(n+)3周目

第14話 変化

 目を覚ました俺は、すぐに首を押さえた。どうやらパックリと割れたはずの傷口は塞がっているようで、俺は安心した。それから、周囲の景色を見て大きなため息をついた。

 もう見慣れた白い部屋だ。時計の針は3時を指している。自分の服装とベッド下の引き出し、机の裏の拳銃を確認して、俺は確信した。


 また、初日に戻っている。


 時間が巻き戻ったのは二回目だ。俺はすぐに冷静に状況を受け入れて、思考を巡らすことに時間を割いた。前回、つまり二周目の出来事について考察しようとして、俺の脳はエラーを起こした。

 冷静に振り返って考えると、田城さんを何の躊躇ためらいもなく刺し殺し、その後で俺の事まで殺した水紀が前回の殺人鬼だったのだろう。しかし、水紀の言葉と行動は噛み合っているようには思えず、とても理解できるようなものでは無かった。動機は想像すら出来ない。水紀は本当に殺人鬼として狂い果ててしまったのではないかと、俺は嫌な妄想に感情を掻き乱された。


(水紀本人に直接聞くしかないか)


 木戸を止めた時のように話せばきっと分かるはずだと、俺は不安に飲み込まれそうな中で、すがるように楽観的な期待を抱いた。


 謎だらけで、一体何が起きているのか全貌は掴めないままだ。それでも、俺は誰も殺させずにこのデスゲームをクリアしてみせると、決意を新たにした。


 そして、部屋の外から聞こえた銃声を合図に、俺は部屋を出た。



 だが、俺の決意なんてものは、ゲームの裏にうごめく思惑が織り成す大きな流れの前には無力で、すぐに崩れ散ってしまうのだった。


 ◇


「創賀!?」


 俺は三回目となる会話を、同じようになぞっていった。一周目と言葉も動きも同じだが、三周目の俺にとっては全く別物に見えた。木戸の隠された殺意を今の俺は知っている。


 思いもよらぬ変化が訪れたのは唐突だった。


「それにしても、まさかここで知り合いに会うとはな」


「そうね。私も驚いてるわ」


 この時の田城さんはまだ落ち着いていて、前回の最後の時のような追い詰められたさまはとても想像できない。


 田城さんとほぼ同時に部屋を出て来た水紀に、俺は視線を向けた。だが、その不安げな表情と美しい姿からは、いずれ俺を殺すような殺人鬼の狂気性は感じられなかった。

 水紀と視線がぶつかって、俺は目を逸らした。


(まだだ。今はまだ、これまで通りに進めなくてはいけない)


 七人が集まって、これからゲームマスターの声が流れ出すはずだった。俺は声を待った。しかし、一向にあの不気味な声が流れ出す事は無かった。

 

(あれ? おかしいな)


 不審に思った俺が改めて部屋を見渡すと、俺はある一つの事実に気がついた。そこには、宮野さんの姿が無かったのだ。中央の部屋に出て来ているのは、宮野さんを除いた六人だけだった。


(展開が変わっている!?)


 俺は前回までと違う展開に戸惑いを覚えた。俺はこれまで通りに振る舞ったはずだ。それにそもそも、俺の行動で宮野さんが部屋から出てくるかどうかが変わるとも思えない。俺は混乱していた。


「灯也? どうかしたか?」


 創賀の声に俺は慌てて答えた。


「集められたメンバーはこれだけか? 部屋はまだあるみたいだけど?」


「確かに、廊下は四つ。それぞれに二部屋ずつだとすると、全部で八部屋。つまり、あと二人いるって事か」


「あっ、俺の」


 創賀の言葉に反応しようとした俺は途中で言葉を止めた。俺の向かいの部屋が洗面室だと言おうとしたが、今の段階でそれを知っているのは不自然だ。


「いや、なんでも無い」


 創賀は俺の下手な誤魔化しは見逃してくれたようで、その場にいる五人に提案した。


「どうだろう、まずは残りのメンバーを集めてから。全員が揃ってから、ここに連れてこられた謎を探るというのは?」


「俺は賛成だ」


 俺は宮野さんの部屋がどうなっているのか早く知りたくて、創賀に同意した。


「いいんじゃない?」

「俺も文句は無い」


 田城さんや木戸に続いて、水紀と夏目も頷き、俺たちは残りの二部屋に向かう事にした。

 まず向かったのは、俺の向かいの部屋。俺は中がどうなっているか知っていたが、創賀は部屋をノックした。


「おーい。誰かいるか?」


 そっと扉を開いて、中を見た創賀は言った。


「洗面室か」


「え〜、けっこう綺麗じゃん」


 浴室やトイレを覗きながら、田城さんは満更でもなさそうに言った。


 それから俺達は『6』番の部屋へと向かった。部屋をノックしても反応は無く、木戸が言った。


「こっちも空き部屋か何かじゃないのか?」


「いや、違うだろうな」


 創賀は扉に掛けられた『6』の番号の書かれたカードを指し示して言う。


「俺達の部屋と同じように、番号がつけられているって事は、ここにも誰かいるんだろう」


「それもそうか」


 創賀の推測に納得した木戸は、再び扉を叩いた。


「おーい、出てこーい」


 しかし木戸が強く扉を叩いても、相変わらず反応は無い。俺は胸騒ぎを覚えて、漠然とした焦りに心が落ち着かなかった。


「ひょっとして、死んでたりしてな」


 木戸は冗談めかして言ったが、田城さんはキッと睨みつけた。


「冗談はやめてよ。こんなよく分からない状況じゃ、洒落にならないんだから」


 確かに、俺達は拉致されて無理矢理に連れてこられた身だ。何らかの犯罪に巻き込まれている可能性は十分にある。しかし、俺の場合は一周目と二周目の記憶という別の理由で、冗談では済ませられなかった。


 ドアノブに手をかけた創賀は、扉の鍵がかかっていないことに気がついて、俺達を見回した。


「開けるぞ」


 周囲の同意を得た創賀はゆっくりと扉を開く。そして、部屋に広がった光景を目にした面々は言葉を失った。


 木戸の冗談の通り、俺の嫌な想像の通り、そこには一人の人間の遺体があった。

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