖と共に視線を動かすと、そこには姿


 





 


 


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